二_069 戦士たち
メメラータは自分が弱くないことを知っている。
そこらの兵士数人程度ならまとめてあしらうことも出来る。
それ以上となると、さすがに一度には無理だ。動きが止まれば集団で抑え込まれてしまうのだから。
「噂にゃ聞いてたけど、本当にどうしようもないね」
ぼやきたくもなる。
腕にはある程度の自信があったのだが、たった一人の相手に何もできない。
たった一撃、命からがら躱しただけで冷や汗が止まらない。
「大したものだ」
相手からお褒めの言葉があったが、それほどでもない。
躱したなんていうほど体裁はよくなかった。何とか逃げて当たらなかったという程度。
「デイガル・ギハァト。あんた、あんな子供を追い回して恥ずかしくないのかい?」
「雇い主の命令だ。俺が恥じることではない」
「っとに、こういうタイプは嫌いなんだよ」
融通が利かない無骨な男。
いやなことを思い出す。
そういえばこいつ、身長があたしより高いじゃないか、とも。
「どけ。お前を殺せとは言われていない」
「はっ、そう言われてもこっちも竜人の戦士の意地があるんでね」
「愚かだな」
デイガルの大剣が日の光を反射する。
嵐が去り、空には雲一つない。
今日にでも海に出るというのに、こんなところで。
(戦いになるって聞いてたけどさ。姫様の様子を見に行こうって考えたのが失敗だったかね)
今日が決戦の日だとはメメラータは知らなかった。荒れる町を見て、自分を慕うラッサーナの身を案じたのは当然のこと。
荒れる町の中で、ロファメトの一行はチザサと共に兵士たちが集まっている場所へ集結したのだと聞いた。まずは安心した。
町の混乱にいよいよ危険を感じてきて戻ろうとしたところで、知った顔を見つけてしまった。
ヤマトだ。
姫様がずいぶんと気に入っている様子だったのを見ている。
その実力も眼を見張るものがある。だがプエムの兵士たちに追われているようだった。
声を掛ける必要はなかったかもしれない。
助けるまでの義理があったとは思わない。
少しだけ、助けてやりたいと思う気持ちがあった。また、助けられるだろうという自信もあった。
まさかそのプエムの兵士の中に、デイガル・ギハァトがいるとは思っていなかったので。声をかけてから気が付いた。
やばい、と。しかしもう遅い。やりかけてしまったことを半端に投げ出すのは性分ではない。
やると決めたのなら最後までやり切る。
思ったより相手が強かったのでやめます、なんていうのはゾカの戦士の恥だ。
せめてあの少年がケルハリの所に着くまでは、時間を稼いでやりたいと思っていたのだが。
(こいつは無理そうだね)
桁が違う。
正直、ヤルルー・プエム程度ならいい勝負になるかと思っていたのだが、その認識は甘かった。
ノエチェゼ最強……ズァムーノ最強なのだったか。その看板はどうやら完全な誇張ではないようだ。
(ズァムーノ最強だって? そいつは違う)
思い出して、笑みが浮かぶ。
手も足も出ないというのなら、同じような経験をしたことがあるのだ。
剣士ではなかったが同世代の女戦士を相手に。その記憶があったから最初の一撃をどうにか避けられた。
「あんたがノエチェゼ最強だってのは、まあそうかもしれないね」
「もういい、死ね」
「だけど竜人ならもっと強い女がいるんだよ!」
振り下ろされる大剣。
その前に、いや振り下ろされてからでもいい。一撃でもこの男の体に拳を――
「っ!」
叶わなかった。
適わなかった。
メメラータの拳も、デイガルの刃も。どちらもが届かない。
「……何者だ?」
デイガルの口から低い唸りが漏れる。
「……」
答えない。
先端が三日月のような形をして、黒く塗られた柄に金属の縁どりをされた見事な戟を手にしたその男は、デイガルの一撃を受け止めたまま黙って首を振る。
メメラータは押し退けられた形で横に転がっていた。
「……ドゥエ」
その言葉はデイガルへの返答ではない。
言われたのはメメラータだったが、すぐに理解はできなかった。
「ドゥエ!」
もう一度、強く言われる。
はっとメメラータの意識が戻った。竜人の言葉だ。
「あんた……」
後ずさりしつつ立ち上がる。
デイガルの一撃を受け止めて動じない様子は見事だった。
「竜人、誇り。愚か違う」
片言でそう言って、剣を受け止めている戟を強く押し込んだ。
思いの外強かったのか、デイガルが押し負けて後方にいた兵士たちにぶつかる。
「ドゥエ!」
「マ、ヴォリァブラガダル。ジラァツ、ロファスパセニィ」
「ちぃ、お前らあいつを追え」
助けてくれた竜人に言葉を残して船に走るメメラータ。
誰かに後始末を頼むのも性分に合わないが、任せられると思えるだけの何かを感じた。その直感を信じてその場を逃げ出した。
◆ ◇ ◆
プエムの兵士たちが、走り去るメメラータを追っていく。
戟を手にしたの戦士はデイガルに集中しているのか、それらには手出ししなかった。他の兵士なら何とかなると見做している。
この場で自分が戦うべき相手は、このデイガル・ギハァトだと。
「どこの……巨大な岩千肢を倒したとかいう竜人か」
初めて見る竜人を相手に、デイガルは聞いていた噂を思い出した。
近年稀に見るような大物を一撃で倒したのだとか。噂の竜人戦士であれば自分の一撃を防いだとしても不思議はない。
「ヘロの子飼いになったと聞いたが……なんのつもりだ」
「……」
尋ねても返事はない。言葉が通じないのだとわかっていても問い質したくもなる。
邪魔をする理由は何なのか、と。
「ワ、スパセニェリエスジェチィ。ヤー、チーツァトゥト」
「わからんが、退く気はないのだな」
大剣を握るデイガル。
仕事を邪魔をされて不愉快なはずなのについ頬が緩んでしまうのは、自分もギハァトの血筋という証なのかもしれない。
◆ ◇ ◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます