二_041 袋小路の抜け道
西門の周囲は雑多な作業場になっていた。
入ってすぐの広場に日差しを避けるために布が張られていて、その日陰で多くの人々が何かしら作業をしている。
運ばれてきた荷物の中身を確認したり、数を記録しているようだ。
記録には木の板を使っている。紙はないのか、あっても高価なのだろう。
運び込まれた木箱や荷車ごとに荷札のような木版が付けられていて、その内容と中身の照合をしている。
「こういう仕事もあるんだ」
アスカが感心したように言うと、フィフジャは苦笑いした。
「荒々しい仕事ばかりじゃない」
「わかってるし。でもこんなふうに物資の管理とかしてるんだなぁって」
「町の重要な収入源とかもあるだろうからな」
そういってフィフジャが示す方を見ると、黒っぽい石が積まれた木箱がニトミューの引く荷馬車で運ばれていく。
「鉄、かな?」
「よく知っていたな、鉄が混じった石だ。宝石なんかも産出されるんだとボンルが言ってただろう」
どんな物がどれだけ産出されたのか。
管理していなければ横領し放題になってしまう。
「あの見張りの人は、ちゃんと数えているか見張っているのね」
「監査役ってところかな」
帽子に白い羽根がついている少し偉そうな男。他の人たちが数えているところを見て周っているのは、ちょろまかしなどしないよう監視しているのか。
商品資材の棚卸しと、それをチェックする担当者。
商業活動が行われていれば当然の職務なのだが、アスカにとっては初めて目にする光景だった。
(ピメウも、ゼヤンの村で備蓄とかの管理してるんだっけ?)
そういう話を聞いた気がする。生真面目そうなピメウの印象からは横領や着服などは考えられない。
まあ竜人の村落では高価な物は少なそうだったから、せいぜいが備蓄食料の盗み食いくらいか。食料の鮮度管理と称してつまみ食いくらいはしているかも。
「あれは数えなくていいのかな?」
アスカが指したのは、大きな丸太を何本も積んだ荷車だった。
前と後ろで二台の荷車に載せていて、西門から入ってきてそのまま作業場を素通りしていく。
「見ればわかるんじゃないか?」
フィフジャも確信があるわけでもない。曖昧な返答だが、確かに見ればわかる。
似たような大きさの木が九本。一番下に四本、次が三本、一番上に二本。
ニトミューが二匹でそれを引き、荷車にはどこかで見たような家紋のようなものが書かれた札が下がっている。
「あれはキキーエ商店の購入した木材ですね。認可済みと張ってありますよ」
アスカの疑問に答えたのは近くにいた若い青年だった。
穏やかな笑みを浮かべている青年は、若く見えるのに髪が真っ白だ。若白髪、というのだろうか。生まれつきかもしれない。
アスカの身近では祖父の健一の髪がまだらに白かったくらいなので、年齢を計りかねる。
「ふうん、キキーエの、ね」
いやな名前を聞いてしまった。
見たような家紋だと思ったのは、思い返せばあの商店の店先に書かれたものだ。燃えてしまえばいいのに。
「こっちの門の周りには貧民街はないんだな」
「ああ、南門の方から来たんですね。こちらは鉱山の資源も多いので、治安のために集まらないようにしているんです」
アスカの機嫌の悪化を察してフィフジャが世間話を振った。
「西門と正門にはないですが、南門と東門には集まってしまいますね。まあそういう人手も使うこともあるので、町にとって悪いことばかりではないんですが」
昨日、アスカが見ていた人たちも、彼の言う南門外周のスラム街に住んでいるはず。
人手を必要とする時に、安い労働力で使えるということで無価値ではないのか。
ああいう集まりで治安が悪化することもあるから、資材の出入りが多いこちらの門では追い払うことになるのだと理解した。
「大物の岩千肢が持ち込まれたと聞いたんだが」
「ああ、見ましたよ。あれだけの岩千肢は見事でしたが、それを仕留めた竜人の戦士というのも立派な方でして。伝説の竜人マニュス・イラのごとく――」
やや興奮気味に語る白髪青年。
この町では珍しい出来事だったのだろう。つい熱くなってしまったことに気づいて、彼は恥ずかしそうに苦笑した。
