四_031 隣り合わせ



「そりゃあねぇ……あんたらは仲間じゃあないのかい?」


 異常な犯罪者にさえ人としての在り方を問われる妹。

 呆れた顔で問い掛けられても平然としているアスカに、兄として何と言ったらいいのだろうか。


「平気よ。ちょっとくらい手の内を見られたからってあんた達に負けるような人じゃないもの。ねえラボッタ」

「何がねえってんだか、全く……」


 呆れているのは、ダシにされたラボッタも同じく。


 ――一緒に戦いなさいよ。そうしたら、ラボッタの戦いぶりも見られて都合がいいでしょ。


 使えるものは何でも使う。

 確かにそう言っていたが、ラボッタも含めて使えるものの範疇だったらしい。交渉材料としてラボッタの戦う姿を見せてやると。

 双子はラボッタ・ハジロに興味を持っていた。どんな戦い方をするのか実戦で観察できるのは、双子側にも利点だと言える。

 だからと言ってそれを手伝わせる理由にするだろうか。普通。



「別に魔獣相手が苦手ってわけじゃないんでしょ」

「……ちょいと見くびってたみたいだね、嬢ちゃん。ビビッてないのかい?」

「怖いに決まってるじゃん。間違ったら死ぬんだから」


 馬鹿なことを言うなと、真っ正直に言い返すアスカ。


「魔獣相手でも、人間が相手でも。間違えたら死ぬのよ」


 戦いに臨む以上、死の危険は隣り合わせ。慣れたと思っても何かの間違いで命を落とすことも有り得る。

 町で、通り魔のような何かにぶつかって死ぬことだってあるかもしれない。そういう人間もいるのだと、この双子で知った。

 地球ならそんな突発的な死因はないのかもしれないが、この世界ではそんな危険が転がっていて、そんな間違いが降りかかることを怖れる。


「ちっちぇのに、尖がった生き方してんなあ」

「あんた達みたいな奴がいるからじゃないの」

「はっ、そりゃそうだ」


 ミドオムは口先だけで笑い、表情は大して面白くもなさそうなまま。

 ミイバの方は、軽く口笛を吹いて感嘆を表した。


「いいさ。あたしらもここを出るのに手が増えた方が楽だしね」


 損得を計算して、この場で手を貸すことには頷くけれど、どこまで本心なのかヤマトは信じていない。

 アスカとて信用しているわけではないだろう。

 この建物に残していかないことと、ついでに魔獣の相手をさせる為の交渉。


「すまない、アスカ。俺が……」

「いいよ、フィフは喋るの下手だもの。私が話す方が早い」


 事実かもしれないが、そこまではっきり言うのもどうなのかと。

 交渉を任せてしまった形の同行者の謝罪を、容赦のない言葉で気にするなと言って。


(余裕がない、か)


 双子に注意を払っていて、フィフジャの心情にまで配慮している余裕もない。

 交渉がこじれたら、ここで命のやり取りという可能性もあった。

 間違えれば死ぬ。

 兄としても、アスカの立ち回りに感謝するところだ。



「しっかしまあ肝の据わった小娘だね。ほんとに可愛げのない」

「怖くても、ビビッてたら死ぬだけだったのよ。昔からね」

「大したもんだ。ミドオム、今はやめときな」


 生まれ育った大森林だって気を抜けば死ぬ場所だった。

 アスカの気概にある程度の重さを見たのか、ミイバが弟を制するようなことを言う。

 おそらく弟の方が、より自制の利かない性分。



「で、どうする? あたしらから先に出ろって言うかい?」

「そう言いたいけど、そこまでは言わないわよ。フィフとヤマトが先に出る」


 この双子に背中を見せるのは落ち着かないが、一番危険な先頭に立てというのも気が引けた。


「最初に飛び出してもらうけどいいよね?」

「いいよ」

「魔獣を引き付ければいいんだな」


 役割を確認して頷いた。

 先頭に立てと言われるのならそうする。ヤマトにしてみればその方がやりやすい。


「扉から出来るだけ離れて。その後ろからこの二人に行ってもらう。妙な動きをしたら私とグレイとで何とかするし、ラボッタにも見ててもらうから」

「信用されてねえや」

「当たり前でしょ。変なことしたら殺すから」

「そいつも悪くないね」


 睨まれて、冗談だよと片手を振るミイバ。本当に冗談かどうかはわからない。

 利用はするが信用はしない。

 彼女の方もわかっているだろう。この双子と自分たちは決して相容れないものだと。


「ヤマトたちが出てから十を数えてからあんた達ね」

「はいはい、お好きなように」


 魔獣を相手にしている時に後ろから襲われてはかなわない。アスカの取り決めに面倒くさそうに頷く。



「じゃあ、行く」


 後ろはアスカたちに任せた。グレイとラボッタもいるのだから、さすがに双子も妙な真似はするまい。

 ドア近くの魔獣を少しでも離すように、潜んでいる住民たちに少し離れた両脇の壁を内側から叩いてもらう。

 音のする壁の方に、外の魔獣が釣られていく気配があった。時折、壁の向こうから大きな振動も。


 扉の前で、フィフジャと視線を交わした。

 集中する。

 どんな魔獣がどこから襲ってくるかわからないのだから、神経を研ぎ澄ませて。


(神経を?)


 何だろうか、少しどこか引っ掛かることもあるが。

 とにかく息を深く吸い込み、いつも以上に鋭敏に感覚を働かせる。


「行こう!」

「ああ」


 開け放たれた扉からフィフジャと二人で一気に飛び出す。

 ヤマトたちに気が付いた魔獣が、すぐさま左右から集まってきた。


「っ!」


 素早く反応したのは、比較的小柄な魔獣が多い。それらを槍で薙ぎ払う。



「ちょっと!」


 後ろからアスカの焦った声が聞こえたが、気にしている余裕はなかった。あちらで何かあったとしても、今は自分のことに集中するしかない。

 信じて、建物から離れながら集まってくる魔獣を相手に槍を振るった。



  ◆   ◇   ◆

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