四_029 薄暗い出自_1



 待ち構えていたわけではない。本当にただの偶然だ。


 先日襲ったのは仕事を依頼されたから仕掛けただけで、終えればそれまでのこと。殺しを愉しむのもいいが、出来れば殺すなという注文をつけられた。

 ミイバたちのことを知る人間で、殺すなという依頼も珍しい。ちょっかいを掛けてみて適当に引っ掻き回せと。


 出来ればというだから、勢い余って殺してもいいという解釈もしていたが。連れを含めて思う以上のしぶとさだった。

 やれなくもないが、依頼人が必ず殺せと言ったわけでもなし。これで十分だろうと。

 ミドオムは不満もあるようだったが、こちらが死んではつまらない。次はあれらを暗殺しろという仕事でも受けられたら面白いけれど。



 国境を越えていくのに、街道を大手を振って歩けるような評判ではない自覚もある。

 主要な街道を離れた間道を進んでいたら、魔獣の群れに出くわしてしまった。

 戦いに不慣れなことはないが、魔獣相手はつまらない。魔獣は死の際に命乞いをするわけでもなく、後悔して嘆くわけでもない。


 数の多さに辟易しながら逃げていると、集落に行き当たった。

 当然のように集落を襲う魔獣ども。逃げ惑う村人の様子も見物みものではあったが、凶暴な魔獣を倒してみせると彼らはミイバたちに感謝を述べるのだ。

 滑稽だった。


 ミイバたちが魔獣を案内してきたようなものだが、その災厄から命を拾った人間がミイバに感謝する。笑える。

 魔獣どもを村人に押し付けて逃げてしまうことも可能だと考えて、切り替えた。もう少し楽しもうかと。

 村人を適度に庇いながら集会所まで避難した。



 実にいい光景だった。

 死を目の前にした人間を見ることが好きなわけだけれど、これだけ多くの人間がまとめて死の恐怖に震える様をのんびりと眺めていられる。

 ミイバとミドオムとすれば、今まで見たことのない余興のようなもの。


 いよいよとなれば、魔獣がこの村人たちを襲っている間に自分たちは離れてしまえばいい。

 そんな考えのミイバたちに対して、彼らはすがるように、媚びるように、備蓄の食べ物を分け与えてくれるのだ。

 神様というやつの視座はこういう気分か。慈愛っぽい振る舞いをするのもわからなくはない。


 それでも一日、二日と経てば飽きてきた。

 そろそろ終わりにするかという目配せを弟としたところだったのだが。

 まさか、まあ。

 なるほど。神様というやつは本当に楽しいことが好きなのだろう。


「はぁい」


 生意気な小娘を無視して、唖然としている可愛いボウヤに手を振って見せた。



  ◆   ◇   ◆



「あたしのダガー、返してほしくってさぁ」

「馬鹿言わないで、誰が――」

「うちの親の形見なんだぜ、あれ」


 僅かに息を飲む音と、腰辺りに手を添えるアスカ。

 親の形見という言葉に釣られて。


「なぁんて、嘘よ嘘。ただのお気に入りってだけ」

「っ、ふざけて……」


 からかわれたと、怒りで声が震えるアスカの隣にヤマトが立った。

 こんな場所でこの双子と出くわすことになるとは思わず、つい相手のペースに乗せられてしまっている。


「どうしてここに」

「外は魔獣だらけだからねぇ。どうしようかと」


 さすがにこの双子でも、この数の魔物の相手となれば簡単ではないらしい。

 別に真正面から相手をする理由は、こいつらにはないだろう。タイミングを見て逃げ出すつもりでいて、そこにアスカ達が来ただけ。

 なのか。それとも本当に作為的なものなのか。



「あ、あんたら……知り合いか?」


 集落の男が、険悪な雰囲気のアスカたちとミイバを見比べて訊ねた。


「ミイバさんたちは、俺らを助けてくれたんだ。悪い人じゃない」

「……」


 嘘だ。悪い人だ。

 そう言いたい気持ちを飲み込む。


 彼らにとっては、おそらく魔獣の襲撃の中で守ってもらった恩人。

 他のことを知らなければ、こんな言い方になるのも仕方がないだろう。


「アスカ、今は」

「わかってる」


 後ろからフィフジャに声を掛けられ、ミイバ達から目を逸らさずに答える。

 今、ここで揉め事は起こすべきではない。この双子の正体を大声で言うような状況でもない。

 集会所で怯える村人たちの気持ちをさらに掻き回して、どんな事態になるか。予想がつかないけれど、ろくなことにはならないことはわかっている。


「いつからここに?」


 知り合いかと確認した村人に、双子がいつからここにいたのか聞いた。


「村が襲われた時だ。二日前に」

「……」


 二日前からここにいる。

 だとしたら、この再会は意図したものではないと見ていいか。

 魔獣から逃げ延びた村人がアスカたちに助けを求めたのも、助けるとヤマトが言い出したのも、この双子の計画ではない。



「ミイバ、ねえ。聞いた覚えがあるな」

「師匠、今はやめてくれ」


 ラボッタが空気を読まないことを言い出すのではないかと、今度はフィフジャが後ろに向けて制する。

 途端にミイバの目が丸く見開かれ、ミドオムの表情が消えた。


「あんたがフィフジャ・テイトーの師匠かい?」

「ラボッタ・ハジロ」


 熱を帯びた瞳の姉と、冷え切った声音の弟。



「有名人はつれえなぁ、おい。お互いによ」


 聞き覚えがとか言っていたけれど、ラボッタにはわかっていたのだろう。この双子がお尋ね者の狂人だと。

 余計なことを言い出したのは何の意図があってのことか。


「出来りゃあ魔獣を片付けてあったけえメシでも食いたいところだからよ。今はやめとこうや」

「今は、そうだねぇ」

「……」


 ラボッタとて人間だ。村があるのなら、まともな食事をしたいと思う。

 自分の存在を明らかにして、この場での命のやり取りに歯止めをかけた。

 前回の襲撃では双子も本気ではなさそうだったが、手傷も負っている。あの時より戦力を増したこちらと事を構えることを得策だとは思わないはず。


(そういう常識が通じるかわからないけど)


 非常識な犯罪者なのだから、損得だとかの計算をするかわからない。

 ここにいる村人たちを盾のような道具にも出来る状況で、それを有利と見るかもしれない。

 村人を盾にしたところでラボッタは斟酌しないだろうが、アスカやヤマトは動きにくい。

 警戒を解かないアスカに向けて厭らしい笑みを見せてから、また壁に背をもたれて目を閉じた。

 やる気はない、と。


「アスカ」

「わかってる。グレイ、おいで」


 ヤマトに促されて、警戒は残しつつ双子から反対の壁側に寄った。

 近くにいては気が休まらない。

 幸い広い集会所で、それなりに距離が離れた。



  ◆   ◇   ◆

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