四_019 襲撃の黒幕_2



「頼まれたんだ」


 口を開いた中年の男は、先ほどアスカが人質に取ったベイフの隣にいる。

 ビエサと言う名の、ベイフの父親だった。


「頼まれた?」


 不穏当な話になる。

 それまで黙って聞いていたフィフジャとヤマトが、周囲を警戒するように視線を走らせた。

 ビエサは訊ね返すアスカに頷いて、続ける言葉はやや早口に。


「このままじゃ冬を越せない。全員か、誰かが死ぬ。いつまでもこんなことをしていられないって」

「そういうのはどうでもいいの。誰に何を言われたって?」


 事情を聞きたいのではない。事実を聞きたいだけだ。


「あ、ああ、もうすぐここを通る連中は、女子供連れで金になるものを持っているって」

「誰に!」


 質問ではなく恫喝するアスカに、ビエサは慌てて首を振った。


「し、知らない! 見たことのない奴だった」


 他の浮浪民たちも同様に、頷いたり首を振ったり。

 口裏を合わせているという雰囲気には見えない。


「若い双子の男と女じゃなかった?」

「い、いや……」


 心当たりを言ってみたが、それにははっきりと否定の表情が返される。


「若くは……俺よりは若かったが、三十は過ぎていたと思う。男だ」

「……」


 ミイバとミドオムの差し金かと思って聞いてみたのだが、どうやら違う。

 彼らは二十歳そこそこの若者だった。別の男ということになる。


 あの双子が、別の誰かを通じて待ち伏せ……足止めをしようとしたのではないか、と。

 アスカの想定はそんなところだが、違うのだろうか。

 他に、アスカたちを知りながら襲わせるような心当たりはないのだが。



「……他には、なんて言ってたの?」

「金が手に入れば、他の村や町に住めるって……」


 ビエサの返答には特に意味がない。

 彼らの不安を煽り、その解決策として女子供を襲えと言っただけ。


「……見ず知らずの男の言うことなんて、よくもまあ信じられるものね」


 見知らぬ男の言葉に乗せられて、のこのこと。


「つ、強かったんだ。ものすごく」


 呆れるアスカに、今度はベイフが答える。

 その声には少しばかり興奮の色もあった。危うい憧れ・・・・・のような。


「山で襲ってきた石猿の群れから俺たちを助けてくれたんだよ」


 言いながら、手を翳す。

 妖しい動きをしたので警戒したアスカだったが、ただ物真似をしてみせただけらしい。

 手を翳して。


「ばしゅーって魔術を使って、あっという間に」

「……」


 ベイフはアスカより少し年齢が上のようだが、その仕種は幼い。

 憧れのヒーローの技を真似る少年そのもの。



「ばしゅー、か」


 フィフジャが呟く。

 彼は魔術を使えない。何か思う所があるのかもしれない。


「ついでに倒したブーアを一緒に食いながら、このままじゃ生きていけないだろうって」

「ああ、冬になったらどうするつもりだって言われたから」

「俺は反対だったんだ。人を襲うなんてヘレムがお許しにならない」

「少し黙りなさい」


 口々に、見知らぬ男に責任を押し付けようとする浮浪民たちを、再度アスカが睨みつけた。

 彼らの中の何人かはアスカに叩きのめされていたし、殺すと宣言されたこともある。

 すぐに静かになる。



「どう思う?」


 フィフジャが訊ねたのはエンニィに向けてだった。


「どうですかねぇ。先日の彼らって感じじゃないみたいですけど」

「あいつらが人を助けて魔獣を退治とかしないだろ」


 ふん、と鼻を鳴らすズィム。他の面々も微妙な表情で頷いた。

 人助けして肉を振舞うなど、あの双子のやりそうなことではない。

 そもそも人相が違うようでもある。



「あ、あの……」

「なに?」


 恐る恐る口を開く浮浪民の一人だが、アスカの視線にびくりと体を小さくする。


「……気が付いたことがあるなら言って見なさいよ」

「アスカ、そんなに怖がらせるな」


 ヤマトが呆れたように言って、口を閉ざしてしまった浮浪民に再度頷いて見せた。


「何か思い出したなら教えて」

「私もそう言ってるんだけど」


 じとっとヤマトを睨むが、どうも雰囲気はヤマトの方が柔らかく感じられるらしい。

 浮浪民はアスカの目を気にしながら、ヤマトに向けておどおどと。


