二_051 チザサの当主_1



「その一行が戻ったらロファメトの家まで案内するんじゃ。それの倍をやる」

「……わかった」


 この後、雨は強くなるばかり、と。

 帰宅途中にダタカのいる宿を聞いたヤマトに、アウェフフは家に帰らずそのまま同行してくれた。

 目的の宿の方角はロファメト邸とは逆方向。それなら一度戻るよりこのまま向かう方がいいだろうと。町に不慣れなヤマトへの気遣いがあったのは間違いない。

 外見はいかついけれど意外と面倒見の良い人柄なのだと思う。気に入った相手にだけかもしれないが。


「今は向こうも探しておるんじゃろう。宿に戻れば伝言を聞いてくるはずじゃ」

「ありがとうございます」


 宿にアスカたちはいなかった。空振りだったが、少なくともはぐれた後もここに滞在していることはわかった。

 伝言を言づけて金まで払ってもらってしまい、なんだか申し訳ない。

 宿の主人は金をもらえるとなれば案内してくれるだろうし、七枝であるロファメトの要望を無視することもないだろう。


「わしもおぬしの妹とやらを見てみたいだけじゃ」


 アウェフフの冗談めかした気遣いに感謝しつつ、遠回りになった帰り路を共に歩いた。




 ロファメト邸の前まで来たら門の近くでラッサが待っていた。後ろにはギャーテの姿もある。

 本降りではないにしろ雨の中を屋外で帰りをまっているとは。


(可愛いなぁ)


