四_027 焼けだしもの_1
危険なことはしないと、船でそう言ったのではなかったか。
クックラのことも心配だから怪我などしないよう生きるのだと。
――他人が正しくせずとも、あなたが正しくしない理由にはならない。
祖母と一緒に捲った日めくりカレンダーの言葉の一つ。
この世界の人々の価値基準はヤマトと大きく違って、それが当たり前なのもわかる。
だけど、他人の考え方を理由にヤマトが出来ることをしないのは、それは違うのではないか。
助けてと言われて、助けられる力があって。じゃあ助けるべきじゃないかと。
単純なのだ。
ヤマトは自分が単純に出来ていると自覚している。アスカならもう少し考えるだろうが、自分はどうもそういう性分ではない。
正義感ばかりでもない。勝算も考えた上で。
ノエチェゼではまだ世の中のことがわかっていなかったが、ここまでの旅路で理解した。自覚した。
自分やアスカはかなりの力量を有している。魔獣の群れに対処するだけの実力は備えていると、ここまでに確認できた。出来ることをやるだけ。
「ラボッタさん、手伝って」
「お……おう」
正面から言うと、ラボッタは面食らったように頷いた。
助けられる力ならヤマトよりも大きいラボッタにも協力を仰げば、より危険は減る。
自信がないわけではないけれど、過信はしない。
「っとに、お前らは……兄妹揃って面倒な
頷いてしまった手前、今さら断るのも性に合わない。そういう様子でラボッタは諦めたようにもう一度頷いた。
「前ので少しは懲りたかと思ったのによ」
「懲りたよ。もう、懲り懲りだ」
ぎゅっと槍を握り締める。
苦い思いを噛み締める。己の力不足を。
「だからやらないっていうのは、もっと嫌なんだ」
「ま、いいんじゃねえか。お前にはそれなりの力はあるみたいだしな」
ラボッタから、
ふっと彼を見ると、皮肉気に笑った。
「へこたれねえってのは嫌いじゃないぜ、ヤマト」
名前を呼ばれて、肩を掴まれた。
「だから、こいつはおまけだな」
「っ!」
びゅくんっと、腕が痺れた。
筋肉が痙攣して、槍を握る腕が自分の意思とは無関係に必要以上に強く握り締める。
「な、にをっ……」
「お前はフィフジャより見込みがありそうだからな。これもわかっとけ」
腕の神経が、痛みを脳に伝える。
痛い。
痛いほどに、強く信号を伝える。ヤマト自身に、自分の筋肉や骨、神経組織がどう繋がっているのかまるで図で見えるかのように。
「その感覚、忘れんな」
痛みを残して、ラボッタはそれ以上は言わずに離れていった。
◆ ◇ ◆
速足で先導するのは、街道まで逃げ延びた中ではまだ元気だった青年。
途中からは間道というか獣道というか、言われてみれば道だと思うような林道を進んでいる。
国境近くの開拓村が街道沿いに作られないのは、宿場町とは違うからだとエンニィが言っていた。
国境近くに急に新しい町などを作り始めたら隣国といらぬ緊張を増すだろうし、立派な町などを作れば今度は自国民からも不満が出る。浮浪民などの為に。
辺鄙な場所を与えて、そこで勝手に暮らせという厄介払いの政策。策というよりは、場当たり的な対応。
稀にうまく機能することもあるし、隣国に流れて犯罪者になることもあるとか。こういう場合、なぜか自国ではなく他国で犯罪行為に走る傾向が多いのだと。
明確にそういう決まりがあるわけでもないけれど、リゴベッテでは一般的な慣習というのか、そんな話だった。
「この速さなら一日もかかりません、女子供がい……」
女子供はいるのだが、移動速度は大人の速足並み。
向かい始めたのが昼もだいぶ過ぎてからだったので、一度野営をした。強行軍で疲労した状態では、助けるどころか今度はこちらの危機になりかねない。
村から逃げて来た青年が一人、道案内に。他の人々は街道に残してきた。
クックラをあまり危険な場所に連れて行きたくないと思うが、置いていくわけにもいかない。置いていくことが安全だというわけでもないのだから。
魔獣もだけれど、村を追われたという人間だって心に魔が差すこともあるだろう。
手の届く場所に、目の届くところにいてほしい。
やはりヤマトのやっていることは、感情や状況に流されやすい若造の、ちぐはぐな行いなのだろうか。
浅慮な正義感。
そう言われても仕方ないが、それでも嫌なものは嫌なのだ。助けられる命を見捨てていくのは。
先日のこともあって余計に鋭敏になってしまっている。
親を失う子も、子を失う親も。そんなもの、出来るだけ少ない方がいい。
「いいんじゃない、勇者っぽくって」
野営中、迷いを見せたヤマトにそう言ってくれた。
同じ記憶にある漫画の中の主人公なら、きっと困った人を助けるのに大した理由は設けなかっただろう。
違うのは、ヤマトの行為によって妹や連れも危険な目に遭うかもしれないこと。
「出来ると思ったならやればいいんだよ。ぴょんぴょん勇者なんだから」
「……うん、そうだな」
改めて言われてみれば、何のことはない。自分に似合いの呼び名だ。
浮ついて地に足の着いていない感じが自分らしい。
ヤマトが助けたいと思ったことを、アスカやフィフジャが助けてくれる。今はラボッタもいるし、ネフィサだって手伝ってくれるのだろう。
『クゥ』
小さく鼻を鳴らすグレイ。そうだ、いつも助けてくれる相棒もいる。
「グレイ、頼むな」
まだ朝と呼んで差し支えない時間のうちに、目的の集落と思しき柵が視界に捉えられた。
◆ ◇ ◆
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