四_034 悪意の知性
知能がある。
理性がある。
ただの獣ではない。妖魔が妖魔と呼ばれる理由。
「ふざけて……」
「グウゥゥ」
反対に低く唸るヤマトとグレイ。
海モグラは普通に話していた。朱紋も、意味はわからなかったが言葉のようなものを発していた。
だとしたらこれも言葉を理解していても不思議はないとは思ったが、今まで感じたことがないような不快感。
「ほう、妖魔だってんなら喋ることもあんだわな」
どこか場違いなほど穏やかに響くラボッタの声音。色々な魔術などを研究する彼にとっては興味の対象に成り得るか。
「どうしてこんなことを……」
こいつは、人間を食うわけではない。
金銭を奪うわけでもないし、自身の命を守る為でもない。なのに村を襲う。
「獣の住処を守る為にやっている、のか?」
理由があるのだとしたら。
戦う理由があるのだとしたら、理解も出来る。焼き出しものと言われる魔獣たちのように、人間の手で住処を奪われた動物の為に戦うのだとか。
「ひあぁ?」
青小人はわずかに首を傾けて唇を上げた。歪に。
それから無造作に跳び上がり、手近にいた野狐に向けて棍棒を叩きつけた。
「ブギャッ!」
破裂するように潰れる魔獣と、飛び散った血肉を浴びる妖魔。
「さ、あ……いわなぁい」
「お前……」
言わないのか、知らないのか。大した理由などないのか。
ミイバとミドオムは、楽しみで人を殺す。
ラボッタは、他人の生き死ににさほど興味がない。自分の関心を引くような相手でなければ。
この妖魔は、何なのだ。
「い、はぁ?」
ふと、青小人の頭が向いたのは、ヤマトたちとはまるで違う方向。
その黒い目に、大きな建物が映る。
「っ!」
駆け出した。青小人が走り出した背中を追って。
これを放置してはいけない。これは何というか、破壊とか殺戮とかそういう種類の塊だ。そういう概念の生き物だ。
兵器のようなもの。
海モグラのような妖魔を知っていたことで、わずかでも理解が出来るのではないかと考えてしまったヤマトの思い違い。
「誰か――っ!」
「くっこのぉっ!」
アスカが唸る。襲ってきた石猿に向けて。
妖魔を止めてくれと言いたかったが、それまで怯んでいた魔獣の攻勢がまた急に強まった。
再び敵意をむき出しにして襲い掛かってくる魔獣の群れに、手をかけさせられる。
ヤマトの足を止めるかのように襲ってくる野狐やブーア。それらを無視することも出来ない。直前に青小人の手で魔獣が殺されたことで、何かのスイッチが入ってしまったかのよう。
凄まじい力を有する妖魔を目にして、自分たちは敵ではないと主張するように人間に襲い掛かることを選ぶ。
間に合わない。
ヤマトも、フィフジャやアスカたちも追うが、最初に建物から離れてしまったせいで距離がある。
妖魔が目指すのは、多くの人々が避難している集会所。
クックラや、ネフィサ、ズィムたちがいる建物。
弾丸のような速度で駆けだす青小人に、何がどうでも追い付くことは出来なかった。
どがあぁぁぁっと。
ヤマトの見ている先で、轟音と共に砕かれる集会所の扉。
「うあぁっ!」
「いやあぁぁ!」
続けざまに悲鳴と、再び轟音と共に砕かれる屋根、壁。
ここにも人間がいるぞと、魔獣を集めるかのように建物を壊して回る妖魔の姿に、激しい怒りを覚える。
そこにいるのは戦う力のない者だとわかっているだろう。わかっていてやっている。
隠れる場所を潰すように壁や屋根を壊して回った。これは悪意だ。
「ひぃぃ」
「た、たすけてくれぇ!」
砕け散る木片に身を縮める村人たち。
泣き叫び、逃げ出す者もいる。
動かないでほしい。固まっていてほしいが、既にパニックだ。崩壊する集会所から逃げ出そうとする心理をどうにもできない。
守ってもらおうというのかヤマトたちの方に逃げてくる人もいるし、少しでも魔獣のいない方へと走る背中も見える。
「クックラ!」
「ヤマト! 俺も戦う!」
ズィムの声が聞こえた。クックラを守ってくれるという意思表示なのだろう。
