二_052 チザサの当主_2
「周囲の人間も悪かったんじゃな。ジョラージュに対して、ヒュテに負けるなヒュテならもっとうまくやると」
「俺だってジョラージュに負けることは許さんみたいに言われて育ったんだけどさ。よっと」
ヒュテが人差し指を立てて軽く声を上げる。
すると、
――ジバパッ
小さな振動音のようなものを上げながら光る塊が浮かび上がった。
「わ、わぁぁぁ!」
形は丸いようで楕円のようで、ぐにゃぐにゃと安定しない。ふにゃふにゃと、と言ってもいいか。光るシャボン玉のようだと思う。
目を輝かせてその現象に見入るヤマトに、ヒュテは少し戸惑うようにラッサの方を見て首を傾げた。
「初めてみたのかな?」
「うん、うん! なにこれ?」
「子供みたいに……珍しいっていえば珍しいけど、
何を当たり前のことを、というようにラッサは言うが、ヤマトはこんなものは見たことがない。
プラズマの球体なのだろうか。触ったら熱かったりビリビリしたりするのかもしれない。
「もっと小さな火花みたいな魔術は割と使える人も多いけど、まあ人に見せるようなものでもないわね。これを安定して半刻続けられたら魔術士って呼ばれるのよ」
「へええ、フィフは使えなかったからなぁ」
フィフジャは魔術の才能がないと言っていた。小さな火種程度も起こせないと。
彼も、自分が出来ないことはヤマトたちに教えられないだろう。だから今まで見たことがなかった。
「ちょっとした探検家なら、こういう魔術も使って森で狩りをしてるはずだけど」
「魔術士って呼ばれなくてもこれに近いことくらいは出来たりするからね」
二人の説明に何度も頷いて応じる。バチバチ光る塊から目は離せないが。
(これが魔術……っていうか、代償術とか身体強化は違うのかな?)
何か分類が違うのかもしれないけれど、聞いたらますます世間知らずだと思われるかもしれない。
フィフジャの所在もわかったことだし、合流した後で彼に聞けばいいだろう。
「これ、どうやるの?」
「どうやるって言われても、ね。すごく集中したら出来るっていうか……火種の魔術は出来る?」
首を振る。横に。
あらら、という顔をされてしまった。
「出来ない人が半分以上っていうから仕方ないか。あれが出来れば、その力をもっと持続させて強くする感じなんだけど」
「火種の魔術ってどうやるの?」
「それこそ教わってやったわけじゃないからなぁ」
教えようがない、と。
物心ついた頃には出来てしまっていたのかもしれない。歩き方を教えろと言われても教えられないように、何をどう説明していいのかわからないのか。
「魔術の才能が乏しい人の場合、火種を作る程度が精一杯って言われるわね。私もこれを作れるけど、十も数えたら頭が痛くなっちゃうのよ」
身体強化の術は使っていそうなラッサだが、この魔術は不向きらしい。
この辺は肉弾派と技巧派の違いなのかもしれない。
「これって熱い?」
「熱湯程度には。でも離れるとどんどん弱くなるよ」
そう言ってヒュテがひょいっと指を振ると、球体はふらふらと天井に上がりながら小さくなり、途中で消えてしまった。
残念そうにそれを見送るヤマトを見て、ラッサとヒュテが苦笑する。小さな子供みたいだと。
「僕にとっては一人で遊んでいた時にやっていただけなんだけどね。才能があったもんだから」
それでジョラージュとの比較対象になってしまったと。
「ま、対抗意識を煽りすぎた結果、この二人はこんな風になってしまったわけじゃ」
周囲に煽られた結果、二人の間に深い溝が出来てしまった、というわけか。
だとすれば、個人的な恨みはなさそうなものだが。
「あのクソ野郎、他人の目がないところで俺に色々と嫌がらせしてくるんだよ。いつもは公平で公正ないい子ちゃんみたいな顔しておいて。それが一番むかつく」
ちゃんと個人的な確執もあるのなら仕方がない。
そうした年月を経て、現在のように嫌いあっている状況になった。今更変わるものでもないだろう。
「さすがに今回はキキーエを庇いきれないみたいで、ざまあみろだ」
「ええと」
「キキーエは裏でヘロと繋がっていたんだよ。あそこの裏取引の利益はヘロにも回る。ヘロは隠蔽の手助けをするってな」
「そうなんだ」
表向きは公平な立場を取りつつ、実際には裏では悪事の協力関係にあるということだ。
これだけの町を取り仕切る立場とすれば、綺麗事だけでうまく回っていくわけではないことくらいはヤマトにも想像できるが。
