二_025 西港、警鐘_2



「仕留めたのがヘロの兵士ってことだから、あの太浮顎はヘロの獲物ってことなのね」

「筋の通った話だと思いやすがね」


 白い矢羽根の大矢を受けて沈んだ太浮顎は、やはり白いバンダナを巻いた兵士たちが引き上げていった。


 あの色分けはそれぞれ御三家の兵士の所属を示していた。

 青がチザサ、赤がプエム、白がヘロだと。

 町で公に兵士を所有しているのは御三家だけ。彼らは町の平和を担っているという。


「チザサの兵士としちゃあ、ここでひとつ稼いでおきたかったんでしょうが」


 有効射程範囲ではないのに先走って撃ってしまったのは、そういう理由があるのだろうとツウルウは言う。

 稼ぐというのは太浮顎の肉とかそういうことではない。

 人気というか、住民からの支持率というようなものを稼ぎたいと。


「でも、先にああやって撃ったから船の人たちも逃げる方向に気がついて、矢を避けていたから追いつかれなかったんじゃない?」


 アスカの目線では、ヘロは最後に美味しいところを持っていっただけのように見えるのだろう。ずるいと言うように口を尖らせた。


「結果が全てってことだな」

「その辺も含めて、チザサはツイてないってとこですかねぇ」


 そう言われてしまえばそうだろう。結局、野次馬たちから喝采を受けたのは太浮顎を仕留めた白い装束のヘロの兵士たちだった。


 青い装束の兵士たちは黙々と強弩を片付けて去っていった。弦を張ったまま潮風に晒していると、次に使う時に歪んでいたり緩んでいたり折れていたりするらしい。

 野次馬に囃されているヘロの兵士たちを置いて、黙々と去っていくチザサの兵士に、一人だけ若い男が労うように肩を叩いていた。


 逆に、赤い装束のプエムの兵士たちは、チンピラ風の男に拳骨をもらっていた。それを見て手を叩いて笑ってる赤帽子の別のチンピラもいる。

 上司なのだと思う。部下の兵士の不手際を責めているが、それなら自分でやればいいのに。


「報われないね」

「まあ世の中そんなもんだぜ、坊主」


 ボンルの言うことはわかるが、ヤマトとしては努力が報われてほしいと思う。

 腕を食い千切られた船乗りはどこかに運ばれていったが、フィフジャの見立てでは助かるかどうか半々だという話だ。実際にはもっと低確率なのかもしれない。



「まあ、それよりか次の船主と、毛皮を売る先の――」

「ここだったか、ボンル! ツウルウも」


 気を取り直して、という所でボンルの後ろから声がかかった。話しかけてきたのは中年から初老の間くらいの男。

 ボンルはこの町では顔が広いのだろうか。本人はそんな感じのことを言っていたようにも思う。

 ヤマトもアスカも、そんな言葉を話半分としか受け取っていなかったけれど。


「どうしたよ、そんな焦って」

「西七番区のイイソ婆さんだ。最近姿が見ねえなって話してたら、どうも家ん中で死んでるらしくって」


 よほど焦っているのだろう。周囲のことも考えずに早口に捲し立てた。


「マジか? まあいつ死んでも不思議じゃねえな」

「中からひでえ臭いと鬱陶しい蠅が大量に出てよ。でもあの婆さんは」

「あぁ、やたら疑り深いもんだから変なかんぬきでドア閉めてんだったっけ」

「それよ、それ」


 ヤマトたちを置き去りにしてボンルと男の話が進んでいく。

 何となく事情はわかったが。



「開けられんのは小窓だけなんで、まあそんな所にガキを入れんのもちょっとなぁって話で」

「ぶち破りゃいいだろ、扉を」

「それをクソ孫のグェノが許さねえってよ、直す金がかかるからって。あのバカ野郎は婆さんの面倒も見てやらんかったくせに」

「グェノごとぶちのめしてやりゃいいだろうに」

「まあそれも最後にゃやるんだが、出来れば穏便にって話な。ツウルウなら開けられるんじゃねえかって」


 それでボンルたちを探していたんだ、と。

 近所の顔馴染みなのだろう。手先が器用――というか手癖が悪いらしいツウルウなら鍵開けが出来るのではないかということだ。


「あー、そうだな。ツウルウ行ってやれ」

「あっしは構わねえんですが……」

「おいおいボンル、グェノはツウルウを知らねえんだ。お前も一緒に来てやってくれよ」


 ツウルウはボンルたちと行動を共にしてからの日が浅い為、その話題の家主とは面識がない。

 死んだお婆さんも猜疑心が強いということだったが、孫もそういう気質なのか。歯止め役としてボンルも同行してほしいというのだ。



「ってもなぁ。俺も用事が……」

「ボンル、急ぎのようだからそっちをしてやってくれていい」


 どうしようかと迷うボンルにフィフジャが声を掛けた。


「あ、あぁ、でもよ」

「船主の紹介は明日でいい。毛皮を売れそうな商店の場所だけ教えてもらえるか?」


 今日はそちらを優先して片付ける。船主の話は明日でも間に合うだろうと。

 航行の約束を取り付けるにしても、先に金銭の算段をしておきたいとフィフジャが判断したのだとすれば、ヤマトが反対する理由はない。


