四_012 リゴベッテの風景



「西回りか東回りか中央を通るかですけど、中央はおすすめしませんね」


 当然のことだが、行商組合に勤めているエンニィは地理に明るい。

 得意分野に関する質問に、エンニィは聞いていないことも踏まえて喋り出した。

 元より口数は多い。


「距離で見れば中央を行くのがいいんですが、物騒なんですよ」

「物騒って、盗賊団でも出るの?」

「盗賊団? あははっ」


 ヤマトの質問を聞き返してからエンニィは面白そうに笑う。


「ズァムーノじゃないんですから、そんなのいませんよ」


 別にズァムーノにいるのを見たわけではないけれど。

 リゴベッテで暮らすエンニィにとっては、ズァムーノ大陸は辺境の田舎という印象が強いのだろう。比較すれば実際に田舎なので間違いではないにしても。


「このナルペール王国の北の国境辺りが、あんまり良い関係じゃないんで」

「戦争?」

「そこまででもないですけどね。地域的に仲が悪くて旅人もあまり通らないものだから、道もよくないし背の高い草が多くて見通しが悪いんですよ」


 道路整備を誰がするのか。特に誰もしないのなら、人通りの少ない街道は埋もれやすい。

 国同士の関係が悪いのなら、交易も盛んではないだろう。

 中央の街道はそういう理由で、道路状況がよくないらしい。



「草むらに魔獣とかがいても見えないですからね。あまり通りたい道じゃないんです」

「この辺ってこと?」


 アスカが荷物から地図を出して見せる。

 ダナツの船で書き写したノートだ。


「へえ、意外とちゃんとした地図で……そうそう、この辺です」


 行商組合のエンニィの目から見ても、アスカの持つ地図は感嘆の言葉が漏れるようだ。

 あるいは、そのノートの紙を見てだったのか。


「西の海沿いと、この中央側との間に縦に長く山岳地があるでしょう。この山の西側、海沿いの道が進みやすいですよ」


 山を挟んで海側と大陸中央側とでまた国が違うらしい。


「海沿いの街道は、潮風の影響であまり草だらけにもなりません。行き来する人も多いですし」


 背の高い草は、ヤマトの身長よりまだ高く育つ。そんなものが伸び放題になっている道を行くのは、危険を察知しにくい。

 その上で治安が悪い地域だというのなら、中央の道を選ぶ理由はなかった。


「東回りだと、随分大回りになってしまいますからね」


 消去法で、西の海沿いを進むルートしか考えられなかった。




 ダナツやシュナ達に別れを告げ、ズィムとネフィサを加えて出発する。

 サトナからも、ズィムのことを頼まれた。

 危なっかしいことをするようなら厳しく注意してくれと。


 シュナ達よりも、サトナの方がズィムを心配しているようだ。

 出来の悪い危なっかしい弟。

 海に連れて行くことも不安だけれど、陸路の旅でも危ぶむ気持ちが尽きない。

 いつまでも子供じゃないと不貞腐れるズィムに苦笑を浮かべて、その不安を飲み込んだ。



「姉ちゃん、心配しすぎなんだよ」


 ぶつぶつ言いながら歩くズィム。


「家族なんだから仕方ないって」


 ヤマトの言葉に、わかってるよとぶっきらぼうに言い捨てて速足になった。

 不満が口に出てしまうのは、ズィムにも心残りがあるから。

 ウェネムを離れてから大して経っていない。

 素っ気なく別れてしまったことを悔いる気持ちや、家族と離れることへの不安もあるはず。


「心配してくれる人がいるだけ幸せなのよ」


 後ろで呟いたアスカの様子に目をやると、アスカはその前を歩くクックラに視線を向けていた。

 ヤマトたちもそうだが、クックラも家族を亡くしている。

 旅立ちを惜しむような相手はいなかった。



「うちは割とあっさりだったかな」


 ネフィサが、左手に見える海を見やって思い返すように言う。

 ズァムーノ大陸の方角はそちらではないけれど、まあいいか。


「ちっちゃな農園で一生を終えるよりいいんじゃないかって」


 クックラの様子から見るに、ズァムーノの農園での生活は豊かではなさそうだ。

 子供に何かしらの才能があり、別の生き方が出来るのならどうするか。