会議の場でキキーエを庇わなかったのは、変に肩入れすると裏取引がバレるということなのだろうか。
「とりあえずはこれで今回の出航が済んだらキキーエもおしまい……っていうところで、ウュセの奴の死体と遺書が見つかるって段取りだ」
ウュセ・キキーエに対しては、ヤマトも良い印象はない。
人の弱みに付け込むがめつい商売人だ。
そのせいで色々とややこしいことになってしまっている。ヤマトにとっては恨みこそあっても親しみなどない相手。
「……」
だけど、とも思う。
殺したいわけではない。
他にどんな所業を繰り返してきたのかは知らないが、少なくともヤマトに対してやったことは、酔わせて大切な思い出の品を二束三文で買い叩こうとしただけ。
それは許しがたいけど、殺したいほど憎んでいるわけではない。
「不満そうだね」
ヤマトの沈黙にヒュテが問いかける。
「えっと……いえ、なんていうか。ちょっと利害が対立したりするだけで、殺したり死んだりっていうのが」
「へぇ……君はどこの生まれなんだい?」
座っていたソファから身を乗り出して、面白いものでも見るかのようにヤマトを覗き込む。
常識的な返答をしたつもりだったのだが、何か間違えただろうか。
ラッサも気になるようでヤマトの答えを待つ。アウェフフも、気にしていない素振りだが耳の辺りがひくひく動いていた。
「え、と、いや……。故郷は、その……」
「ごめんごめん、別に詮索するつもりはなかったんだ。旅人の過去を聞くのは少し配慮が足りなかったね」
言い淀むヤマトに、質問が悪かったとヒュテが笑って謝った。
流れ者の過去を聞くのはマナー違反だと。聞かれて問題ないものもいれば、聞かれたくない人もいる。
ヤマトの場合は聞かれたくないわけではないのだが、話しようがないというか。
「いやしかし、それにしても本当に平和なところで育ったんだろう。貴族ってのも違うな。あれはもっと酷く殺伐としているって話だし」
「普通の、農家なんですが」
普通かどうかはそれぞれ基準が違う。ヤマトにとっては自分の育った環境が普通なのだから嘘ではない。
「ふうん、普通のねぇ。まあいいさ」
追及するつもりはないらしく、軽く頷いて続けた。
「利害の対立で人を殺すなんて当たり前だよ。もっとひどけりゃ利害関係さえないのに殺したり殺されたりってこともある」
「そう、ですか」
「わずかな金や食料をめぐって殺し合うこともあれば、好いた嫌ったで憎み合うこともあるんだから。まして町の権力者同士ともなれば、少しの弱みを見せれば
考え方が甘いと。
弱みを見せたら命に関わる。それは大森林での生活でもそうだったが。
人間社会でも、多少の意味合いは違ってもそうした危機意識をなくしてはいけない。
そういえばウュセの商店でも、気が緩んでいたから迂闊な言動をしてしまい困った結果になったのだった。
もっと警戒が必要だった。何も考えずに出された飲み物を飲んだが、あれに毒物や眠り薬が入っていた可能性だってある。
相手の持ち物を奪うのに有効ならためらわず実行する者もいるだろう。
ゼヤンの村でも言われたはずだ。殴ってでも、騙してでも奪い取ろうとする輩がいると。
「世の中、あまり優しくないって聞いてはいるんですが」
「その言い方も面白いけど。実感できない?」
「出会う人が運よく良い人ばかりで。竜人の集落でも、ノエチェゼに案内してくれた人も。それに、ラッサやアウェフフさんも」
「おやおや、愛されてるじゃないか。ラッサ」
「バカ言わないで。ぶん殴るわよ」
「ふん」
少し大きめに息を吐いたアウェフフに、若い三人が視線を合わせてからくすくすと笑う。
機嫌は良さそうだ、と。
「しかしまあ、ヤマト君。もう少し用心した方がいい。今ここで俺が君を襲わないとも限らないんだからな」
「それは……はあ」
本気ではなさそうだ。それくらい用心して生きろと言いたいのだろう。
「ご忠告、ありがとうございます」
「ラッサのどこが好きだい?」
「っ⁉ いやっその……」
「ほらほら、また油断していた」
「ちょっとヒュテ! いい加減にしなさい!」
けらけらと笑うヒュテを赤くなったラッサが叱りつけるのだが、全く反省する様子はなかった。
◆ ◇ ◆
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