二_013 三馬鹿と不機嫌な妹_2



 とりあえず話し合ってみたところ、本当に町周辺の警邏などを勝手にやっている自称自警団の三人組ということだった。

 まあ無理やり押しかけ警護で恩を売って金をせびったり、港町のいざこざの解決に力――主に武力――を貸して金をもらったりと。やっていることはチンピラ風ではあったが。

 ただ、他人のものを奪い取ったり殺したりとかはしていないという話だ。


 いつもいつもノエチェゼの町で稼ぎがあるわけではないので、時にはこうして町を出て獣を狩ったり、木を切って木材として売ったりして生計を立てているらしい。

 言ってみればの方々だった。



「だから目立つようにこういう色の服着てんだろ。盗賊なんかだったらこんな目立つ服着てねえだろうが」

「盗賊に知り合いなんていないからわかんない。悲惨な趣味の服だとは思ったけど」


 説得力があるかどうかは微妙なボンルさんの説明に対してアスカの返答は辛辣だ。


「このクソガキ……」


(すみません、その子うちの妹なんです)


 とりあえず短絡的に殺さなくてよかった、と思う。うちの妹が。

 盗賊なんかならともかくとして、善良……かどうかはさておき、とりあえずギリギリ真っ当な仕事をしている人間を殺害なんてしたら人として許されない。

 ガキだと言われて腹が立ったから、なんてガキみたいな理由で人殺しなんて勘弁してほしい。兄としては。


 言動や身なりは黒い部類の印象だったが、どうやらまだ社会的にセーフな領域の人たちのようだ。

 それと、話していて気がついたが、ボンルさんは竜人族だった。ウォロも竜人だ。

 焼けた肌と強い日差しでわかりにくかったが、耳の上側が赤い。ウォロの方は背が高すぎて見えていなかった。



「ツウルウは竜人じゃないのね」

「あっしは人族でさ。ああ、竜人風に言えば普人族ってね。ちょいと前の仕事でドジ踏んで、それからはボンルさんに厄介になってるんで」


 へへっと笑うツウルウの目は笑ってはいない。前職はおそらく後ろ暗いお仕事なのではないだろうか。


「ぶふぅ、ひぃひぃ」

「ウォロ、何がそんなにおかしいんで?」

「だってさぁ、思ってても言っちゃだめじゃあないの。悲惨な趣味とか、おふぉ」


 笑ったらいけないと思ってはいるのか口を押さえて震えているウォロの横で、ひくひくと頬を引きつらせているボンルさん。


「そいつぁ確かに、思っていても言っちゃあいけねぇな」

「思ってんのか、てめぇら」

「まるで思ってもいねえっすよ、大将」


 慌てた様子でもなく大きく手を上げて否定するツウルウと、うずくまっておふおふと笑いを堪えているウォロ。堪えきれていないけれど。

 ボンルさんはとりあえず二人とも軽く拳骨で殴ってから、ちょっと寂しそうな顔で自分の服を見下ろした。



(けっこう気に入ってるんだな、あの服)


 右が黄色、左が青のチョッキ。国旗でなければ大道芸人の衣装くらいでしかなさそうな配色だが。

 染色されているということは割と高級な衣類ということになるのか。

 アスカの心無い言葉で傷つけてしまったかと思うと少しだけ心が痛む。


「そうやって殴ったりするから誰も本当のことを言ってくれなくなるの。私の素直な言葉に感謝すべきね」


 心無いのではなく率直な意見だった。心をさらけ出す必要もないのに。

 ぶふっとウォロとツウルウがまた噴き出して、ボンルさんは口を半開きで言葉を失いながらアスカを指差す。


「お前、ちょっと黙ってろって。ごめんねボンルさん」

「く、そのクソガキの口を結んどけよ」


 アスカを後ろに押しのけて謝ったヤマトに、震える声で吐き捨てるボンルさんに、もう一度ヤマトはごめんと謝った。

 わざわざ怒らせることもないだろうに、なぜいちいち煽るのだろうか。


(ガキだって言われて腹立ててるんだろう。本当に子供なんだから)