「お恥ずかしい。こういう場所では戦士の冒険譚なんて目にすることがないもので」
「その戦士はどうしたの?」
「今はヘロの屋敷に滞在していますよ。岩千肢を譲ってもらうのと、せっかくだから歓待したいと」
岩千肢の売却益だけでなく、宿泊費食費がヘロ家負担ということになる。羨ましい話だ。
アスカたちの境遇とは正反対に順風満帆といった話に、つい肩が落ちる。
別にその見知らぬ誰かの道に障害があったところで、アスカたちの状況がよくなるわけでもないが。
「銀狼……灰色で、これくらいの大きさの四足の魔獣を連れた男の子、見なかった?」
とりあえず当初の最大の問題について尋ねてみる。
「そんな大きな魔獣ですか? この辺では見ていませんね」
「槍を持った男の子……髪は黒くて、年齢は十四歳なんだけど、見てない?」
「どうでしょう、そういった人は今日は見ていないと思いますが。先ほどの竜人も槍を持っていましたけど、年齢も違いますよね」
記憶を探ってもらった返答には、アスカの目当てのものはない。
ダメもとで聞いてみただけなので仕方が無い。簡単に見つからないからあちこち捜し歩いているのだし。
「それで、あなたのお仕事は?」
お喋りをしていてもいいのだろうか。
アスカが尋ねると、彼は悪戯を見つかったような顔で笑った。
「ここの人たちの仕事がうまくいってるかの確認と、必要な物や人の手配ですね」
「そ。お仕事頑張ってね」
「ありがとう、お嬢さん」
ひらひらと手を振って作業をしている人たちのところに戻っていく白髪青年。誰に叱られるような立場でもなさそうで気楽なものだ。
◆ ◇ ◆
白髪青年の姿が人波に消えるのと入れ替わるように、アスカたちに手を振る人があった。
「あぁ、こんなところにいやした」
「ボンルが探してたわよ、ツウルウ。あれ、探してはいなかったかな?」
「なんなんですかね、そりゃ」
「いないとは言ってたけど、探すとは言ってなかったかも」
どうだったろうか。別にいなくても困るわけではないと言っていたが、それは今朝時点での話なのだろうし。
永遠にいなくても構わないという意味ではないはずなので、探しているかもしれない。
「新しい仕事か、町の外にでも行くんでなけりゃ急ぐことでもねえでしょうや。それより……坊ちゃんの姿がないようで?」
「はぐれたの。どこかで見なかった?」
そういえばツウルウには話していない。
尋ねてみるが、軽く首を振られた。
「今日は見ちゃいやせん。あの魔獣さんも一緒なら目立つでしょうが、何しろノエチェゼも広いでやすからねぇ」
そうそう都合よく遭遇することもないか。
ヤマトの方としても、知り合いを見つけたらとりあえず戻ろうとするだろう。
(もしかしたら、私の言ったこと気にして戻って来れないのかも……)
ふと、不安がよぎる。
戻ってくるのが当たり前だと思っていたが、喧嘩をしてしまったのだ。
傷つけるようなことを、怒らせるような言葉を投げつけてしまった。アスカのところに戻りたくないと思っている可能性だってある。
当然のように許してもらえるような気がしていたが、それは家族に対する甘えかもしれない。
「ん」
表情を翳らせて俯いてしまったアスカの服の裾を、クックラがくいと引っ張る。
「平気、たぶん」
「……そうだね。ありがとう」
言葉少なく元気付けようとしてくれる幼女に、小さく頷く。
悪い方向に考えていても仕方がない。
可能性が高いのは、あの兄のことだから何か逆方向に突っ走ってしまっているというパターン。
努力が変なほうに転がる体質のある人なので。
「ヤマトのことはいいわ。ウォロは一緒じゃなかったの?」
「朝は一緒だったんですがね。ところでちょいと、キキーエとの商談がうまい話にならなかったって噂は、どうも……嘘じゃあねえようで」
フィフジャの荷物に残っている毛皮と、その渋い表情から、どこかで聞いた話が事実だと納得する。
ウュセ・キキーエからあちこちに話が回っているのだろう。
「焦っても仕方ないからな」
「そりゃそうですがね、四日後には船が出るってんならちょいと難しいんじゃねえかと」
