四_028 焼けだしもの_2



 ――うあぁぁぁ……


 悲鳴が聞こえた。

 聞こえるということは、まだ生きているということだ。


 案内してくれた青年の話では、危険が迫った際には集落の中央の一番頑丈な集会所に集まる避難計画があったのだと言う。魔獣に限らず、国境付近ではあぶれ者の集団などが狼藉を働くこともあるらしい。

 集会所に逃げ込めなかった彼らは村から離れたが、生きている村人はその集会所に逃げ込んだだろうと。

 それ以外の、自分の家屋などに逃げ込んで息を潜めている人もいるはず。


「どうすんだ?」

「焦らず、固まっていく。建物の陰もあるから全員で周囲を警戒して。クックラとあんたは真ん中にいなさい」


 無闇に突っ込んだりはしないとアスカが指示した。あんた、と呼ばれたのは道案内の青年だ。

 先頭をヤマトとフィフジャが。左右にアスカとグレイ、ラボッタが立って、少し間隔を空けた。近すぎると動きにくい。



 フィフジャ目掛けて屋根の上から飛んできた石を槍で叩き落とす。


「石猿」

『ギィッ!』


 投石が無効になり、屋根から飛び降りてくる石猿。大きなそれに続いて別の石猿も左右から襲い掛かってくる。

 こういうのは森の石猿と変わらない。

 だが、この近隣で見た魔獣と同じように少しいきり立っているようだ。攻撃性が増しているというか。

 襲ってくるそれらを倒しながら疑問に思う。


「縄張りでもないのに」

「ああ、妙だな」


 続けて現れたのは、ヤマトが知っているものとは毛色の違うブーア。

 大森林で見知っているブーアは灰っぽい茶色だったが、こちらは赤みが強い。体格はやや小さく、その代わりでもないだろうが下顎から鼻に向けて伸びる牙が分厚い。


 突進してくるブーア。鼻先の牙でぶちかますような突撃。

 後ろにはクックラたちがいるのだから引くわけにはいかない。


「俺が」


 フィフジャが突出した。

 走り出して、ブーアの目の前で滑り込むようにしながら手斧で片足を叩き切る。


『ブギャァ!』


 バランスを崩して、その鼻先で大きく地面を削りながら横に逸れた。


「しゃがんで!」


 スライディング状態のフィフジャの頭上に、左右から飛びかかる四つ足獣。立ち上がらないようヤマトが叫ぶ。

 やや大きめの狐のような魔獣。野狐やこと一般的に呼ばれている。群れを成して家畜を襲うこともある害獣で、倒したところで食う部位もない。

 フィフジャに食いつこうとする片方を貫き、貫いたままの槍で反対を薙ぎ払う。


『グビェッ!』

「助かった」


 ヤマトが手を出さなければそのまま地面を蹴って躱していただろうが、その先にも何がいるかわからない。


「なんで魔獣が協力してんのよ!」


 毒づきながらネフィサが放った光弾が、屋根の上にいた石猿の片目を潰した。

 言う通り、おかしい。


「協力してるってわけでもねえ」


 ラボッタはまだ余裕がありそうで、目に付いた魔獣をやはり光弾で貫きながら答えた。


「種類も多いが、妙に敵意もたけえな」


 言っている間にも、騒ぎを聞きつけたのかあちこちから魔獣が寄ってくる。

 家の壁に牙で砕かれた跡が見えるのは、ブーアの突進か。

 窓の木戸を乱雑にはぐったのは石猿の仕業だろう。

 留め具一つだけでぶら下がる板が音を立てて、開いた木窓からまた石猿が飛び出してきた。口元に、まだ乾ききっていない赤い雫が。


「っ!」


 アスカの放った石礫が石猿の顔にめり込む。来る途中で尖った石を拾っておいて、クックラにもいくつか持たせていた。


「ヤマト! 思ったより数多い」

「ああ!」


 言っている間にも集まってくる魔獣を捌きながら、やはり疑問に思う。

 魔獣とて獣だ。普段からこんな密集して生活しているはずがない。

