二_011 根を伸ばす知恵
「んーだからさ、フィフジャの使ってる代償術も、たぶん電気なんだよ。こうビリビリって」
「意味がわからないし、反省の色が見えない」
ふと気がつくと、心配そうな二人の顔があった。ヤマトとフィフジャだ。
ぼんやりと二人の顔を見ながら思い返す。
暑くて、だるくて、とりあえず涼しくなるように風でも吹かないかなぁと。
フィフジャが代償術を使うのを見ていてわかった。右手からエネルギーを奪って、左手から放出する。逆の場合もある。
それらを仲介するときに変換しているのは、熱ではなくて電気だ。
体内を電気が走っている。フィフジャの使う代償術というのは、電気エネルギーの置き換えのようなことなのだと思った。
エネルギーを失ったほうは冷えて、与えられた方は加熱される。
多分、風とかそういうのもそんな原理なのだろうと予想してみた。謎理屈だけれど、無から何かが生まれるわけではない。
動物の体内には生体電気が流れているというし、神経伝達や記憶なども電気信号だということだ。
おそらくこの世界の生き物はそういった電気を、ある程度自分の意思で管理活用することが出来る。地球にも電気うなぎなんて生き物がいたのだから、可能性はある。
それが魔術なのではないかと思った。
使いすぎると頭が痛くなったり吐き気がする、というのもその影響かと。
ぼんやりと考えながら、思ったのだ。
だったら私でも出来るんじゃないかな、なんて。だってほら、地球にも電気うなぎ云々。
結果として、出来た。
手の平にビリビリと集める感じで、なんて意識を集中してみたら、何となくそういうようになった。細かな毛穴が呼吸するような感覚。
右手の平からは空気中の静電気を集めるようなイメージを、左手からは放出するようなイメージを。見えない粒子がアスカの肌を右から左へ滑るような。
そんな風にしていたら、電位差のせいなのか空気が対流を起こすように動き始めて、イメージ通りに風が渦を巻いていって。
(……止め方がわからなくなったわけで)
涼しいなーなんて思っていたら、どうやって終わりにしたらいいのかわからなくなってしまった。
ヤマトとフィフジャが心配そうにしていたのは、アスカが意識を失ってしまったからだろう。
そう思い至って言い訳のように魔術の説明を始めたのだが。
「アスカ、君のやったことは本当に危ないことなんだ」
フィフジャが、いつになく真剣な顔で言う。
「でも……」
「でもじゃない」
言いかけたアスカに首を振るフィフジャ。
見ているヤマトも今回はかなり心配したようで、とても庇ってくれる雰囲気ではない。
「お前が痙攣し始めて、フィフが両手で耳の下辺りを叩いたんだ。それでぱったりと意識をなくして」
緊急措置としての対応。
何らかの方法で、魔術を止められないアスカの意識を奪って強制的に停止させた。
顎から耳の辺りがじんと痛む。その痛みは自分の失敗の痛み。
「魔術を制御できないと廃人になることもある。死ぬことだってあるんだぞ」
「……ごめんなさい」
よほどひどい状況だったのだろう。
しゅん、という顔をして謝ってみて、上目遣いにフィフジャを見てみる。
「…………」
フィフジャの表情は固いままだった。
今日は、簡単に許してもらえそうにはない。
「ごめんなさい」
もう一度、今度は本当に反省をして謝る。
口先だけで誤魔化されてくれないくらいに心配をかけた。
それについては心から申し訳ないという気持ちがある。心配をかけたかったわけではない。
「でも、心配させたかったんじゃなくて……上手に出来たら、褒めてもらえるかなって……」
「……本当に、君って子は」
やれやれと呆れたように首を振って、フィフジャは髪の伸びた自分の頭をかきむしった。
それから、ぽんとアスカの頭を撫でる。
「本当に、困った天才なんだからな」
くしゃくしゃっと乱暴にアスカの頭を撫でて、笑った。
「うぅ、頭痛い」
「それは罰だ。仕方ない」
