二_012 三馬鹿と不機嫌な妹_1
そのまま軽く食事をして一休みをした後、その面倒な出来事は始まった。
グレイが耳をピクリと動かして、北の方角に顔を向ける。
「誰か来るな」
一緒にその方角に注意を向けたヤマトも、グレイに遅れて近づいてくる気配に気がついた。
物見櫓から二キロほど離れたあたりの茂みから近づいてくる人影。
目は悪くないのか、向こうも少し近づいた所で櫓の下にいるヤマト達に気がついたようだ。
距離が近くなってきて成人男性の三人組だと判別できた。
先頭の男はひょろりとしていて糸の様な目をしている。顔は少し青白い。
その後ろの男は、一人だけ着ている服の色が鮮やかだ。右側が黄色、左側が青という奇抜な印象のベストで、その下は何も着ていないので腋毛やら胸毛やらが溢れている。
最後尾は巨漢の男で、暑さのせいかそもそも服がないのかわからないが、上半身は裸だ。手には大きな片刃の斧を手にしている。丸みのある体と丸い頭の巨漢の裸族。
斧の背中側は分厚く作られていて、ハンマーとしても使えそうな道具だ。
だいぶ近づいてきてから、先頭のひょろ男がひゅうーと口笛を吹いた。
こういうところは地球と変わらないのか。実にチンピラ風だ。
「他所者ですぜ、大将」
「大将はやめろって言ってんだろ、ツウルウ」
「へへ、でしたっけ。ボンルさん」
ツウルウと呼ばれたひょろっとした目つきの悪い男がにやにやと笑いながら答えた。
ふん、と鼻を鳴らして偉そうにしている若者。ボンルさんと呼ばれたが、明らかにツウルウより若く見える。
その後ろの巨漢は何も喋っていないが、離れていてもわかるほど鼻息が荒い。
「ずいぶんとお綺麗な女連れてるじゃあないですかい」
一瞬だけ、ツウルウの細い目が見開かれてアスカを捉える。
ヤマトがちらりとアスカを見ると、この状況でちょっと得意げな顔をしていた。
(バカなのか、うちの妹)
「バカかおめえは。ガキじゃあねぇか」
「ぉふ、子供だぁな」
ボンルが軽くツウルウを小突き、後ろの巨漢がやや聞き取りにくい太い声で笑った。
再度ヤマトがちらりと見ると、アスカの目が非常に冷たく彼らに突き刺さっていた。無価値で不快なものが自分の領域にある時の目だ。
「フィフ、殺すと問題ある?」
「待て、ちょっと待てだぞアスカ」
さすがに今の軽口程度で殺すのは行き過ぎだろう。少し慌てた声音でフィフジャが止める。
止め方が狂犬への指示のようだが、似たようなものだから仕方ない。
(グレイは……寝てる?)
