二_068 黄色と青の警備隊長
「なんだお前らは?」
「敵じゃない、メメラータに言われて……ダナツさんはどこ?」
脂汗を浮かべながらヤマトが尋ねる。
斬られて血を流しながら走ってきている。既に体力は限界に近いはず。早く手当をしたいのだが。
船に上がる渡し板手前で、船を守ろうとしていた船員らしい男を手助けして暴徒を海に突き落とした。
それで敵か味方か問われるだけの疑念は浮かんだらしい。
「大将? 大将なら……」
「なんだぁ?」
船を繋留している縄を伝って上がろうとしていた暴徒の一人をぶん殴りながら答えが返ってきた。
ずんぐりとした禿げ頭を見てアスカも思い出す。ノエチェゼに来た初めの頃にボンルに借金を返せと言っていた男だったと。メメラータもその時に見たのだ。
「ああ、くそったれが……なんだ、姫さんの護衛じゃねえか」
「ごめん、ダナツさん……」
「ひでえな、とにかく上がれ。ボーガ! ちょっとここ見とけ」
ダナツが大声で呼ぶと、少し離れた場所にいた竜人の青年が黙って頷いた。
全員で船に乗り込む。とりあえずは話ができそうだ。
「ごめ、んなさい……」
「謝られたって事情はわからんぞ」
「メメラータって人に言われたの。怪我はケルハリに見てもらえって。オジサマに言そうえばいいからって」
安心したせいか、痛みでうずくまってしまったヤマトの代わりにアスカが伝言を告げる。
少しでも印象を良くする為にわずかに媚びることも忘れない。
おそらくケルハリは船医のような役割なのだろう。
「メメラータのやつこんな時に……ああ、姫さんの知り合いじゃあ仕方ねえが」
「女の子が俺っちを呼んでなかったっすか?」
ひょい、と船室に降りるドアから顔を出したのは、軽薄そうな男。
こちらも記憶にある。町で出会った時に一緒にいた。
名乗っていたかもしれないが、その時は覚える必要性を感じなかったので記憶に留めていなかった。
「って、こりゃひでえっすね。綺麗にすっぱりとまあ」
「ゼフスだ」
「うわマジっすか」
フィフジャが下手人の名を告げるとケルハリは驚きと共に感嘆の表情を浮かべた。
「よく生きてたっすね」
「お願い、治して」
他のことはどうでもいい。
とにかく、この血を止めなければならないし、指を繋げないとならない。
ちゃんと動くようにはならないとしても、なんとか。
「ちっ……あのバカ大女が。ええい、とにかく中に入れ」
「お願い。グレイ! 船の人たちと一緒にそこを守って!」
『オンッ』
ダナツが苛立ちと共に、戸惑うフィフジャをまとめて船室へと押し込んだ。
グレイだけは、船室に入らず甲板でボーガと共に略奪者を追い払う手伝いをしてもらう。
興奮状態の略奪者たちも、牙を剥く銀狼を見れば二の足を踏むだろう。
◆ ◇ ◆
ヤマトの姿がない。
混乱の中、ボンルが暴れている間にどこかに走り去るのが見えた。相手にしていたのはゾマーク・ギハァトだったので逃げるのが正解だろう。
あの男は人を斬ることを楽しんでいる狂人だ。
持っている武器も魔道具だとかで、いくらヤマトの腕が立つとは言っても軽々しく戦うような相手ではない。
チザサの兵士とロファメト兄弟が押し返したことで御三家同士の戦いは拮抗。
だが周囲に溢れる興奮した住民たちの暴動に巻き込まれ、ふと気が付けばボンルの周囲にまともに動く人間はいなくなっていた。
朝から暴れていたけれど、今はもう昼になっている。
「あー、なんだ……ちょっと頭に血が上りすぎたか」
ボンルは一息ついて、あらためて周囲を見回した。
殴り飛ばしていたのは最初はプエムの兵士だったはずが、最後に胸倉掴んで締め上げたのは暴れていた町の住民相手だ。
襲ってきたのだから仕方がない。返り討ちにしただけなのだから。
「……ち、こりゃあどうにもなんねえな」
兵士たちの姿もない。いくらか死体やら負傷者やらが転がっているが、どうやら双方この場は退いたらしい。
だが町のあちこちで騒ぎが起こっている。
「……当分は終わんねえか」
取り締まる連中同士が喧嘩をしている。
本来なら一番に取り仕切りそうなヘロの兵士がほとんどいないし、いても組織だった行動をしていない。
プエムはむしろ暴動をより広げるように無思慮に暴れていて、チザサの兵士では抑えきれない。
――あんたら、こっちだよ!
