二_026 毛皮の時価_1
高価な取引ならセーテレーかキキーエが候補だと。
セーテレーは昔から安定した商会で、町の人からの評判も良い七枝と呼ばれる大家の一つ。
キキーエも七枝のひとつの商会だが、ここの所急速に勢いを増していて、その成長による歪みかセーテレーと比べると悪評が多い。
どちらも共通して資金が豊富で、一見の客でも取引をしてくれる。
他には悪徳い噂が絶えないところや、慎重派で商談がまとまるまでに時間がかかるところ。後は現金の準備に不安があるとかで消去法で残った二つになる。
こうした情報はツウルウから聞いている。ボンルはそんなことは知らなかった。
「町の小売店に伝説の剣を持って行っても、買い取れるだけの現金がないってことね」
「何の話だ?」
「ん、なんでもない」
アスカの独り言を聞き返すフィフジャに首を振った。
考えてみれば当たり前の話だ。
お金を保管するのだって危険を伴うのだから、個人経営の商店に大金の準備があるとは思えない。
銀貨以上の通貨だって、この辺りで一般に使われることはほとんどないらしい。
「あのお店じゃない? 斜め向かいに二件、看板みたいなのが出てる」
アスカたちの目的地はどちらも同じ区画にあった。
「あっちはお店って感じじゃないけどなぁ」
ヤマトがぼやくのは一方の建物だ。いわゆるお店屋さんという感じではなく、事務所とか倉庫と言った風情の建物に看板が出ている。
その斜め向かいには建物の前に天幕のように屋根を張った出店。樽に入った果物やら魚の干物やら、あるいはロープや包丁のような雑貨まで並べていた。何でも屋という風情。
倉庫っぽい建物がセーテレー家の取引本部。
看板の隣の大きなドアの横に、袖のない服を着た禿頭の男が立っている。守衛だろうか。
反対側のキキーエ商店には、年若い女性が二人、商品を片付けたり掃除したりしながら店番をしている。
「……」
どっちに先に行くか、と聞こうかと思ったアスカだったが、ヤマトの顔を見てやめた。
店番のお姉さんは、夏らしい薄着で屈んで物を運んだりしようとしているので、お尻のラインなどがかなりくっきりと見えてしまう。
ヤマトの視線がそこに釘付けになっているのを見て、聞くのはやめた。
フィフジャはそんなアスカの様子に気づいて、バツが悪そうに頬を掻く。彼も見ていたのだろう。
「やぁね、男って」
溜め息をついてクックラに投げかけると、ヤマトは慌てて視線を反らした。
「や、違うって」
「はいはい、お姉さんのいるお店に行くわよ」
アスカだって、いかつい禿頭の守衛のいる方に行きたいわけではない。
どちらが声を掛けやすいかと言われたらお姉さんの方に決まっている。フィフジャでもそうだろう。
(違うって、何が違うって言うのかしらね。違わないでしょ)
言い訳を聞いている時間が惜しい。今日は朝から出遅れてしまった為、もうすぐ夕方になってしまう。
ノエチェゼはかなり広い町だ。まあ五万人が暮らす町なのだから当たり前だけれど、宿から港まで歩くだけ一刻(二時間)ほどかかっていた。
「すみません、お姉さん」
「はい、何かご入用かしら?」
アスカが声を掛けると、掃除をしていた女性が振り向いて応じた。
商品の運搬をしていた方の女性も少し離れた所から様子を見ている。
「お客さんいないみたいですけど、もしかして売り上げ悪い?」
「こら、アスカ」
「だって気になったんだもん」
失礼な質問にきょとんとした女性だったが、フィフジャに窘められて唇を尖らせるアスカを見てくすくすと笑った。
「ふふ、この時間はお客様が少ないのよ。大体の人は朝方か、もう少しして帰る前に必要な物を買って帰る方が多いから」
「そうなんだ、よかった。いい儲け話を持ってきたんでお店の偉い人と話したいの」
「どこでそんな妙な言い回しを覚えたんだか」
フィフジャは呆れた様子で言いながら、荷物に括りつけてあった黒鬼虎の毛皮を掲げた。
「うちの連れがすまない。この黒鬼虎の毛皮を買い取ってくれそうだったら話がしたいんだが」
「面白い子ですね。ええと、黒鬼虎……はあ、そうですか」
「ウュセ様、呼んでくる」
アスカの様子に笑っていた女性は見せられた黒鬼虎の毛皮に戸惑い、どうしたものかと言葉を詰まらせた。
もう一人の女性が、誰かを呼ぶと建物の奥の方へと姿を消した。
「う……ウュ、セ?」
「ウュセ様です。キキーエ商店の若旦那様になります」
