二_065 戦火のノエチェゼ_1



「待たせたかな?」

「へっ、まあ気にするほどじゃねえ」


 ラッサとのやり取りの最中にゾマークが仕掛けてくることはなかった。そんな雰囲気だったので敢えて無視してみたのだけれど。

 どうやらゾマークは本当にただの勝負をしたいだけの戦闘狂らしい。


 話しても無駄だろうし、時間に余裕があるわけでもない。

 ゾマークの手には相変わらず見事な曲刀が抜き身のまま。夜中に手合わせした時、あれの間合いが掴めなかったのだった。

 今はヤマトの手にも使い慣れた槍がある。争いごとに駆け付けたのだから当然手ぶらで来ているわけではない。


 身軽だ。荷物はロファメト邸に置いてきた。

 軽くとんとんとジャンプしてみて、自分の体の軽さを量る。

 動ける。十分な休息は取れているし、どこにも痛みはない。万全だ。


「じゃあ、やろうか」


 槍を握るヤマトに、嬉しそうにゾマークが剣を向けた。


「いいぜ、お前みたいな奴を斬りたかったんだ」

「……」


 迷惑な人だな。


 周囲の兵士たちはゾマークの鬼気に怯えるように離れた。

 普段から目を付けた相手に勝負を吹っ掛けているのだろうが、暴れるゾマークの傍にいると被害があるのかもしれない。

 それにしては。


(……距離の取り方が整然としてるみたいな気もするけど)


 怯えた様子なのは間違いがない。だが、妙に規則正しいような気がした。

 五歩のルールとかそういうのがあるのかもしれない。



「……」


 改めて観察してみて、強そうだなと思う。

 見ただけで相手の強さがわかるわけではないが、戦う意識で向き合ってみればわかることもある。



「死ぬの、怖くないの?」


 とりあえず聞いてみた。なぜ戦うのだろうかと。


「言うじゃねえか。死ぬのはお前だぜ、坊主」


 考えているわけではない。想像していない。自分が敗れて死ぬことなど。

 少なくとも今まではそうだったのだろう。だからこうして戦っていられる。



(なんだ)


 少し拍子抜けな気がした。

 百戦錬磨の戦士のようだったから死を超越した何か思いがあるのかと思ったのだが、そういうわけではない。

 覚悟があるわけでもない。


(ただ、腕が立つだけか)


 戦うのが得意だから、得意なことを楽しんでいるだけ。

 そうと知ればひどく幼稚な気がする。

 さっきのヒュテとジョラージュの戦いにてられて、ヤマトの気分が高揚しすぎていたようだ。一対一の勝負というものへの憧れというか、そういう構図に。


 バカバカしい。

 ラッサに言われた通り、こんなのを相手にする必要はないのか。


「時間がもったいない」

「あ?」


 明後日の方向にだっと駆け出して、石畳に槍を突いて大きく跳んだ。

 ゾマークの塞ぐ方向とは別の脇道に向かって。塀を飛び越えて屋根の上に。


「あ、てめぇ!」

「相手にしてらんないよ」

「うぁっ!?」


 ラッサの言葉に従おう。

 こんなのを相手にしている場合ではない。さっさとアスカと合流しなければ。


 だけどこの場の兵士を減らしておいた方がラッサ達の助けになるだろうと、屋根に飛び乗ると同時に適当に握っていた小石を投げつけた。

 ゾマークは弾いたけれど、別のつぶてが兵士の顔にぶつかり悲鳴を上げる。


「この町で強がってるだけのあんたなんか、相手にしてても意味がない。じゃあね」

「追え、お前らも!」


 後方から、ゾマークとプエムの兵士たちが追ってくる気配を感じる。

 挑発した通りヤマトを追ってくれるようでよかった。あの場で道を塞いでいた兵士がいなくなるのはラッサ達に有利なはず。


 ヤマトを追ってもらう分には構わない。

 フィフジャとアスカ、グレイと合流してしまえば、あのくらいの連中なら一掃してしまえる。ゾマークの相手だけは注意しなければならないとしても。


 そう考えて、脇道に逸れながらもロファメト邸を目指すのだけれど。



 町の喧騒がひどい。

 暴動というか、かなり無法地帯のようになっていた。あちこちでひどい騒ぎだ。

 昨日までそんなことはなかったのに、ごく普通の人々が被害者にも加害者にもなっている。


 港で起こった戦闘行為を発端にして、その周辺から火事場泥棒が始まり、略奪があり暴動が広がっている。

 もともとがあまり治安の良い町ではないと言っていた。たがが外れたらこういうものか。


「……」


 見ていて気分がいいものではないが、アスカたちを探しているのだからイヤでも目に付く。

 見なくても見つけられればいいのだが。


「……そう、だな」


 やってみようか。

 ヤマトが探しているように、アスカの方だってヤマトを探しているはず。

 この騒ぎの中なら、いくらか目立つことをやってもさほど問題はないだろう。



「おおぉぉぉぉぉ」


 ――ォォォッ!