 他人に悪口を言われることに慣れていない。父や母には甘やかされて褒められて育てられた温室育ちのアスカにとって、些細な言葉に苛立ちが押さえられないのか。

 ヤマトとしては、アスカの毒舌にある程度慣れているので何とも思わないのだが。


(自分が言っても気にしないくせに、他人に言われると怒るのか。本当にガキじゃないか)



 天才だが精神的に幼い、ということにしておこう。そんな人間的な欠陥があるのも天才肌っぽいかもしれない。

 まだ何か言おうとするアスカの口をヤマトが塞いで、フィフジャは渋い顔をして首を振った。


「こんな様子だ。お互いこれ以上は係わり合いにならない方が、心が休まるというか」

「どうだかな。まあこれ以上そのガキと話しても仕方ねえとは思うけどよ」


 むうむうと言い返すアスカの口を右手で押さえつつ、左手でアスカの手首を掴む。


「アホかお前は」

「ぐむぅぅ」


 手に隠し持っていた投げナイフを投げつけようとしていたのだ。

 脅しで足元にでも投げようとしていたのだろうが、暴力的な手段に躊躇がない。


(なんで身内の方がチンピラ的行動をするんだか)


 頭が痛い。妹が馬鹿で頭が痛い。

 アスカはふっと力を抜いて、するりとヤマトの手から逃れる。

 自由になったアスカに身構えるボンルさんだったが、アスカの方は彼をひと睨みしただけで口元の涎を拭っていた。先ほどヤマトが押さえつけていたせいだ。



「すまん、ちょっと虫の居所が悪いようでな。特に用事はないから、あんたらは自分の仕事をしに行ってくれ」

「……そうだな」


 危害を加えられる前に去ろうと判断したのか、子分を促して立ち去ろうとするボンルさんだったが、


「ですけどボンルさん、この兄さんたちをノエチェゼまで案内してやってもいいんじゃねえですかい?」


 ツウルウがそんなことを言って引き止める。

 言われたボンルさんは、何を言ってるんだという表情をツウルウに向けた。


「こいつらじゃ護衛料を払っちゃくれねえぞ」

「そりゃあそうですがね、兄さんたちは何しにノエチェゼに行くんで?」


 問われたフィフジャは、どうしたものかと頭を掻く。

 その姿を見ていたボンルさんの目が、不意にカッと見開かれた。


「そうか、お前ら」


 ははぁんという擬音が聞こえてきそうなにやにやとした笑顔を浮かべるボンルさん。



「さてはお前ら、船に乗りてえんだな」

「考える必要もなさそうなことを言い当ててこの自慢げな顔、ちょーうざい」


 アスカの語彙が悪口方面に伸びすぎた。こんな言語能力は必要ない。

 いつかこの口が災いして人を殺すか殺されるかするんじゃないだろうか、とヤマトは不安になる。


「てめっ……ああいや、そうだろうそうだろう。この時期ならちょうど今年の最後の船便の準備中だからなぁ」


 アスカと言い争っていても金にならない。ボンルさんはとりあえず口の悪いガキは放置してフィフジャと会話することを選択した。


(今年最後の船便か)


 ボンルさんにとっては常識なのだろうが、ヤマトたちにとっては知らない情報だ。

 とりあえず頭の中で稼ぐ手立てが思いついたのか、ボンルさんは上機嫌に話す。


「いいじゃねえか、俺様がちょっと話をつけてやろうぜ」

「あー、うー、いや……」

「遠慮するこたぁねえぜ。俺様の顔でいやだって言う奴はそういねえからよ。まあちょっとばかし船代はかかるけどな」


 言いよどむフィフジャの肩に手を回してばんばんと叩く。

 フィフジャの葛藤。

 船に乗る伝手がないこちらにとって、話を通してくれるというのは決して悪いことではない。都合がいいと言ってもいい。

 仲介料を払うのだって別に構わないのだ。法外な金額でなければ。

 だが、しかし。



(この人、信用していいのかな)