決裁権がある責任者ということだろう。
呼ばれるまでの間に、ちょっと商品を見てみる。
「あ、これ。これいくらで売ってるの?」
「五〇クルトよ」
アスカが手にした商品を見て、女性店員がさらりと答える。
フィフジャの顔を見るとやや渋い顔をされた。
「ねえ、フィフー」
「あのな」
「いや、フィフ。余裕があったら買ってあげてほしい」
アスカのおねだりを窘めようとしたフィフジャに、ヤマトの援護が入った。
ヤマトの視線が、アスカが手にしている商品とクックラの太腿を行き来する。
パンツとして必要だと。
「ああ……そう、だな」
実際にはハーフパンツというか、麻のような太めの糸で作られた薄茶色の半ズボンのようなものだった。
クックラは相変わらずアスカのシャツをだぼっと被っただけの格好で、その下は穿いていない。
何もアスカだって無用なおねだりをしているのではなくて、必要かなと思ったから言っている。
きっと女の子の尊厳を守る為にも必要だし、ヤマトの精神的安寧の為にもなるだろう。
「だけど、五〇クルトも払ったら宿代が不足する。せいぜい三〇クルトだ」
「こちらの少しほつれているのでよければ三五でいいですよ」
にっこりと差し出された似たようなハーフパンツを、アスカが手にしていた商品と取り替える。
店内の在庫やら原価やら頭に入っているのだろうか。全く迷う隙間がなかった。
「なんでそんなに息ぴったりなんだ……」
初めて会ったはずの女性店員とアスカのコンビネーションが抜群だ。
女二人で、にっこりとフィフジャに笑顔を向ける。
「……はぁ」
やれやれといった風に金を払うフィフジャと、安堵の表情を浮かべるヤマトと少し困ったようなクックラ。
フィフジャがアスカのお願いに弱いのはわかっている。最初から勝っていた。
「ほら、クックラ。足上げて」
「……ん」
ハーフパンツは裾が少しほつれていたが、着用するのに支障はない。
幼いクックラにはかなり大きく、長ズボンのようになってしまったが。子供服だとかそういう概念は、もっと高級な服飾にならなければないのだろう。
腰からずり落ちないよう紐で締めていると、奥から人が出てくる気配があった。
「あんたらか? 黒鬼虎の毛皮を持ち込んだってのは」
中年男性が二人。四十代と三十代の二人で、どちらも栗毛の癖のある髪をしていて、顎鬚も栗色だ。
三十代の男性の方は、今しがたクックラに買い与えたような服と似たような布地の、ただ多少は造りがきちんとした上下の服装で、割と鍛えられている印象だ。
もう一人の四十代の男性は、明らかにもっと上質な布地の服で、白地に赤い模様で染色された衣服を着ている。もう一人と違って肉体は緩んでいる。
おそらくこの四十代の方が若旦那ということなのだろう。
(若くないけど)
先代が引退して実権を握った若旦那だとすれば、このくらいの年齢が妥当なのか。
「ああ、かなりの大物で状態もいいんでね。大森林で捕ってきたんだ」
「そいつぁ面白い話だ、中に入りな」
顎で促され、ふと足を止められた。
「なんだありゃあ」
「ああ、グレイ」
店先に座っていたグレイに目を留めたのだった。
自分の商店の前に、かなり大型の狼が座っていたら驚くのも仕方ない。
「うちの仲間……家族みたいなもんだ。手出ししなけりゃ何もしない」
「そ、うか」
男二人がやや引きつった顔で頷く。
女性店員の方は、最初からアスカやクックラがグレイを撫で回しているところを見ていたので、あまり脅威を感じていなかったようだが。
町を歩いている時からひどく警戒されたりすることが多かったので、なるべくアスカはグレイに手を添えて危険がないとアピールしていたつもりだった。
「グレイ、待っていられる?」
「ここ、残る」
放置していいのかと声をかけたアスカだったが、クックラが一緒に待っていると進み出た。
一緒に中に入っても子供にはつまらない話だろう。
グレイと一緒に待っていてくれるのなら助かるし、グレイを従えたクックラに危害を加えるようなバカもいないはず。
「うーん、じゃあクックラ、グレイ。お願いね」
「ん」
『オン』
どっちがどっちをお願いされたのか、幼女と狼が了承するのを見届けて、アスカはヤマト達を追って商店の建物に入った。
◆ ◇ ◆
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