 あっさりととは言うが、それもネフィサの親なりの心遣いだったのかもしれない。親の心中というのはわからないものだ。



 一応、出立前にもう一度ネフィサの友人、カノウとリーランを探してみたが、見つからなかった。

 広い町だ。一度はぐれたら簡単に見つけることは出来ない。

 もしかしたら、シュナの宿に訊ねてくるかもしれないからと伝言だけは残してあるが。


 ネフィサの様子から見ると、かなり悪い形で決別してしまったようでもある。

 再会が望まれる風には見えない。

 会えるならそれもよし。会えないのならそれも仕方がないと。


 エンニィが先導して、前でフィフジャにたわいもない話を振っているが、ほとんど無視されていた。

 それでもめげない。図太い。

 よく喋るエンニィと無愛想なフィフジャは、良い組み合わせにも思える。


 グレイは、初めて歩く大地に興味が尽きないのか、あっちに行ったりこっちに来たり。

 時折、遠くに離れそうになるとアスカが呼びかけていた。

 見通しが良い平野部なので、つい遠くまで走っていってしまう。



「この辺は植物が少ないね」

「あー、ここら辺はたまに高波に浸かるから」


 潮風ではなく、直接海水に。

 ズィムの説明に納得してもっと東側を見れば、そちらは青々とした草木が茂っていた。

 船から見た時に赤土の大地だと印象を受けたのは、沿岸部に植物が少なかったからなのか。

 蔦のように低く伸びる葉っぱがあちこちにあった。


「イモかな」


 種類によっては塩害にも強いというイモもある。イモなんて呼ばれているが、ようは根っこにデンプン質を蓄える植物の仲間。種類だって厳密には異なる。


「もう少しすると食べられるから、その辺のイモを取って売る露天商もいるんだ。ちゃんと畑で作ってるやつより硬くて甘くないけど」

「へえ」


 自生しているもので、誰のものでもない。

 品種や土壌の問題もあるはずで味は悪い。けれど食べられる。

 そうして生計を立てている人もいるのも不思議はなかった。



 ヤマトもアスカも知らないことばかりだ。住み慣れた大森林とは色々と違うのだから。

 ズィムやエンニィの話を聞きながら、リゴベッテを北に進む。


 ネフィサを連れてきたのは正解だったかもしれない。

 彼女はズァムーノで探検家まがいのことをしていただけあって、野営などの段取りには慣れていた。

 逆に、ズィムはずっと家で暮らしていたので、野宿などほとんど経験がない。


 夏に近いとは言っても夜は冷える。

 体温を奪われないようにこう布をかけるのだとか、こういう木の陰には虫が寄りやすいだとか。

 雨が降った後には、こういう地形には湿気が溜まるから別の場所がいいなどと。


 ズァムーノで数年間をそんな風に過ごしていたネフィサは、思っていたよりも頼りになった。

 船代を貯める為に宿などに泊まらなかったという話をした時には、その目は少し遠くを見ていたけれど。

 ヤマトは少し彼女を見直し、ズィムも途中からはネフィサの言葉を素直に聞くようになった。

 ネフィサの年齢もサトナに近い。やはりズィムは弟気質なのかもしれない。



 アスカは、見慣れた空との違いを言葉にする。

 星の見え方が違うだとか、こんな雲の形は見たことがないとか。

 地形や気候などの理由があることもあるだろうし、ただの偶然ということもあるだろう。


「……なんか違和感あるのよね」

「北半球と南半球の違いじゃないのか?」

「それもそうなんだけど……」


 空を見ながら何か腑に落ちない様子のアスカ。

 ヤマトにも星空の違いはわかるのだが、それとは別に何か引っかかることがあるらしい。

 夜よりもむしろ昼に疑念が湧いてくるらしく、太陽と自分の影を見て違和感の正体を考えていることがたびたびあった。

 空の様子に何か異常があるわけではない。拭いきれない何かの答えが見つからず、不完全燃焼といった様子だ。



  ◆   ◇   ◆

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