四_032 群れの長



 約束と違う。

 アスカは叫びかけて、自分の間違いに気がついた。

 ミドオムの持つ剣がドアに手を掛けた石猿の指を切り払うのを見て。


「なんだよ、十数えんだろ」


 子供を馬鹿にするような言い方。

 そんな暇があるものかと、アスカに背を向けたままドア近くに潜んでいた石猿を相手にするミドオムとミイバ。

 多少なり知恵のある石猿は、この扉が開かれるのを軒下で息を潜めて待っていた。

 飛び出していったヤマトたちをやり過ごし、建物の中に侵入しようと。


 アスカの感覚は鋭いが、多くの魔獣が屋外で騒いでいたら気配を殺したものまで屋内から察知することは難しい。

 この双子はそれを察知していて、アスカの数えを待たずに、まるでヤマトたちのすぐ背中を追うように続いたのだ。それを制止しようとしたアスカの判断が間違っている。


「好きにしなさいよ」


 忌々しいが、今は彼らの方が正しかった。

 やはりこの双子の実力はアスカよりも上だ。それを認めて、彼らに任せる。

 人としては間違っていても戦闘に関する能力は極めて高い。本当に厄介な双子だ。


 漫画に出てくるようなやられ役とは違う。元よりこれだけの力があるから道を誤っているとも言える。

 悪事や蛮行を働いても咎められないほどの力。

 歯止めが効かない。



 そんな種類の人間なら、もう一人ここにいるか。


「行くわよ、ラボッタ!」

「あいよ、お姫様」


 戯言には付き合わず、ラボッタとグレイと共にアスカも建物を出る。


「すぐにドア閉めて!」


 わかってはいたけれど、屋外の魔獣はやはり多かった。



「っとに、もうっ!」


 ラボッタの光弾が矢のように魔獣を排除していくのを目にしながら、手近の魔獣に鉈を振るう。


「いっぎぃぃ!」


 石猿だ。わらわらと、あちこちから。

 腕を斬り裂き、その腹を蹴り飛ばした。


「また増えやがったな」


 ぼやくラボッタ。

 アスカに迫ろうとした石猿の喉笛にグレイが噛みつき、そこに群がろうとした他の石猿を、咥えた石猿を振り回して払いのけた。


「そうねっ」


 左手に手にしたダガーで、屋根から飛びかかってきた野狐の首を深く切りながら避ける。

 多い。

 集会所に逃げ込む前に減らしたはずだが、それと同じくらいに増えている気がする。感覚的なものなので実際に数えているわけではないけれど。

 先刻の騒ぎで、他の場所にばらけていた魔獣もここに集まってきているのだと思う。


「ここら辺のを片付ければ、終わるでしょ!」

「だといいが、なっ」


 獣なのだから、どういう理由があるとしても生息している密度には限度があるはず。

 狭い地域で暮らしていては食糧難になってしまうのだから。

 およそこの近隣の森や山に通常生息している魔獣が全てここに集まっているのだとしても、これ以上は増えない。湧いて出てくるわけではない。


 焼き出しもの、と言ったか。

 何らかの理由で人間に住処を追われて敵意の高い魔獣の群れ。

 こういう経験は初めてのはずだが、何となく船で太浮顎に襲われた時に似ている。

 あの時よりは足場がいい。敵も空を飛んでいるわけでもないのだし。


「グレイ! 任せるよ!」

「オンッ」


 船では活躍できなかったグレイも、この状況では非常に心強かった。

 アスカの周囲を守りながら戦う。時折、魔獣の爪を背中に受けてもいるけれど、強靭な体毛の為かさほど深手にはなっていないようだ。


「その銀狼も大したもんだぜ」


 ラボッタの目にも、グレイは十分な戦力として認められたらしい。

 そういえばゼフスも口にしていた。

 、と。剣を弾かれて。


 大森林奥地生まれの銀狼は、通常の魔獣よりも強靭な生き物なのかもしれない。

