四_018 襲撃の黒幕_1
次の襲撃は、北と南に山脈が途切れている辺りで。
通ってきたヒルノーク王国と内陸の国の国境付近で、平地だが林のように木々が視界を遮っていた。
昼より前の時間に襲われた。
「アスカ!」
兄の声には戸惑いがある。
アスカに向けて、なんと言ったものかと。
「わかってるわよ!」
余計な心配を。
兄はどうにも過保護だ。
この弱すぎる襲撃者たちを、アスカが問答無用で殺してしまわないかと心配をしている。
「盗賊団なんていないって言ってたじゃない!」
「ぼ、僕に怒られても」
苛立ち紛れに言いながら、襲ってくる男を投げて背中から地面に叩き落とす。
「げぶっ」
容赦はしていないのでしばらくは呼吸困難で動けないはず。
それでも首の骨を折らないようには気遣ったのだから感謝してほしいくらいだ。
(
ズァムーノで暮らしていた竜人は、普通の住民でももっと強靭だったと思う。
竜人たちと戦ったわけではないので感覚的なものだが。
茂みから現れた集団。
十数人で囲んで襲ってきたものの、その手つきは素人そのものでひどい。
恐る恐る迷いながらか、逆に迷いを断ち切ろうと極端に大振りか。
手にしているのも農具などがほとんどで、戦う為の武器とは言えない。そうは言っても当たれば怪我をするし場合によっては命を失いかねない。
しかしあまりにもへっぴり腰か、あるいはわざわざ雄たけびを上げてタイミングを教えてくれるような攻撃。
アスカにとっては冗談なのかと感じる程度のものでしかなく、とりあえず武器を取り上げたり投げ飛ばして敵同士をぶつけたり。
フィフジャたちもアスカと同じように敵を無力化していく。
クックラとズィム、エンニィは、ネフィサとグレイに庇われていた。
ネフィサの魔術光弾とグレイの牙を見て、襲撃者は近寄ることも出来ない。
「っとに、次から次に」
いらっとした所で、次に襲ってくる者の背丈がアスカと大差ないことに気付いた。
子供。半人前と呼ばれる年頃の少年。
「だああぁ!」
「るっさい!」
振り回す鎌を躱しつつ、突っ込んでくるその腹に拳を叩きこんだ。
「ぼ、べ……」
鳩尾に入った拳にあっさりと沈むその少年の腕を取り、背中に
そして首筋に鉈を突き付けた。ぎらりと光る刃が目に入るように。
「抵抗をやめなさい! この子を殺すわよ!」
はっと、襲撃者たちの目が集まる。
「あんたの名前は?」
「……うぁっ! べ、ベイフ……」
黙ろうとした少年の腕を痛むようにひねれば、あっさりと吐いた。
「ベイフの命が惜しいなら武器を捨てなさい! やめないなら最初に耳を削ぐ!」
「アスカ……」
アスカの宣言を聞いたヤマトがまず呻いた。
平和的な解決方法だと思ったが、兄の感想は違うかもしれない。
「や、やめてくれ! 抵抗はしない。だから……」
「ビエサ、おい」
「頼む、ベイフを……息子を殺さないでくれ」
ビエサと呼ばれた中年の男が泣き声混じりに武器を捨てて膝を着いた。
真っ先に武装解除した父親を見て、他の襲撃者も続けて同じように。
ほら、うまくいった。
戦う気構えも技術もないただの烏合の衆だ。
少し痛めつけて恫喝すれば戦意を失くすだろうと思って。
(……あれ?)
アスカに向かって
その目に浮かぶ怖れは、まるで。
「私が悪者みたいじゃん」
「……そうだな」
フィフジャは否定したのだろうか、肯定したのだろうか。
誰も死なずに済むようにと思ってやったのに。アスカへの賞賛がない。おかしい。
「う、うぅ……命だけは、助けて……」
涙と涎で顔をドロドロにしながら命乞いをするベイフ。
本当に情けない。そんな根性なら最初から襲撃しなければいいのに。他人を襲ってただで済むと思っていたのだとしたら考えが甘すぎる。
「……あんたらの態度次第ね」
悪役然としたセリフを吐きつつ、ついにやりと笑みを浮かべてしまうアスカだった。
◆ ◇ ◆
話を聞けば、ただの農民だった。
国境近くの開拓村に集められた村人たち。
それがなぜ集団で旅人を襲うような真似をしていたのか。
「魔獣に村を潰されて……」
「だからって人を襲うことないじゃない」
「す、すいません」
膝を着いて並ぶ人々は、アスカの言葉にびくりと震えた。
半数以上は先ほどの襲撃でかなり痛い目を見ている。
適う相手ではないと知り、かなり従順だ。
「他の村で働くとか出来ないの?」
「その……
「入納銭?」
聞いたことのない言葉にフィフジャを見るが、フィフジャも説明に迷ったようでエンニィに視線を送る。
「身元の不確かなよそ者が村に入るのは住民に危険もありますからね。その集落に支払う税金みたいなものですよ」
村に来た者がろくでもない人間かもしれない。悪事を働いてどこかから追われている罪人かもしれない。
そういうリスクを踏まえて入居の許可をもらう為の金。
逆に、金で解決できるという言い方も出来るか。
地球に該当するものがあるのかわからないが、リゴベッテでは珍しくない習慣らしい。
そうした仕組みからあぶれた者。
浮浪民。
「生きる為だとしても、無関係な人を殺してきたっていうなら」
相応の裁きが必要だろう。
アスカの目が細められると、中の一人が慌てた様子で腰を上げて首を振る。
「違う! あんたらが初めてだ」
「……」
その言葉を信じられるほどの根拠はない。
襲撃がお粗末だったことを除けば。
「本当だ。今の時期なら山で食べ物は手に入るから、とりあえず食うだけは出来てた」
「人間を襲ったりしてない。本当だ」
口々にそう訴える浮浪民たちだが。
「でも私たちを襲ったじゃない」
「それは、その……」
アスカの言葉に
否定のしようがない事実。
しゅんと静まる浮浪民たちを見渡して、アスカは溜息を吐いた。
どうにも、見境のない荒くれものの集団という雰囲気ではない。
人に武器を向けることにも怯えていたので、今回が初めてだったと言われればそうなのだろう。
「で、なんで私たちを襲ったの? 今までやらなかったって言うなら」
黙り込まれても仕方がない。
理由があるなら聞いてみようと促す。
「……頼まれたんだ」
◆ ◇ ◆
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