明日乗せてと言ってみて、二つ返事でオーケーというものではない。
予約が必要な乗り物。
聞いている話ではリゴベッテまでは、万全の天候で三十日以上の航海ということだった。
「普通なら明日までには話をまとめておかねえと、あとは奴隷船に詰まれるくらいですぜ」
「奴隷として、か」
「扱いは似たようなもんかと。ってぇなると、仕方ねえ」
ツウルウは少し思案するような顔をしてから、大げさなくらいの溜め息を吐いた。
一応は迷ってからの判断、という姿勢か。
「何か考えがあるのか?」
「大将の手前、あんまりでしゃばってもいけねえと思ってたんですがね。
「?」
何と言ったのだろうか。
アスカがわからずにきょとんとしていると、フィフジャが口元に手を当てて考えるような素振りを見せた。
「ん?」
クックラと二人でフィフジャを見上げる。
子供に説明を求められていることを察しての苦笑。
「言い回しだよ。大事な蔵を守っていても、家族が飢えたら意味がないって」
「例え話、みたいなの?」
「ですぜ。柱を切って雨漏りを直すとも言いやすかね」
アスカが興味を示したからか、ツウルウの続けた別の言い回しにまた疑問符が浮かぶ。
ツウルウがいつもより饒舌に感じるのは、ボンルがいないからだろうか。普段から物静かというわけではなかったが。
「雨漏りを直すために柱を切ったらどうなる?」
「家が壊れる?」
「家を直したいのに、な。優先順位を間違えて本来の目的を見失うってことさ」
本末転倒と。英語で言うと、荷馬車を馬の前に繋ぐだとかなんだとか、雨の日に読んでいたことわざ辞典に載っていた記憶がある。
違和感を覚えるのは別の文化圏の言い回しなのだから仕方がない。
「つまり、ボンルの前では言い出しにくいけど、手立てがあるってこと?」
「ま、そういうこって」
にんやと笑うツウルウ。
ツウルウの笑顔にはどうしても生来の小悪党風味の印象が拭えないが、見かけで判断してはいけない。
ボンルとは別に手段を用意できるというのなら聞いておくべきだろう。
「聞かせてもらえるか?」
「あっしが前の仕事で下手を打って、って話は最初にしたと思うんですがね。その伝手ってことで」
ボンルに拾われる前の仕事の関係で、何かしら船か黒鬼虎の毛皮の買取かの目処が立つということか。
恩のあるボンルが取り仕切っているのに、ツウルウが以前の仕事関連を紹介するというのは出過ぎた行為だと黙っていたのだろう。
だが事態がうまく運ばないのであれば、方針を変えようかとの提案。
「このままだとジリ貧だ。ボンルには礼をするとして、そっちを検討するのもありかもな」
フィフジャが即座に肯定的な返事をしたのは意外だ。アスカとすればどちらでも話が進むのならいいと思うので賛成だが、フィフジャは迷うかと思った。
それだけ出航までの期間が差し迫っている。
正直なところで言えば、今日明日にでも船に乗る約束は取り付けておかなければ厳しいと宿でも話していた。
それが無理なら、次に船が出るまで半年はここに滞在するか、エズモズという別の港町に向かうかしようと。
何が何でもこの秋にリゴベッテに渡らなければならないという理由はない。
出来るのであれば、今のこのタイミングで行けたらいいとは思うが。
「詳しく聞かせてくれ」
出来るのなら、そう動く。
リゴベッテに行けば、古い文献などで異世界転移のことを調べることが出来るかもしれない。
その可能性があるのなら、出来るだけ早く行きたいと思ってはいるのだ。フィフジャだって早く故郷に帰りたいだろうし。
「もちろんでさ。詳しくは道中で話しやすんで」
行き詰まりだと思ったところにきて、こうして一本の道が開かれる。
それは、あの大森林でフィフジャを拾ったときの状況に似ていた。
(こういうのを運命の導きっていうのかも)
見えない何かがアスカ達を助けてくれている。
そう信じてもいいのかもしれないと思うのだった。
◆ ◇ ◆
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