「……殺すつもりでやれ、って言われたんです」


 何を今さら、と思わないでもないが。

 しかし、確かに違和感を覚える言葉だった。


 殺すつもり・・・で。


 殺せないことが前提になっているのではないか。

 だとすれば、相手はアスカたちのことを知っている。

 こんな素人の集団では殺せないだろうと、知っていてけしかけた。



「なんだかわけわかんないけど」


 やはりあの双子の差し金なのではないだろうか。

 考えても答えは見つからなそうだが。


「……いや」


 フィフジャが深く息を吐いて、頭を掻いた。


「悪い。どうやら俺の都合に巻き込んだらしい」


 自分に心当たりがあると、そう言って謝る。

 フィフジャになら、このリゴベッテで何かしら襲われる理由があるのかもしれない。



「三十過ぎとは、随分とまた」


 襲われたというのに、フィフジャの声音はどこか他人事のように響く。

 少し呆れた様子で。


「若く見られたもんだ」

「生意気を言ってくれる、馬鹿弟子が」


 声は、思いの外に近くから聞こえた。

 浮浪民を並べて座らせている、そのすぐ隣の木の陰から。



 いつからいたのだろうか。

 最初からいたのかもしれない。

 それほど自然に、その男はそこに存在していた。


 声が聞こえた瞬間、グレイが毛を逆立てた。

 グレイでさえ感知していなかったということになる。

 そんなことが人間に可能なのかと疑問だが、実際にその男は唐突にそこに存在した。


「そんな女子供を連れやがって、呆けていないかと試してやっただけだ」

「……趣味が悪い」


 三十過ぎと言う印象だったと言われたが、確かにそんな風にも見えるし、ずっと上にも感じられる。

 浮浪民を暴れる魔獣から助け、それでいてアスカたちにけしかけた張本人。

 灰褐色の服を着た、すらりとした体型の男。



「ラボッタ・ハジロだ」

「勝手に俺の名を名乗るんじゃねえよ、馬鹿弟子」


 皮肉気に口角を上げてフィフジャを罵る男。唐突に現れたそれが、本当にフィフジャの師だというのか。

 あまりにも唐突で、脈絡もない。

 世の中そんなものかもしれないが、それにしても。


(弟子を、食い詰め者に襲わせるなんて……)


 試すためだとか何だとか、そんなことが理由になるのか。

 場合によってはフィフジャが死んだかもしれないし、襲撃した方にこちらが手心を加える必要もなかった。

 殺していたかもしれないのに。


 それもどうでもいいのだろう。

 思い出してみれば、フィフジャは言っていたではないか。


 ――師匠は変人で危険人物だから関わってほしくない。


 身内だから謙遜してだとか、その人物を誇張してだとか、そういうことではなく。

 実際に理性のたがの外れた人格で、関わり合いになるべきではないと。

 そういう意味だったのだろうと実感する。



「しかしまあ、なんだ。面白かったぜ」


 アスカを見ながらラボッタ・ハジロは実に面白そうに笑った。

 あまり気持ちのいい笑顔とは思えない。


「馬鹿弟子が、ズァムーノでかわいそうな女子供を拾ってきたのかと呆れたんだが」


 どこから見ていたのか。

 この男は、いつからアスカたちを、フィフジャを見つけて監視していたのだろうか。

 少なくとも、こうして先回りして襲撃を仕掛けるほどの時間があるほど以前から、見られていた。


「本気でガキの耳を削ぎ落そうとしてやがった」

「……」

「肝っ玉が据わってるんだか、どっかぶっ壊れてるのか知らねえが、とにかく面白れえ」


 この男に言われたくないと思うけれど。

 本気で凄んでみせたから襲撃者を萎えさせるだけの迫力があったのだ。

 あのまま襲ってくるようなら本当に耳でも鼻でも削ぎ、その悲鳴を聞かせてやろうかと。

 アスカとて、自分より明らかに弱い人間を殺すのは避けたいと、そう思った上での宣言だった。


「俺がそこの馬鹿弟子の師匠のラボッタ・ハジロだ」

「……そっ」


 よろしく、とは言えなかった。素っ気ない声だけ。

 普段なら小言を言いそうなヤマトも、そんなアスカを責めることはなかった。



  ◆   ◇   ◆

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