四_035 出来ることを。やりたいことを_1



 悪い癖だと言われればそうなのかもしれない。

 言葉が通じるのであれば理解が通ずると。そう思ってしまうのは悪癖なのだろうか。


 妖魔でも、海モグラとは話が出来た。会話をしてみれば、考え方は違っても理解できるものだと思った。

 大森林で出会った朱紋。

 思い返してみれば、あれもまた問答無用で襲ってきたわけではない。言葉さえわかれば話が通じるのかもしれない。そんな思いを抱いている。


 だからなのだろう。

 青小人と会話が出来た時に、もしかしたら何か戦う以外の解決策があるかもしれない。

 そう思って訊ねた。どうしてこんなことを、と。

 妖魔の考え方が必ずしも人間の理解が及ぶとは限らないのに。



 言葉が理解できるなら考えも理解できる。理解し合える。

 そんな幻想をヤマトが抱いていたことを誰が責められるだろうか。二人の兄妹はずっと、自分たち以外に理解し合える相手がいなかったのだから。

 森で初めて出会った他人。フィフジャ。

 森を出て、竜人の集落を知った。港町では争乱もあったが、その争いの理由だって理解できた。

 船に乗り、船乗りたちの気持ちと共感したこともある。


 会話が出来る相手と何一つ分かり合えないことなどない。そんな幻想。

 名前を呼んだ。

 ミドオムさん、ミイバさん。と。

 名を呼び、ヤマトの気持ちを伝えた。彼らはわかったとは言わなかったけれど。


 通じたような気がしていた。

 今この時だけかもしれないが、共に戦う意志だと、勝手にそう思い込んでしまったのはヤマトの幻想だ。


 彼らは言っていたはずなのに。勝手にする、と。

 そういう人間で、本当に勝手なことをした。

 責めるべきはこの双子に対してではない。

 責められるべきなのはヤマトだ。自分の理想をまるで現実であるかのように決めつけて。



「そんな……っ!」


 哀れな女だ。

 悲運で、短慮で、けれど話してみれば本当にただ普通の人。

 自身のわだかまりに葛藤を抱えながらも、無力さに俯くヤマトに言葉をかけてくれた。

 労わりの言葉を。


「ネフィサぁ!」


 不運な彼女に、ほんの少しくらい。

 ほんの少しくらいの救いがあってもいいじゃないか。


 鮮血を散らすネフィサの姿に、ヤマトは呪った。

 彼女にこんな悲劇ばかりをもたらす運命を呪った。

 いつも力の足りない己自身を、呪った。



  ◆   ◇   ◆



 撫でて切る。腹を撫でるように広範囲に切れば、止血は難しく死に至る。

 ショックで意識を失わなければ、死ぬまでの時間を苦しむことになるだろう。それを知っていてそんな風に。


 ヤマトを庇ったネフィサを、わざわざ標的を変えてそちらを斬った。

 自分が傷つく以上にヤマトを苦しめることになる。それを知っていて。

 どうした方がより相手に苦痛を与えられるか、そんな判断基準で選ぶ。


「ヤマト!」


 アスカもフィフジャも、茫然としたヤマトと双子の存在に意識を持っていかれた。

 ここにはまだ大きな脅威が残っているのに、数瞬の無意識。

 妖魔〈青小人〉は敵の隙を見逃すほど甘くはなかった。



 フィフジャを標的にしなかったのは、先ほどの攻撃でダメージを受けたことで警戒したからだろう。

 鮮血を散らして倒れるネフィサに目を奪われているヤマトに、飛びかかった。

 武器は手にしていないが、汚れた牙を剥きだして。


 横から見ていたアスカがそれに気が付いた時には、既に間に合わない。

 妖魔の牙がヤマトを捉える。

 その前に、牙が突き刺さった。


「ぎひぃぁっ!?」

『グウゥゥ!』


 グレイは見落としていなかった。家族に迫る妖魔の姿を。

 岩をも断つ牙で青小人の肩に食らいつき、ヤマトの横の地面に叩きつけた。そして即座に離れる。


『グァン‼』

「っ!」


 しっかりしろ、と吠えた。

 呆けている場合ではない。今は戦いの中だ。

 その声に目を覚ましたヤマトに、妖魔の動向に一度は様子見の姿勢だったミドオムの凶刃が再度迫る。


「仲良く死んどけ」


 フィフジャは助けに行けない。間にミイバがいた。

 弟の凶行を彼女がどう思っているのかわからない。だがこうなれば敵には違いない。