聞こえているだろうが、グレイは興味が湧かないのか日陰で寝そべったままだった。
脅威ではないと感じているのか。あるいは人間相手だからなのか。
「あー、あんたらはノエチェゼの住人か?」
「そうだぁ、ボンルさんはノエチェゼで一番の――」
「親切に答えてんじゃねぇよウォロ」
今度は後ろの巨漢が、ボンルさんに小突かれた。
ウォロと呼ばれた巨漢はボンルさんより頭一つでかいので、小突くのも背伸びしてだったが。
叩かれたウォロはえへえへと笑っている。
小突いてみたもののあまり堪えた様子のないウォロに呆れながら、ボンルさんがこちらに向き直った。
「てめえらは何モンで、ここで何してんだ?」
子分――多分、子分という扱いでいいのだろう――の二人に話させていると苛々するのか直接聞いてきた。
その質問には素直に答えるべきだろうか。
「俺たちはリゴベッテの探検家だ。ズァムナ大森林を調査してきた帰りだ」
「あぁ、お前らが?」
フィフジャの返答に訝しげな顔をするボンルさん。
無理もない。フィフジャはともかく、ヤマトもアスカも若すぎる。
「腕には自信があるからな。運もよかったが、黒鬼虎も狩れたから町で売って金にしようかと思っている」
フィフジャが荷物の方を顎で示すと、彼らの視線もそちらに向かって驚きの表情に変わった。
「まじかよ、大将。本当に黒鬼虎の毛皮ですぜ」
「黒鬼虎を……いや、そりゃあお前無理があんだろ」
少しだけ戸惑った様子で頭を振るボンルさん。大将と呼ばれたことを気にする余裕はなさそうだ。
金になる黒鬼虎の毛皮だが、それを入手するだけの力がある一行だとは思えない。
「たまたま死に掛けか何かの黒鬼虎でも見つけたんだろうよ」
そういう結論であれば納得できるとでもいうように、言ってから自分で頷いている。
こちらの戦力が自分たちより下だと判断したら、襲ってくるのだろうか。
「グレイ」
ヤマトが呼ぶと、後ろでふぁぁとあくびをしながら立ち上がる気配があった。
明らかにぎょっとした様子で後ずさりする三人組――三馬鹿でいいだろうか。
「ぶぇぇ、おおかにだぁ」
「なっ、銀狼なんか連れてるのかよ」
怯えた声で数歩後ろに下がるウォロとツウルウだが、リーダーであるボンルさんはそれ以上は後ろに下がらなかった。かなり表情は引きつっているが。
「お、どろかせてくれるじゃあねえか。そんなもん連れてるなら、まあ確かに黒鬼虎も倒せるかもしれねぇな」
「ええと、ボンルさん?」
「あァ? 気安く呼んでんじゃねえぞクソガキ」
叱られた。
ヤマトとすれば一応丁寧に呼びかけてみたつもりなのだが。理不尽だ。
「そんなに噛み付くなよボンルさん」
「てめぇ……」
わざとからかうように続けたフィフジャを睨みつけるボンルさんだったが、さすがに銀狼が同行しているのを見て襲い掛かってくるほど短絡的ではないようだ。
ぎりぎりと歯軋りしながらフィフジャとヤマトを睨むのだが、彼の注意はアスカには向いていない。
アスカは手元で投げナイフを握りこんでいて危険なのだと教えてあげたいところなのだが、聞いてくれそうにない。
「俺たちはとりあえずノエチェゼに行きたいだけなんだ。別にこんなところで殺し合いをしたいわけじゃない」
「はあ? 殺し合い?」
「なんて物騒な連中なんだぜ」
敵愾心を解こうとしたフィフジャに対して、気の抜けたような声を出すボンルさんと、肩を竦めるツウルウ。
「おっそろしいなぁもう」
大斧を地面について、ぶふーと息を吐くウォロ。隙だらけで戦いの心構えという様子でもない。
それを見てフィフジャは目をぱちくりとさせる。
「あれ? あんたら強盗とかじゃあないのか?」
「ば、ばっかいえお前! 誰が強盗だ誰が」
やや感情的になって一歩踏み出して言い返したボンルだったが、近づいて大声を出したせいでグレイが牙を剥いて威嚇したのですぐに一歩引いた。
ごほんと咳払いをしてから、お世辞にも善人には見えない笑顔を作り、
「俺らは、あれだ。ノエチェゼの警備団だ。俺様はボンルだぜ」
右側が黄色、左側が青の自分のベストの胸を叩いて、堂々とした様子でそう称する。
わざわざ名乗っていただかなくても、さっきから聞いてるし呼んでいるのだが。
「ボンルさんはノエチェゼ一番の警備隊長なんだな」
「まあ町の組織とかじゃあなくて勝手に名乗ってるだけですがね」
得意げな三馬鹿の自己紹介に、フィフジャとヤマト、アスカは顔を見合わせて、首を振った。
有り得ない。
「どう見ても盗賊とかゴロツキとかでしょ」
それを口に出すのも有り得ないことだと兄は思うのだが。
◆ ◇ ◆
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