 黒鬼虎の毛皮を売るだけならボンルたちがいなくても平気だ。

 ボンルはやや考えてから、頷いてフィフジャに二箇所ほど店の場所を説明した。


「じゃあ、明日は朝から宿に行くからな」

「そうしてくれ」

「ウォロ、お前も来るんだよ」

「ぶえ? イイソ婆ちゃんはおっかないからやだなぁ」

「だぁら死んでるって話だろうが。お前の馬鹿力がいるかもしれねえんだって」

「婆ちゃんのお化けが出るかも」

「その時はバカ孫とやらを呪ってもらいやしょうかね」


 ぎゃあぎゃあと喚きながらどたどたと駆けていく三馬鹿を見送る。

 騒がしい連中だ。



「騒がしい連中ね」

「……ん」

『ウォン』


 アスカの言葉にフィフジャとヤマト、クックラやグレイの視線が重なる。全員が同じことを思っていたらしい。


 しかし、最初の印象よりは良い評価になりつつある。町の住人としてそれなりに交友関係は良好で知り合いも多いようだ。

 良好でない関係の知り合いもいたけれど。

 見かけだけで判断してはいけないものだと思う。最初は絶対に盗賊だと思ったのだが。



「あのさ、フィフ」

「どうした?」


 ヤマトの質問に顔を向けずに辺りを見渡しながらフィフジャが応じる。

 先ほど聞いた商店の方角を確かめている。


「お化けって、やっぱり出るの?」

「……」


 フィフジャの視線がヤマトに戻ってきて、やれやれというように頭を振った。


「出たら怖いだろう」


 岩千肢を倒した時にも言っていたけれど。

 死体が動くだとか幽霊だとかは事実ではない怪談だと。


「さっきウォロが」

「だから怪談になるんだよ、普通じゃないから」

「ヤマトってばお化け怖いの?」

「ばか、違うよ」


 ちょっと気になったから聞いただけだ。魔術なんてある異世界なんだから、やっぱりあるんじゃないかと。

 そんなヤマトの裾をクックラがもしょもしょと引っ張る。


「うん?」


 屈んでクックラの言葉を聞こうとしたら、よしよしと頭を撫でられた。


「ん、ん」

「……ありがと」


 別に幽霊が怖かったわけではなかったのだが、まあ良いとすることにした。



  ◆   ◇   ◆



「ちょっと気になってたんだけど」


 歩きがてらフィフジャに尋ねるアスカ。


「ボンルもそうだけど、大抵の男の人って適当に髭伸びてるじゃない?」

「髭を揃えるようなのは金持ちなんだろう。リゴベッテの町だともう少し気にするもんだが」


 森の途中でアスカはフィフジャの無精髭を剃るように言ったことがあった。かっこ悪いと。

 それを思い出したのか、また文句を言われるのではないかと顎に手を当てて身構えたけれど違う。



「ツウルウに髭がないのってなんで?」

「ああ、あれはたぶん……」


 自分のことではないと聞いて安心したのかアスカの顔を見て頷いた。

 立ち止まり、少し声のトーンを落として。


「罪人の罰だと思う。人相を晒すように髭が生えない薬を塗られるんだ」

「そんな薬があるの?」

「ああ、数年は体毛が生えないと……女が使うのが一般的な薬だけどな」


 体毛処理の塗り薬。なるほど、女なら必要とすることも少なくないだろう。

 それを使って罪人の顔を晒す罰だと聞いて納得した。

 ツウルウ本人に聞くことでもないが、たぶんそれで間違いない。



「伸び放題だと汚いが、髭がまるでないのも男らしくないと言われる。たいていは適当に伸びたら切るくらいだが、婚儀の時なんかは綺麗に剃って素顔をみんなに見せるのが一般的な習慣だ」

「ふぅん」


 上流階級は違うけれど、一般人では無精髭を生やしているくらいが普通らしい。

 父がいつもきれいにしていた記憶があるから、アスカは髭面は好きではない。

 電動シェーバーもないこの社会でそれを求めても仕方ないとしても。


「髪も髭も、長いままだと争いごとに不利だからな」

「引っ張られる?」

「野蛮に思うかもしれないが効果的だ」


 なるほど。衛生面の問題とは別に、喧嘩の際に無駄な弱点になりかねない。

 法的秩序があまり期待できない社会だから、荒事も生活の一部になる。オシャレなどより実用的な話。


「いろんな理由があるのね」

「地域によって多少は違うけどな」

「ツウルウはそれでわかったけど、ウォロも髭生えてないのよね」

「それは……」


 フィフジャは言葉を迷うように黙って聞いていたヤマトと視線を合わせて、ゆっくりと首を振って歩き出した。



「頭も、生えてなかっただろ。言ってやるな」

「言わないわよ」

「どうだか」


 若くして頭髪が少ないことに関しては、日本人の感性と似たようなものらしい。

 ちゃんと理解したアスカの答えに、否定的なぼやきを返すヤマトの脛を軽く蹴飛ばしてから後に続いた。



  ◆   ◇   ◆

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