 高い密度で集団生活するのは同じ群れでもなければ考えられない。同じ群れでさえ、あまりに数が増えすぎれば食料不足になる。


 複数の種類の魔獣に同時に襲われる。

 そういえば大森林でも、途中そんなことがあったか。

 ここにいる魔獣は大森林のそれよりも個別の脅威度は低いが、数が多いのはそれが脅威だ。次から次へと。

 今はまだ平気だが、いつまでも続けばこちらも疲弊する。そうすればミスも出てくる。

 魔獣とて無限に湧くわけではないにしても。



『ヴァンッ!』


 グレイが旋じ風のように回転すると、襲い掛かろうとした二体の野狐が喉から血を噴き出して倒れた。

 旅の中でグレイも強くなっているような気がする。


「集会所は?」

「村の中央、もう少し先です」


 先日の開拓村よりも規模が大きかった。この開拓村は成功例で、いくらか年月が経っているということだ。



 中央側。

 おそらく人間の気配があるからだろう、魔獣もさらに増えていく。

 魔獣同士も決して仲が良いわけではない。お互いに牽制しつつも、優先的に襲うのは人間。

 人間に対する敵意が特別に高い。理由はわからないが、だからこの集落が襲われている。


「ああ、焼け出しもんか」

「みたいですね」


 ラボッタとエンニィが納得の言葉を交わすのを耳にする。

 襲ってくる長細いネズミのような魔獣を倒しながら。


「森を焼かれたり山を奪われたりした魔獣が、集まって人間の村を襲うことがあるんですよ」


 ヤマトの疑念を察してエンニィが言葉を足した。

 森を焼かれ、人間に恨みを抱いて。


「焼いたの?」

「そういう例もあるって話で。とにかく元の縄張りから追い出された魔獣がまとまって人間を襲うことを言うんです」

「ここ十年も聞いてなかったんだが、なっ」


 人間の手で住処を奪われたから、だから人間への敵意が高い。

 魔獣と分類されるものは、どうやら知能も普通の獣より高いらしい。獣も一緒くたに目的を同じとして協力のような状態を。


「人間のせいかよ」


 ズィムが言葉にしたのは、隣にいた村の青年の気持ちを思ってのことだ。

 どこかの誰かのせいで彼の村が襲われた。助けてもらっている身で恨み言を言いにくいだろう青年の代わりに。



「って、あれ……なんで?」


 ネフィサが声を上げ、ヤマトもそちらに気を取られる。


「なんなの……」


 アスカが言葉を失うのも無理はない。

 家が全壊していた。

 並ぶ家の中の一つが完全に全開して、その隣の家も大きく壁を砕かれて傾いていた。

 屋根の片側が地面に着いている家の隣には、完全に倒壊した残骸だけ。


 ブーアの突進で壁に穴が開くこともあるだろうが、家を丸ごと倒壊させるまでの力はないはず。

 倒壊させたそれが、隣の家の壁も大きく抉って傾かせたと見て間違いないだろうが。これだけの破壊力を有する魔獣となると。記憶に多くはいない。


 大森林にいた黒鬼虎や大ニトミューなら可能だろう。巨大ブーアでも出来るかもしれない。

 太浮顎なら、数回の体当たりで小さな家屋くらい潰せてしまうはず。だがここは海ではない。



角壕足かくごうそく、かな?」

「かもしれん」


 巨大で突進力のあるサイのような魔獣。勢い余って隣の家の壁まで壊したと考えれば妥当かと、フィフジャも頷いた。

 さすがにあれが突進してきたら止めきれない。以前に仕留めた時も、脳天に槍を打ち込みはしたものの勢いは止まらなかった。

 近くに見当たらないところを見ると、もしかしたら潰れた家屋から逃げ出した人を追って行ったのかもしれない。


「あそこだ!」


 青年が指さす方向に、一際大きな建物があった。

 他の家と違って丸太そのままで組んだ建物。板壁ではなく分厚い印象の建物だ。

 集会所と備蓄倉庫を兼ねているらしく、他の家屋より頑丈に作っているのだとか。


「周りの魔獣を片付けて一度中に」


 いつまで続くのかわからない。