どうしたものかと歩いていたら大きな声が聞こえた。知っている声だ。
「?」
ひょいとそちらの方を見れば、とてつもなくイヤな顔があった。目立って長身の剣士。
「……デイガル・ギハァト」
ゾマークも逆らわないギハァトの長兄。
ボンルの方を見ているわけではない。ちょうど反対方向に――
「……」
なんでまた、よりにもよって、この町で最も相手にしたくないような男に追われているのか。
これでは話しかけることなど出来ない。
ギハァト家の長男がヤマトたちを狙っているなど最悪中の最悪。無事を祈ってやることさえ難しい。
「……っとに、なんだってこんな」
メメラータに連れられて路地に入っていったヤマトたちの後をプエムの兵士たちが追う。
反対側に回ろうとする者もいる。ボンルに近い方の路地を通って。その小部隊には一番厄介な男はいなかった。
楽な方を選ぶとしても、少しは助けになってやれるか。
どうやら彼らに迷惑をかけてしまったのだという負い目もあるのだから。
「てめえらの相手は俺だぁ!」
十人にもならない兵士だ。引き付けてやるくらいは出来る。
大声を上げて注意を引く。一瞬、路地へと入りかけた長身のデイガルが立ち止まってボンルを見たが、優先順位が低かったのかそのまま走っていった。
(あ、あぶねえ)
一歩間違えば化け物がこっちに来ていたと、胸をなでおろす。
「なんだてめぇは?」
大声で威圧してきておいて妙に安堵しているボンルの様子に、気味悪そうにプエムの兵士が聞いてきた。
「あァん? さっきも聞かれたけどよ」
さっきもこんな赤い服の人相の悪い奴らに答えたような気がするが。
まあどうでもいい。割と本気で、この役柄が楽しくなってきたところだ。
「俺様はこのノエチェゼの警備隊長、ボンル様だぜ!」
「ふざけてんのかよ、やっちまえ!」
突いてくる兵士の槍を掴んでそのまま振り回した。
数人が巻き込まれて倒れるが、また立ち上がって向かってくる。
しかしその動きは大したことはない。竜人族の村なら、子供でももっと強いものがいるものだ。
「この町の平和はなぁ! 俺様が、守ってやんだよ!」
そんなことを思ったこともなかったが、悪くないと笑う。
後でヤマトたちとちゃんと話す為に、なんにしてもこのバカ騒ぎを収めなければならない。
なら単純な話だ。バカ騒ぎをしている連中をぶっ飛ばして静かにしてやればいい。
答えがわかっていれば足取りも軽くなる。
ボンルは、本当に数年ぶりに体が軽くなった気分で、思う存分に暴れることができそうだった。
◆ ◇ ◆
廃墟、とまでは言わないが。
だが損壊した街並み。
あちこちで火が上がったり泣き声が聞こえたり、まだ略奪なのか乱暴な様子の音も聞こえている。
港に近い区画は裕福な家が多く、最初の略奪の中心になっていた。時間が経過したせいか、騒ぎは町の外周側に広がっていっているようだ。
兵士たちをあらかた昏倒させ、残った兵士が逃げ出した後。
ふと、顔を上げたボンルに眩しげな黄色が目に入った。
――黄色、か。
自分の着ているチョッキを見下ろす。
好きな色なわけではない。
全竜武会に出立する際に、出来るだけ目立つようにと村の者が仕立ててくれた服。
右側が黄色、左側が青。太陽と空を表しているのだとか。
これはなんと、裏返せば左右が逆にもなるのだ。
竜人の村では服の染色は盛んではない。というか、実利がないわけでほとんど行われない。
ただ晴れ着として仕立ててくれたそれを、ボンルは今でも捨てられなかった。
村の期待を背負って旅立った。その期待を裏切った。
なのに、その気持ちを捨てるのは何か違うと思ったのだ。重荷なら重荷で自分が背負ってなければいけない、と。
よほど良い生地だったのだろう。数年経っても色褪せしないこの服は、褪せてしまったボンルの自尊心とは裏腹な外見を保っていた。
だから好きな色かどうかと言われたら、苦手な色かもしれない。
そんな黄色が、降り注ぐ日の光で輝いている。
つい目を奪われてしまった。
――だというのに、その黄色の下には暗い顔が。
「……どうしたよ、チビ」
「あ……」
岩千肢に襲われていた童女だ。
かぶっている黄色のハーフヘルムはアスカの物だったのではないだろうか。
混乱の町の中、一人の童娘が焼け出されたようにそこに立っていた。
「んぁ……チザサの屋敷か」
見れば、青い屋根に青い旗を揚げる邸宅。
少し行けば牙城もある。西港のすぐ近くだ。
ヤマトたちはうまく逃げられただろうか。メメラータが一緒だったからダナツの船に乗るのかもしれない。
船の算段をつけてやると約束していたのだったが。
約束を果たせなかった。それどころか迷惑を――
「……はあ」
ひょこ、ひょこと。
座り込むボンルに近付いてくる幼い少女。
「あぶねえぞ、ここは」
「ん……」
御三家同士が戦っているのなら、ここも襲われるかもしれない。チザサの邸内は守りを固めているとしても。
こんな所ではぐれたのだろうか。置いて行かれたのかもしれない。
見れば何か手に持っている。
「どうしたよ?」
差し出される。それは、銅貨。
「……バカ、いらねえよ。そんなもん見せてると襲われるぞ」
「おねえちゃん、に……」
ふるふると首を振る幼女。
何が言いたいのか、ボンルも自分が察しのいい方ではないとは知っている。
「その金で農園まで送ってくれってんなら、まあ……」
ふるふると。
泣きそうな顔で。
そうではないのだと言いたいことはわかるが。
「お前、そいつは……?」
童女のもう一つの持ち物を見てから思った。
見るんじゃなかったと。この時に見ていなければその後の苦労を背負いこむこともなかっただろうに。
◆ ◇ ◆
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