 頼もしい家族に背中を任せて、襲ってくる魔獣を処理していく。

 不用意に踏み込み過ぎず、敵の足や目を奪って戦闘力を削ぐか、首回りに致命の傷を与えるか。

 それも適わない時は安全を確保するよう立ち位置を変えながら周囲に気を配る。



 双子は離れた場所で戦っていた。

 あまり近いとお互いにやりにくい。横目で見ただけでも、やはりかなりの強者であると感じられる。

 無造作に切り込むようでいて、横からくる牙をゆらりと空かして躱す。その後ろ手で魔獣の体を裂きながら。

 視野が広く、近付く敵を傷つけるのに最適な動作を自然とする。気にしている様子もないのに姉弟の呼吸は合っていて、お互いの死角をカバーしていた。



 双子を注視しているわけにもいかない。居場所さえ把握できれば、むしろ注視しなければならないのは味方の動き。

 ヤマトやフィフジャと離れすぎないようそちらに寄りながら、襲い来る魔獣を倒し続けた。


(なんでだか、いつもこんなんだよね)


 胸中でだけぼやいてしまうくらいは仕方がない。本当に、いつもこんな風に切った張ったの毎日だ。

 世の中がそうなのか、ヤマトが引き寄せているのか。今回はあえて厄介事に飛び込んだ形だけれど。

 それと同時に、安穏とした日々よりは性に合っているような気がするのも事実。

 アスカも含めてこんな性分なのかもしれない。


「にしてもっ」

「アスカ、平気か?」

「平気よっ! 減らないじゃない!」


 いつの間にか近くまで来ていたフィフジャに気遣われるが、今のところは特に問題はない。

 問題は、倒しても倒しても魔獣が減っているように見えないこと。

 無限に湧くはずはない。だというのに、後から後から。


「もうすぐ三十、だよっ!」

「数えてる余裕あるんじゃない」

「たぶん!」


 ヤマトもまだ危機的な状況というわけでもない様子だが、それにしても多い。多すぎる。

 まるで山の向こうから、さらに追加で魔獣が足されてきているかのよう。

 敵が無限ではないとしても、こちらの体力も無限ではない。襲ってくる波が途切れた合間に呼吸を整える。



「アスカ! 反対だ!」


 フィフジャの声に反応して、視界の中の安全なエリアに向けて迷わず転がった。

 転がったアスカのすぐ背中を、猛烈な勢いの何かが通り過ぎていった。



 アスカが立っていた場所を通り過ぎた塊。そのままその延長上にあった建物を、爆発させるように吹き飛ばして。


「な……」


 避けられたのは、飛んできた何かの勢いが強すぎて方向転換できなかったからだ。

 フィフジャの見ていた方向。アスカの背中側から、猛然と飛んでいった。


 あまりのことに、誰もが、魔獣たちさえもすくむように距離を取り、動きを止める。

 一撃で家屋が半壊するほどの破壊力で壁にぶつかり、爆散した建物の粉塵からそれが姿を現した。



「……青い?」


 思ったほどの大きさではない。角壕足の巨体とは明らかに違う。

 崩壊した家屋に立つ土埃の中にゆらめく影は、アスカのへそ程度までの高さ。

 全体的に青黒い雰囲気の。


「……青小人」

「俺も初めてみたが、そうとしか言えねえな」


 フィフジャが震える声で呟き、ラボッタが頷いた。


「へえ、眉唾な噂話かと思っていたけどねぇ」

「面白いことになってんじゃんよ」


 双子が舌なめずりするように言う。


「アスカ、ヤマト……妖魔だ。朱紋と同じ」


 フィフジャの言葉を肯定するのか否定するのか。小柄な青いそれは、小さな体躯からは想像も出来ないほどの声量で、甲高い金切り声を上げた。



  ◆   ◇   ◆

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