 一度息をつきたいということもあるし、中でクックラ達を匿ってほしいとも思う。

 集会所に群がる魔獣の数は多かったが、頑丈な建物に手をこまねいていたのか、ヤマトたちが周囲を蹴散らしていくと遠巻きに警戒するように離れた。

 こうしてまた人間への敵意を高めてしまうかもしれないが、今この状況では他に方法がない。


「助けを呼んできた! 俺だ、ノッドだ!」


 ドアを叩く青年に、中から漏れてくる声に安堵の色が見える。絶望的な状況の中に光明が差して。


「今開ける、魔獣は大丈夫か?」

「ああ、ドア周りのは片付けてくれた」


 まだ襲ってくる魔獣を警戒しながら、開かれた戸に青年とクックラ、ズィムと順番に入れていく。

 ひさし伝いにするするっと、空いた隙間に飛び込もうとした石猿をフィフジャが叩き落とした。


「入れ、ヤマト!」

「うん、フィフも」


 かなりの魔獣を片付けてきたつもりだが、それでも見る限りまだ半分程度か。


「ひっ、魔獣!」

「それは平気! 噛まない、私の家族!」


 グレイのことだったのだろう、アスカが無害だとアピールした。

 強い警戒をみせる魔獣を牽制しながら中に入ると、内側から太い丸太でドアを固定する村人たち。



 薄暗い室内。わずかな開口の明かり窓しかないのは、ここが倉庫も兼ねている為に泥棒の侵入を防ぐ為だったとか。今はそれが幸いしている。

 室内は、確かに広い。

 村人数十人が逃げ込んでも十分な広さ。実際の村の人口は三百人程度だというから、ここにいるのも全員ではないだろうが。

 三百人まで入ればすし詰め状態だろうが、今の人数ならそこまでではない。

 家族ごとに寄り添って固まる人々。



「ノッド、よく無事で」

「ザモンはいるか? カムナとモーナは無事に街道まで逃げている」

「ザモンは……ここにはいない」

「そうか……どこかに隠れているんだろう。とにかく助けを呼んできたんだ」


 連絡を交わす彼らの会話を耳にしながら、息を整える。


「大丈夫?」

「うん、平気だよ。ありがとうネフィサ」


 アスカに渡された水筒から水を一口飲んで、汗を拭う。

 魔獣の強さそのものはそこまででもないが、誰かを庇いながらというのはやはり疲れる。神経を擦り減らす。

 大森林で一緒だったのはアスカとフィフジャ、そしてグレイ。庇うべき相手ではなく共に戦う仲間。

 今はクックラもいるしズィムもいる。エンニィや村の青年ノッドも。

 ネフィサのことだって、無理をさせないように気を配る必要があった。彼女がある程度弁えて支援に徹してくれていて助かる。



「ケルソウの家がぺしゃんこに潰されていたんだが、あれは……」

「わからん。儂らもここに逃げ込むのがやっとで。地鳴りのような大きな音がしていたのは聞こえとったが」


 何がどうなったのか知ることなど出来なかっただろう。

 有益な情報は期待できそうにない。息を整えたら、また魔獣が数を増す前に戦いに――



「なんであんた達がいるのよ!」


 思考はアスカの怒声で掻き消された。

 アスカと共にグレイも低く唸り、背中にクックラたちを守ろうと。


「何を……」


 ただ事ではない。ヤマトも目を向けて、目を疑う。


「はぁい」

「そんなに警戒すんなって、ちっちぇの」


 薄暗い中でもわかるニヤついた笑みで手を振る女と、つまらなそうに舌を出す男。



「お前ら……」


 薄暗い屋内に、二人で壁際に寄り掛かる双子。ミィバとミドオム。

 魔獣から逃れた先でより邪悪なものと鉢合わせてしまうのは、ただの偶然と言えるのか。

 嗤う双子の口元は、罠にかかった獲物をどう咀嚼するかと舌なめずりしているかのようだった。



  ◆   ◇   ◆

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