 アスカでは想像できない感覚だ。いじらしいというか健気というか。



「お父様、お客様よ」


 と。

 雨の中、ヤマトの帰りを待ってくれていたわけではなかったのか。

 父親に手ぬぐいを渡している姿にちょっとだけ残念に思う。まあ仕方がないけれど。ヤマトはギャーテから渡された手ぬぐいで頭と顔を拭いた。


「遅かったじゃない」


 責めるような言葉はヤマトに対してだ。

 拗ねているようにも聞こえるような。ヤマトが意識しすぎているせいかもしれないが。


「探してた宿がわかったから……ああ、そうだった。ありがとう、見つけてくれて」


 うっかりしていたが、ラッサがギャーテに言って探してくれていたのだ。礼を忘れていた。

 別に、と素っ気ないラッサと苦笑いのギャーテ。


「留守だったけど伝言してきたからたぶん大丈夫……お客様って?」

「応接間で待ってるわよ」


 ラッサが視線で方向を示す。


「チザサの当主様が、ね」



  ◆   ◇   ◆




 ヒュテ・チザサ。

 落ち目というか最近はあまりぱっとしないと表現されていた、ノエチェゼの町を興したという代表的な一族の末裔。その現当主。


 とても若いという点が目立つ。

 若いといえばジョラージュ・ヘロも白髪という特徴ではあったが若かった。二十代中盤から後半。

 だがそれよりも若い。二十歳にもなっていないのではないかと思うほど。

 その若さで当主というのは何か理由があるのだろう。



「なんじゃ、来るならそう言っておれば真っ直ぐに帰ったものを」

「あはは、怒られちゃったよ。いつもなら寄り道なんかする人じゃないからすぐ帰ってるかと思って」


 チザサの当主ということは御三家なのだからロファメトより格は上だと思うのだが、遠慮のない言い方をする。

 アウェフフの言葉に怒るでもなく、会議室での態度と違ってさばさばと笑うヒュテ・チザサという青年。

 会議の時の印象だと、余計なことを言わない物静かな落ち着いた雰囲気だと思ったのだけれど、あれは対外的な顔だったらしい。


「怒るというならさきほどの件じゃ。なんじゃあれは」

「ええ、何のこと?」

「惚けおってからに。ヘロの若造にいいようにさせただけではないか」


 若造だって、と言われた言葉をアウェフフの後ろにいるラッサに返す。ラッサはそうね、と小さく返答するだけだった。

 若いというのならヘロよりこちらの方が若いのだ。


「まあまあ、叔父さん。そんなに怒ると血管切れるよ」

「誰のせいじゃと……ああ、まあいい」


 ヒュテが座るソファの対面にどっかりと腰を下ろしてから、アウェフフがヤマトを顎で促す。


「わかっておるかと思うが、こやつはヒュテ・チザサ。チザサ家の現当主じゃ」

「あ、はあ……初めまして。イダ・ヤマトです」

「これはこれは、ヒュテ・チザサです。どうぞよろしく」


 ヤマトが会釈すると、少し楽しそうに返礼をするヒュテにラッサが嘆息する。


「あまりまともに相手しなくていいわよ、ヤマト。人をからかうのが趣味みたいな人なんだから」

「え、いや……ええと」

「その通り。さすが従兄妹殿、よくご存じで」


 遠慮がないのは親戚だからなのか。

 御三家も七枝もこの町の有力者同士なのだから姻戚関係があっても不思議はない。まるでないという方がおかしいのかもしれない。


 にこにこと笑ってヤマトを観察している青年に、どうしたものかと思案に暮れる。

 どうしようもなさそうだ。ラッサをちらりと見て、軽く肩を竦めて口を閉ざした。



「さっき牙城にも来ていたよね」

「えっと、はい」


 話しかけられてしまった。

 顔を覚えられていたのか……最後の方に大声出して注目を集めたのだから覚えられていて当然だが。

 恥ずかしい。十万クルト程度で目の色が変わる貧乏人みたいに思われているだろう。彼らにとっては何でもない金額なのだろうし。


「いやはや、確かにちょっとした犯罪者を捕まえたら十万クルトは法外だよねー」

「あ、やっぱりそうなんだ」


 ヤマトの驚き方は恥ずかしかったにしろ、普通の相場ではなかったらしい。そう言ってもらえてちょっと安心する。

 ラッサの方は話が見えないらしく疑問符を浮かべていたが、後で説明すればいいだろう。


「あ、すみません。偉い人なのに」


 つい気安く話してしまったが、相手は町でトップの偉い人だ。気さくな雰囲気だったので失礼な言い方をしてしまったかと不安になる。


「いや、そういうのやめてくれよ。他ではともかく、俺はここでは取り繕わないことにしてるんだから」

「少しは取り繕ってくれてもいいんだけど」

「今更その方が落ち着かないでしょ。叔父さんもさ」


 同意を求められたアウェフフは、ふんと軽く鼻を鳴らしただけで否定はしない。

 ラッサも言ってはみたものの本気ではなさそうだ。

 ヒュテ・チザサはこのロファメト邸では素の自分を晒すことが許されている。己に許している。他では違うのは、やはり若さゆえに侮られないようにという理由か。



「いやさ、こういう年で立派な家の当主とかになっちゃうと、色々と大変なわけよ。わかるかな?」

「はあ……いえ、わかりませんけど」

「素直だねぇ……まあそうか、わかる人なんてそうはいないよね。あのジョラージュのクソ野郎も若いっていえばそうなんだけどさ」

「……ヘロの家とは仲が悪いんですか?」


 ヒュテがヤマトに話しかけてくるのをアウェフフもラッサも止めない。

 会話をしてもいいのだろうかと、とりあえず気になっていたことを聞いてみる。


「ああ、そりゃもう……っていうか、元々家同士はそんなに仲がいいわけじゃなかったけど、これは僕がジョラージュを嫌いなだけかな」

「ジョラージュ……」


 ヘロの当主で、さっきの会議の司会進行をやっていた白髪青年。

 落ち着いた感じで、ギスギスした空気をうまく取り持っていたようにも思う。それほど悪印象はないのだが。


「個人的に嫌いだっていうなら、あっちも相当なもんでしょうね」

「そりゃごもっとも。というか僕の方は別にどうでもよかったのに、あいつの逆恨みだっての」


 いやだいやだと言ってしかめっ面をして見せるヒュテの様子は、本当に素顔のままのようだ。

 よほどジョラージュ・ヘロのことが嫌いなのだろう。何があったのかは知らないが。


「こやつは昔から芸達者でな。ラッサほどではないが天才という部類じゃ」


 知らなくてもいいかと思っていたヤマトに、アウェフフが語りだす。

 引き合いに出されたラッサが親馬鹿な発言にげんなりした顔をしていたが。


「ジョラージュの方もな、幼い頃からヘロ家の神童とかヘロの歴史上有数の逸材だとか言われておった。このノエチェゼでは珍しい格のある魔術士としての才能を見せたかと思えば、採算の合わなかった農園を立て直したりと」

「へえ」


 格のある魔術士、という言葉は聞きなれない。

 だがフィフジャが説明してくれた中に、代償術でも肉体強化でもない魔術を十分に使える人というのは限られるという話があった。それに該当するのだろう。


「しかしな。その数年後に、ジョラージュの功績をさらに年少で上回る逸材が現れた」

「それが俺ってわけですね」

「やかましいわ」


 合いの手なのか茶々なのかわからないものを入れたヒュテに、アウェフフが軽く手を振る。


「わしの姉に似たのだろうが」

「そこ重要?」

「ともあれ、自分の実績をあっさり塗り替える年下のライバルとなれば、ジョラージュとすれば面白くはなかったんじゃろう」

「なるほど」


 確執の原因があった。

 誰しも所詮は人間なのだから、他者の成功を素直に喜ぶことが出来ない気持ちはあって当然。


 身近に、自分より年下で自分よりうまくやる人がいる。

 それまでは自分が一番だと思っていたジョラージュにとって、自分の存在を脅かす存在。

 人の感情の中でも嫉妬というのはとりわけ強い力を持つことがあるという。

 ヤマトだって、アスカに対して嫉妬心を持つこともある。


(魔術のこととか、さ)


 理論からあっさりと体得してしまう妹の天才性は頼もしくもあるのだが、やはり兄として悔しい気持ちもある。

 それを八つ当たりすることはなくとも、ひがむ気持ちがないとは言えない。

 僕だって、と。


 相手が妹だからそこまで対抗心を持つわけではないけれど、ヒュテとジョラージュの関係はまた違う。

 身近にライバル的な人間がいなかったヤマトには、本当の意味で彼らの心情を理解することはできないのだろう。



   ◆   ◇   ◆

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