 低く唸る。音を遠くに届ける魔術……だと思う。

 これなら遠くまで響くはず。アスカたちにも聞こえるかもしれない。


(……いや、響いても意味わかんないじゃん)


 せっかくいい考えだと思ったのに、やはり自分は少し間が抜けている。


 ――オオオォォン!


 抜けている分は、補ってくれる仲間がいるものだ。


「グレイ!」


 応じてくれた遠吠えは、頼りになる家族の呼び声だった。



  ◆   ◇   ◆



「無事でよかった」


 ロファメト邸から少し離れた場所で、ようやく再会を果たすことが出来た。

 久しぶりのフィフジャの顔は、安堵と困惑とが入り混じっている。


「このままだと何があるかわからない。ここを離れよう」


 再会を喜ぶ暇もなく、フィフジャはヤマトにそう言った。

 昨日アスカにも再会を喜んでもらえなかったが仕方がない。状況が最悪だ。

 町のあちこちで暴行、略奪、喧嘩騒ぎ。ノエチェゼの町について、治安が悪いという話を聞いた時に想像したよりもずっと悪い。



「ええと……後で説明する。だいたい赤い服の兵士が敵」

「そうか。とにかくこの混乱は収拾がつかない」


 お蔭でスカーレット・レディのことも混乱に紛れてしまっているようだが。

 理由など無関係に、どこから狂気に駆られた人が襲ってくるともわからない状況。この町全体がこの狂騒に飲み込まれていきそうだ。


「あ、僕の荷物」


 アスカの手にヤマトの荷物があった。龍の刺繍のリュックサック。


「あの家の奴隷の人が用意してくれたのよ。グレイを見て」

「ああ、ギャーテさんかな」


 グレイを連れていることで、ヤマトが探していた仲間だとわかったのだろう。

 町がこの状態で、もし出ていくなら荷物を持っていくべきだと判断してくれたのか。

 気が利く。そして親切だ。


「あの家は大丈夫だった?」

「奴隷の人たちが守りを固めていたから大丈夫じゃない?」

「ああ、守る人数がいれば、暴徒が押し入るには難しい建物だ。まとまった兵士でもこなければ平気だろう」


 まとまった兵士と言えば、プエムの兵士だろうが。今は町のあちこちで戦闘中だ。

 本当に後先を考えていない。


 ヒュテは、確かに後先を考えていなかったが、戦闘行為そのものはジョラージュ周辺に絞っていた。

 プエムは違う。この機に邪魔者を一掃する為に、町のあちこちで戦闘を起こしている。だから混乱の広がりも早いし、収拾が付かない。

 このままでは勝ってもボロボロの町が残るだけなのではないか。



「クックラは?」

「チザサの家に置いてきたの。ええと……」

「いや、わかった。仕方ない」


 差し当ってとりあえずの危険がなさそうな場所に置いてきたというのなら、その判断でいい。

 いつまでも連れて歩けるわけでもない。

 一緒に来た方が安全か、そうではないか。全くわからないのだから。


「とにかく町の外に向かう。いいな」


 フィフジャの言葉は、ヤマトがこの町に心残りがあることを知っているかのようだったが、散々迷惑をかけた後で反対するだけの意思は持てなかった。

 ヤマトの迷いを断ち切る為にラッサは言ったのかもしれない。アスカを連れて町を出ろ、と。


 どうしても戻りたければ、アスカを安全な場所に連れて行ってから一人で戻るべきだ。

 それならきっとラッサも許してくれるだろう。



  ◆   ◇   ◆



「見つけたぜぇ」


 しつこい。

 そんなに執着されるほどの関りはなかったと思うのに。


 ある程度はラッサたちから引き離したかったので完全に見失わない程度に走っていたのだが、途中で姿が見えなくなったと思ったのは回り道をしていたらしい。

 ヤマトなどよりよほどこの町には詳しいだろうから不思議でもない。


「町の外に逃げるだろうってな」


 その可能性に張って、ヤマトの逃げた方角から門に向かう側に先回りしていた。



「お互い大した知り合いじゃないのに、なんでそんなに戦いたがるの?」


 面倒だとは思うが、進行方向に立ち塞がられてしまっていて迂回しにくい。今更後戻りするには暴動の中心部に向かうことになる。

