二_040 大波を砕く男親



 ~大波を砕くアウェフフの葛藤~


 複雑な気分ではある。

 娘が唐突に、男を家に泊めると連れてきた。

 世話になったとかギハァトを追い払っただとか言っていたが、そういう事情はどうでもいい。全くもってどうでもいい。


 男を。若い男を、娘が家に連れてきたのだ。愛娘が。

 初めてのことだった。


 どう対応したものか、頭ごなしに突き放したら娘に嫌われてしまうかもしれない。

 母親はいない。息子たちも今は他での仕事を任せていて家にいない。

 どうしたらいいのか相談する相手がいない以上、自分で判断するしかない。


 歓迎する? 冗談ではない。愛娘が連れてきた男を歓迎するなど有り得ない。ふざけるな。

 だが自分の独断で、娘が初めて連れてきた友人かもしれないものを無下にしてしまっていいのか。

 その場合、お父様なんて大嫌いと思われたりするのではないのか。


 おお、娘よ。この父よりそんな青臭い男の方が大事なのか。そう問いかけ、そうだと言われたら立ち直れない。

 誰か他に反対する者は……いなかった。この家に今、自分と愛娘の間に意見を挟むような人間はいない。どうしようか。


 そんな葛藤を表に出すわけにはいかず、無言で男を観察した。

 佇まいは、まあ悪くない。変に気合の入った様子の頭の剃り込み以外は。

 何やら挨拶をしていたが頭に入らなかった。


 金目当てというわけでもなさそうだ。持っている鞄は見たことのない珍しい造りだだが安物ではない。飾り気のない槍はよく使い込まれているのか、その若い男と一体になっているような印象を受けた。

 見慣れないのは連れている魔獣もだ。魔獣を飼いならす者はいるが、これは初めて見る。物静かな様子がその勇壮さを際立たせている。

 かつてどこかの港で見た、ユエフェン大陸に広く生息するという犬という獣にも似ているが何か違う。まあいい。


 どこかの町の裕福な家のボンボンなのだろう。

 うちの娘を口先で誑かせたのではないか。だとしたら殺す。


 追い払おう。そう思ったが思いとどまった。

 目の届かないところで娘と接触されるよりは、屋敷に置いて監視する方がいい。ギャーテにもそう言っておこう。

 あれは奴隷だが頭が回り、それでいて分を弁えた男だ。


 無言で頷くと、娘は少し嬉しそうな笑顔を父に見せてくれた。母親の若い頃の面影がある素晴らしい笑顔だ。


 選択は間違っていなかった。

 余所の男の為に娘が頼みごとをするというのには、まだ複雑な気持ちもあったが。




 翌日、そんな悶々とした感情を抱えていたところに古馴染みの頑固親父が来た。

 つい売り言葉に買い言葉で取っ組み合いをしてしまった。まあいつものことだ。年甲斐もないと思わないでもないが、ストレス発散にはちょうどいい。


 その現場に娘たちが帰ってきた。

 いったいどこに行っていたというのだ。まさかうちの娘にいかがわしいことを……メメラータも一緒なのだからそれはないだろうが。


 そういえば腕が立つという触れ込みだった。

 だとしてもうちの可愛いラッサーナほどではあるまい。この子は天才だ。自分と母の才能を受け継いだ天性がある。


 どうせだから娘にこの男をやり込めさせてしまおう。

 大した腕前ではないとなれば娘の目も醒めるはず。口先だけの男に惚れるような気性ではないことは知っている。


 そう思ってけしかけたのだが、当てが外れた。

 娘が手を抜いたわけではない。そういう器用さはない娘だ。そこも両親の気質を受け継いでいる。

 想定外の達人だった。


 この若さでどんな修練を積んできたら、これほど無駄のない動きができるというのか。

 物心ついてから毎日生きるか死ぬかのような生活でもしてきたのなら、これだけの領域にも至るかもしれないが。

 年齢に見合わない熟達した判断。常人を超える自分の身体能力を把握して、それを十全に発揮している。


 口先だけではない。

 物腰が柔らかいのは、自分に相応の実力があると自覚しているからなのか。


 認めざるを得ない。彼は一流の戦士であり、礼儀を知らないわけでもない。愛娘が惚れても仕方ないかもしれない。

 連れている魔獣も彼の度量を感じさせる。力ずくで従わせているのではなく、信頼を得ているのだ。

 このノエチェゼに――海の向こうも含めて記憶に残る顔を思い浮かべてみても、明確に彼を超えるような人物は思い当たらない。

 一角ひとかどの傑物となるだろう器量。


「イダ・ヤマトか」


 呟いてみて、自分が笑っていることに気づく。


 悪い気分ではない。

 だがそれがまた、娘を持つ父親としては複雑な気分なのだ。



  ◆   ◇   ◆ 

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