 フィフジャの動きを牽制しながら、こちらの諍いなど無関係に襲ってくる野狐をダガーで切り裂く。


「ネフィサ!」


 叫んだのはズィムだ。

 血を流して倒れるネフィサに向けて直進するブーアを見て、手にした木切れを振り上げて駆けた。


「させねえ!」


 ブーアの突進力は見た目の想像より遥かに強い。下顎から鼻に立ち上がる分厚い牙もあり、岩の塊がぶつかってくるような勢いだ。

 その鼻面に砕けた木の塊――おそらく壊れた建物の建材だったもの――を振り下ろしながら踏ん張るズィム。


「クックラ!」

「おねえちゃん!」


 ズィムの後ろをついてきたクックラを見つけたアスカは、それを庇う。

 黄色いヘルメットを被ったクックラを背中に、近付こうとする魔獣に刃を振って遠ざけた。

 ラボッタはどこに、と見れば魔獣に囲まれていた。その足元には尻餅をついて木片を振り回しているエンニィの姿もある。




 その間に、ヤマトは――


「な、んだぁ?」


 ミドオムの剣を、大きく弾き返していた。ミドオムも一緒に。


「あああぁ!」


 叫び声を上げて、踏み込む。

 アスカの目に映るヤマトは、今まで見たことがないほどの速さで。



「おお、楽しく――」

「黙れ!」


 ヤマトの槍の石突が地面を抉った。

 先ほど青小人にやられたことを倣うように、土の礫でミドオムの顔を撃つ。


「しゃらくせぇ」


 目に入る泥だけを左手で払うミドオム。こちらの動体視力、反射神経も並ではない。

 鋭い突き。凄まじい速さと力強さ。ヤマトの槍がミドオムの命を奪う為に突かれた。

 殺すという意思を込めての攻撃。

 武器の相性というものもある。ミドオムの剣よりもヤマトの槍の方がリーチが長い。

 斬撃のような線よりも、点の攻撃になる突きの方が防ぎにくい。


「あまいんだよ!」


 それでも技量はミドオムが上だ。自分の体を貫こうとする槍を、剣で払う。

 片手だった。先の泥を払う為もあったが、通常ミドオムは片手で剣を握っていた。

 両手で、怒りに我を忘れたヤマトの突撃は、ミドオムの片手一本で防がれるほど弱くはなかった。


「らあぁぁ!」

「くっそ!」


 かろうじて軌道を変えた槍が、ミドオムの肩を削るように掠めた。


「ヤマト!」


 アスカが叫ぶ。

 後ろから迫るもう一人の敵の存在を伝えようと、叫んだ。

 弟の危機に走り出したミイバ。


「んっ!」

「野狐!?」


 弟の援護に走る前に、アスカのいる方に向けて蹴り飛ばしている。

 先ほど切った野狐を。



 死んでいなかった。殺していなかった。

 足元で生かしていたその魔獣をアスカの隣にいるクックラに向けて蹴り飛ばして、そのままミドオムを助けに。

 顔の前に降ってきた手負いの魔獣の為に、アスカの手が一手遅れる。


「させるか!」


 フィフジャが投げた手斧がミイバの尻辺りに向かう。それ以上高い位置では、ミイバの延長上にいるヤマトに当たると判断しての正確な投擲。


「っくぅ!」


 ミイバは反応しなかった。

 手斧は重心が偏っているので、投擲時には回転している。運が良ければ突き刺さることはない。

 そんなことを考えていたのか、ただ弟を守ろうと無視したのか。

 どちらにしろ、手斧はミイバの尻に傷を残したものの、彼女の勢いを止めることは出来なかった。



「姉ちゃんか」

「くっ!?」


 槍で押し込むヤマトと、傷を負いながらそれを剣で受け止めるミドオム。

 ヤマトの背中に迫るミイバに対処できるものはいなかった。グレイの前には怨嗟の唸りを上げる妖魔がいる。


「終わりだよ、ボウヤ!」


 瞬間的にミドオムを制する力を見せたヤマトだが、同じレベルの敵が後ろから迫ればどうにもならない。

 目の前のミドオムとて、ヤマトが隙を見せればそれを見逃すほど甘くはないだろう。

 ミイバの短剣が、ヤマトの背中に突き刺さろうとした。


「うぁっ!」


 転がってそれを避けるヤマトだが、そこまでだ。態勢を崩したヤマトに双子の凶刃が。



 ――突き刺さった。



  ◆   ◇   ◆

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