 門に向かう道は広い。可能なら避けていきたいところだが。


 フィフジャとアスカの方をちらりと見るが、顔をしかめてヤマトに何とかしろという顔をしていた。

 事情を知らないので判断しにくいのだろう。森の獣と違って相手は人間だから会話で解決できるならその方がいいのも当然。



「お前、相当な腕だろ。俺にはわかってんだ」

「そりゃどうも」


 褒められた。

 何がわかるというのか。ちょっと見ただけで相手の強さがわかるとか。

 ラッサと初めて会った時に一度。あとは深夜に対峙したクリムゾン・ボウイがヤマトだと勘づいているのかもしれない。



「ヤルルーの旦那より腕が立つ奴なんざ、そうそういねえ」

「はあ」


 何の話だろうか。

 赤帽子のことだとはわかっているが、別に彼と腕比べをしたわけでもないのに。


「そこの小娘がお前の妹だってこともわかってんだ。兄貴のお前がさらに腕が立つってのもな」

「なに言ってんのこいつ?」


 アスカが不満そうな声を上げた。ヤマトより下と位置付けられたことに異論があるのはわかる。

 とりあえずゾマークの方がアスカの強さをどうとか言う意味がわからない。


「ヤルルーがどうとか、本当に何を言って……」


 疑問を言葉にしかけた時に視界に過ぎったアスカの顔に、何か思い当たることがあるようで。フィフジャと共に苦い顔をしている。

 まるで根拠がない、というわけではなさそうだ。


「ヤルルーの旦那は雇い主だからよ、やるわけにはいかねえ。他の御三家の当主ってのもそういう機会はねえ。そこの小娘は旦那のところに連れてこいって話だからな」


 どういう話なのだろうか。ヤマトには話が見えてこない。

 ただ、どうにも戦う理由はないこともないらしい。


「何やったんだ、お前」

「ヤマトに言われたくないし」

「すまない、俺がついていながら」


 フィフジャが謝ってくるが、彼のせいなのだろうか。

 どうであれアスカを引き渡すわけにもいかないのだから、そう思えばヤマトも遠慮をする必要はなくなった。


 大通りにいた人々が、珍しい見世物だというかのように集まってくる。

 プエムの兵士とギハァト家の戦士が、魔獣を連れた旅人と戦おうとしている。興行としてはそこそこ面白そうなのかもしれない。


「妹を連れていってどうするんだ?」


 どさり、とリュックサックを地面に置いた。


「そっちは知らねえよ。まあ愛玩ってことだろ」

「……」


 ロリコン、と思ってから思い出す。ヤルルー・プエムはそうだった。



「俺は、お前を斬れればいい」

「なんでそうなるんだか」

「ギハァトの家はな、世界最強でなきゃなんねえんだよ。俺だっていつまでも兄貴たちの下じゃねえ」


 本当に、どっちも迷惑な変態だ。

 変態の雇い主に変態の雇われ戦士。この分だとヨーレンとかいう弟も何かしらの変態なのだろう。

 しかしこの変態は腕前の方も口ばかりではない。どこまでも迷惑な。


「フィフ、アスカをお願い」

「大丈夫か?」

「たぶんね」


 他の兵士が手出しする様子がないのは、一対一の対戦をゾマーク・ギハァトが望んでいるから。

 観衆もそれがわかっていて遠巻きに見ている。

 乱戦になったらその方が予測しにくい。観衆も暴徒になり、入り混じった中で思わぬ攻撃を受けるかもしれない。

 やるなら、とりあえず一対一でゾマークを倒してしまった方が安全だ。



「じゃあ、やろうか」

「また逃げんじゃねえぞ、坊主」

「イダ・ヤマト」


 念を押されたのは逃げた前科があるから仕方ないとして。

 名乗る。今度はちゃんと向き合うつもりで。


「……ゾマーク・ギハァトだぜ」


 雰囲気を察したのか、ゾマークも名乗り、曲刀を横に構えた。


 空気が薄くなるような感覚。

 周りは決して無音ではないはずだが、ヤマトの耳には雑多な音がやや遠くなったように感じられた。



  ◆   ◇   ◆

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