 ヤマトの疑問は、フィフジャの迷いと同じなのだろう。それが最大の問題だ。

 それともう一つ問題が。


「こんなチンピラ信用できないし」

「あーはいはい、アスカはもう当分黙っていた方がいいから」


 これ以上混ぜっ返されてはフィフジャの心労が危険なレベルまで溜まるだろう。


「私みたいな可愛い女の子を悪い船乗りに売りつけたりするかもしれないじゃない」

「なァ……っとに、お前みてぇな口の悪いガキを買ってくれる物好きなんていねえよ」

「どんな荒んだ生き方をしてきたんですかね、ほんと」


 ツウルウが苦笑いを浮かべてボンルさんを宥めた。

 森で生きるか死ぬかの生活をしてきただけなので、他人に対して荒んだ生き方はしていないはずなのだけれど。



(奴隷商っていう商売は、やっぱりあるんだよな。ノエチェゼにも)


 荒んだ商いが成立する程の社会なのだと理解する。地球にだって百年くらい遡ればあったのだから、文明的に中世以前のこの世界にあっても不思議はない。



「まあアスカの言うこともわかるさ。いきなりあんたらを信用することはできないのも本当だ」


 アスカが言葉にしてくれた事実を否定はせずにフィフジャが告げる。

 信頼関係がない。


「まあそりゃそうだわな」


 アスカのように噛み付くような言い方ではないので、それについてはボンルさんも頷く。


「それについちゃ仕方ねえさ。俺も別に無理に船に積み込もうって話はやめとくぜ」

「そうか」

「うまくいったら、って話でいい」


 にやりと笑う。



「大陸まで出る船を持ってる船主は限られてる。俺様が知ってる船主は何人かいるからよ。そん中でお前らが信用できるって思える相手がいたらってことでどうだ?」


 複数の選択肢。

 なるほど、そういう話をされたら可能性が広がる。


(このボンルさんって、頭は悪そうだけどこういう交渉力みたいなのはあるみたいだ。そうやって生きてるから、こう言えば相手が食いつくってわかるのか)


 金をせびって生きるチンピラ風の生活の知恵というのか。嗅覚かもしれない。

 少し沈黙してから、フィフジャがヤマトの方に視線を寄越す。

 他に何かあてがあるわけでもない。成功報酬でいいというのなら別にいいのではないか、と。ヤマトは頷いてみせた。



「わ、もぶ……」


 アスカが何かを言おうとしたので強制的に口を塞ぐ。どうせ余計なことだ。

 塞いだヤマトの手の平に唾がついた。気持ち悪い。手を洗いたい。


「そう、だな。そういうことなら引き合わせてもらおうか」

「よぉし話は決まりだな。じゃあさっそくノエチェゼに行こうぜ」

「うぇ、帰るのかぁ」

「何聞いていたんですかね、このデカブツは」


 勢いよくフィフジャの背中を叩いて上機嫌に宣言するボンルさんと、ここまで来た無駄足を嘆くウォロにツウルウが呆れた声をかける。

 さあ行くぜ、とやけに張り切っているボンルさんに急かされて、ヤマトは日陰に敷いていたシートを畳んだ。

 アスカは不満そうだったが、さすがにここで聞き分けのないことは言わない程度の自制心はあるようだった。



 ふと気がつくと、グレイの姿がない。


「あれ、グレイ?」


 声を掛けると、川の方からグレイが走ってきた。

 話がつまらなかったのかお腹が空いたのか、川でまたベジェモを捕まえて食べていた。



「よおし、船は待ってちゃくれねえからな。しゃきしゃき行くぜ」

「ああ、余計に暑苦しい」

「言うなってば」


 ぼそっと毒を吐くアスカをどうしたものか。

 三馬鹿たちが信用できるかどうか以前に、アスカがボンルさんと喧嘩を続けそうだ。


(面倒なことにならないといいんだけど)


 歩く汚物を見ているかのようなアスカの表情を見れば、ヤマトの願いは届きそうになかった。



  ◆   ◇   ◆

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