なんだか頭がくらくらする。風邪とは違う、頭の中でくわんくわんと鐘でも鳴っているような痛み。
それになんだか胸焼けもする。二日酔いというやつかもしれない。
(あー、これが魔術酔いとかそういうのかなぁ。気持ち悪い)
呻きながらごろんと寝転がって頭を抱える。
「暑さが我慢できなくて魔術使えるようになるなんて、天才なのか阿呆なのか」
「昔からちょっとおかしいんだ、アスカは」
好き勝手なことを言われるが、反論する気力が湧かない。
(でもまあ、やっぱり私ってばすごいじゃん)
気持ちが悪くてへばっていても、つい口元がにやけてしまう。
もしかしたら地球人には出来ないかもしれないと思っていた魔術だったが、出来てしまった。
この星の環境だとかそういう要因もあるのかもしれないが、こういう超能力が使えたらという夢が一歩前進した。
熟達して応用していけば、もっと色々なことが出来るだろう。
「これで調子に乗らないことだな。強制的に意識を奪うのだって、二度目から効きにくくなっていくから」
「なんで?」
「さあな、体が慣れていくんだろう」
電気ショックみたいなものだとすれば、続けて受けても耐性がついていってしまうのか。
フィフジャとヤマトの会話を聞きながら推察する。おそらくフィフジャやこの世界の人々には電気というエネルギーが認知されていない。
実際、雷と同じものが自分の脳やら筋肉やらに走っていると言われても納得できないだろう。アスカにだって別にきちんと理解できているわけでもない。
(身体を強化するっていうのも、こういう電気信号の何かなのかも……まあいいや、よくわかんないし)
考えていると疲れてしまう。ただでさえ頭が痛いのに。
自業自得だが。
「うーフィフー、お水ちょうだい」
「本当にいい性格してるな、君は」
「よく言われるー」
「褒められてないぞ、アスカ」
「きーこーえーなーいー」
ヤマトの言葉を雑音でかき消していると、フィフジャが代償術で水を冷やしてくれた。
その術の使い方を、薄目を開けて見極める。
(ああ、そっか。終わる時は瞬間的に全身の出力……電圧? を上げて、流れを堰き止めちゃうのか)
水圧と一緒だ。圧力が高ければ流れ込まない。
それまで右から左へと流れていた力が強制的に止められて、それで術をおしまいにしている。
先ほどはそれがわからず、ただ右から左へ流れていくのを止められなかった。
ちゃんと観察してみればわかるものだ。
(これで謎は全て解けちゃったぜ)
反省していないわけではない。反省したから、ちゃんと学習したのだ。
失敗は次に活かせばいいのだとフィフジャも言っていたような気がする。彼の言いつけを守っているだけということで。
「あ……アスカ、本当に大丈夫か?」
にへーと不穏な笑みを浮かべながらコップを受け取ったアスカに、気味悪そうな表情を浮かべるフィフジャ。
「どこか気分が悪いならちゃんと」
「ううん、大丈夫。よくなってきたから、ありがとう」
冷えた水を飲むと、酔いもだいぶ感じなくなってきた。
「いやフィフ、これはだいたい悪いことを考えてる時の顔だから」
「うるさいし」
実際にその通りなのだが、やはり兄妹というのは長く一緒に暮らすせいで余計なことに気がつく。
べーっと舌を出してから残った水を一気に飲み干す。
「平気ならいいんだが、あまり心配をさせるなよ」
「はぁい」
体調が戻ってきたからといってもう一度実験を、というわけにはいかないだろう。やってみたいが。
いくらアスカでも多少は自重する気持ちがないわけではない。
(別に二人に心配かけたいわけじゃないんだから)
少しはおとなしくしている時間も作っておかないと、監視の目が厳しくなるかもしれない。
そういう計算もちゃんとしておく。
「フィフーお腹すいてきた」
「大丈夫そうだな」
呆れ半分、安心半分という顔をするフィフジャは、どうせ最終的にはアスカの要求には甘いのだ。
◆ ◇ ◆
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