混乱する中でそれは有難いが、危険だ。今そこにいるのは普通の魔獣ではなく、長年に亘り多くの人々を苦しめてきた妖魔。
この妖魔を何とかしなければならない。なのにヤマトには力が足りない。
「簡単に背中見せてんじゃねえよ」
ラボッタにも魔獣は襲い掛かっていた。それらの石猿の群れを数匹まとめて強引に殴り飛ばす。
いくらなんでも人間の力を大きく凌駕している。魔導師という肩書にも似合わないが、強い。
そのまま身を翻して、村の集会所の壁を破壊し続けていた青小人に光弾を撃ち出した。
「きぁっひぃっ」
背中を向けたまま跳ねて、正確に自身を捉える軌道の光弾を躱す青小人。背中が見えているのか。
「だわな!」
二撃目は、直撃だった。跳ねた所を狙った時間差での二撃目。
宙に浮いた青小人に一直線の軌道を描くラボッタの光弾。いくら妖魔でも空中では躱せない。
「ヒィッハ!」
悲鳴ではなかった。
くるりと身を回して、飛んできた光弾を手にした棍棒で打ち払う。
「んだとぉ?」
ラボッタとしても完全に捉えたつもりだったのだろう。驚嘆の声を上げながら、再び襲ってきた魔獣への対応に追われてそれ以上は出来ない。
いや、それ以上は不要と思ったのかもしれない。
愛弟子――愛ではないかもしれないが、よく知った弟子の姿がそこにあるのを確認して、不要かと。
「ひゃはぁ?」
地面に降りた妙な体勢のまま、すぐ近くに来ていたフィフジャを打つ青小人。
不格好な体勢だが、そもそも筋力がとてつもない。ただ強引に払うだけの棍棒が必殺の一撃になる。
フィフジャの手にするありふれた手斧で受けたら、それごと砕け散るだろう。
「むぅ」
振るわれた棍棒を手で受けるフィフジャだが、フルスイングのバットを手の平で受けるようなものだ。それでは指の骨が砕ける。
「フィフ!」
ヤマトの叫び声は悲鳴に似て。
このままでは仲間に訪れる死を、どうにもできない自分を悔み。
「ぬぁんでも!」
何を言っているのか。雄叫びにしては迫力に欠ける。
振るわれた棍棒で打ち払われるフィフジャの手。
強烈な勢いを受けて大きく弾かれるその手は、先ほど潰れた魔獣の肉片のように棍棒に張り付いたまま。
「フィフっ!?」
「ギヒャァッ?」
受け止めていなかった。
蒸気のような白い煙を上げて、フィフジャの手から落ちた塊が地面にごとりと転がる。
小さく、フィフジャの口から洩れる呻き。
「ってぇ」
金属っぽい塊だとは思った。その直前にラボッタの光弾を弾いていたことも一因になっていたかもしれない。
フィフジャの得意な……得意ではないけれど、唯一使える魔術。代償術。
左手を冷えさせる代わりに右手を加熱させる。オンオフの切り替えが下手で、百かゼロかという使い方しか出来ないけれど。
加熱した。その塊を。
握っていた武器が急に熱されたら、いくら妖魔でも驚いたらしい。光弾の魔術を嫌っていたことからも、熱には弱いのか。
「ついでだ!」
フィフジャの強みは、自身が傷むことを厭わないこと。
右手をそれだけ加熱すれば痛いのは間違いないし、反対に左手は凍てつく冷たさ。
そして、握り込んだ拳よりも貫手の方が出が早い。
掬い上げるように、凍り付く指先で自身の腰ほどの位置の妖魔の顔を薙ぐ。引っ掻く。
「ギヒャァ!」
効果はあった。明らかな悲鳴を上げて飛びずさる青小人。
フィフジャ自身も傷んでいるが、妖魔にもダメージを与えている。
死なぬフィフジャ・テイトー。なるほどと改めて思い知らされた。
「僕が!」
止めを、と。
愛用の槍を握り、踏み出した時だった。
「ヤマト! 危ない!」
誰の声だったのか。
女の声だった。
妖魔に集中していたヤマトは、まるで見ていなかった。自分の横を。
集会所から逃げ出した人々の気配もあり、周囲が混乱していたせいもある。
自分のすぐ近くに誰がいたのかを見ていなかった。
「ミド――っ!?」
「ここの遊びはもう終わりでいいや」
飽いたとでも言うように、つまらなさそうに。
凶刃が、腹を裂いた。
◆ ◇ ◆
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