二_003 追剥と光る靴_2
「他にも仲間がいるかもしれない」
そういうわけで、気絶した
縄は竜人が持っていたので、それを使い木にくくりつける。
アスカもロープを持ってはいるが、こんな奴の為に残していくつもりはない。縄がなかっただどうしただろうか。念の為仕留める、ということはなかったと思うが。
彼は縄を持っていて幸いだった。
このまま死んで干からびたりしたらイヤなので、食料や水はそのまま近くに残しておいた。足を伸ばしてでも掴めばなんとか飲めるのではないだろうか。
目が覚めて、四苦八苦すればいずれ縄も解けるだろう。簡単に解けたら困るのである程度はしっかりと結んでおく。
立派な戟は……まあやめておこう。
これを奪っていったら今度はこちらが追剥みたいだ。
そもそも荷物になる。持ってみたら結構重かった。
「こんな場所に来るんだから、竜人の中でも腕に自信はあったんだろうけど」
フィフジャの言い分だが、確かに身のこなしは達人と言えるほどだった。
不意打ち気味のフィフジャとヤマトの連続攻撃に対応していたのだから、弱いとは思えない。
いや、かなり強いのではないか。
二人に加えてグレイにまで注意を払っていた。襲い掛かってきたら対応できる様子で。
腕に自信があるけれど集落でははみ出し者。
だから腕自慢か狩りの為なのか。大森林に向かっていて、途中で見かけた人間から荷物を強奪しようとしたのかもしれない。
ヤマトのリュックサックはドラゴンの絵が描かれたものだから、竜人が欲しくなったとしても不思議はない。彼らは竜を信仰しているという話だし。
「……」
早く行こうというアスカを無視して、ヤマトは木に縛り付けた竜人の追剥に両手を合わせていた。
妹の所業の残酷さを詫びている。人として。
男として。
懺悔の後、歩み始める一行。
フィフジャが歩く位置はいつもより一歩遠い。アスカとの距離が。
待たされて不満そうなアスカの気配を察して、さらに一歩遠のく。
「仕方なかったじゃない、ねえ」
『クゥ』
同意を求められたグレイは、少し困ったように曖昧に鳴くのだった。
◆ ◇ ◆
森での行程を思えば、圧倒的に楽な進行になっていた。
視界がよいので障害物や険しい地形を先に見通して、それらを回避しながら進むことができる。
森では、進んでみたらかなりの高低差に迂回したり、ロープを掛けて登ったりすることもあった。
視界が広いというのはとても助かる。
また、凶悪な獣が少ない。
草むらの中には山狸がいたり小さな鳥が巣を作っていたりとしているが、これらは凶暴ではない。
一部、狐のような生き物が小さな群れで狩りをしていたが、その程度だ。
森で見た廻躯鳥より小さい個体が多い。餌が少ないせいなのかもしれない。少し違う種類という可能性もある。
枝などで擦り傷を作る心配がないので、ヤマトもアスカも上はシャツだけになった。
防具も必要なさそうだったのでヘルメットごと荷物にくくりつけて、頭には日差しを避けるための帽子だけにしている。
ヤマトは祖父の幼い頃の野球帽。アスカは母親が使っていた水色の帽子だ。
フィフジャは頭にタオルを巻いている。森の中では日差しはそれほど気にならなかったが、平野では夏の日差しが強い。
「そういえばヤマト、何歳なんだ?」
歩きながら、ふとフィフジャが訊ねた。
「ええと、いち、よん……十四。もうすぐ、秋に十五」
「そうなのか」
フィフジャが意外そうな顔をした。アスカが見る限り、フィフジャの感覚ではもっと年齢を下だと思っていたのだろう。
それからフィフジャはアスカを見て、何となく得心した顔をした。
「なぁに?」
「ああ、いや……アスカは?」
「十二」
だよな、と答えて勝手に納得するフィフジャ。
アスカのような大人びた――こまっしゃくれた――妹がいるのだから、ヤマトの年齢はそんなものかと納得したのではないか、
(絶対、私に無礼なことを考えたんだよね。きっと)
フィフジャの心理を読み解くアスカの視線は厳しい。
「フィフは?」
「俺は二十二歳だよ」
アスカの追求より先にヤマトからの質問があり、フィフジャが即座に答える。
「どうして急に?」
「ああ、いや……ほら」
なぜそんなことを今になって聞いたのかと聞かれて、フィフジャは立ち止まる。
そして、ヤマトと向き合った。
「背が伸びたなって」
ヤマトの頭に手を当てて。自分の口元あたりに水平に動かす。
初めて会った時は、顎の下くらいまでの背丈だったヤマトが、数十日の間に唇くらいまでに大きくなっている。
歩きながらそれに気がついたからそんな話題になったのだと。
「十五になったら準成人だな」
「じゅんせいじんって?」
「大体どこの地域でも、十歳までは子供、十四歳までは半人前。十五になったら大人の見習い。十六からは大人として扱われるんだよ」
また歩き始めて、そんなことを説明してくれた。
仕事の手伝いから独り立ちまでの慣習。
暦の数え方。夏の二旬の翌日が夏至、その後七十日までが夏として数えられる。
春九旬。九十日。地球の暦でいえばおよそ三月頭から五月の末まで。
夏九旬。二旬目と三旬目の間に夏至の日を挟んで九十一日。六月頭から八月の末くらいまで
秋九旬。九十日。九月から十一月の末まで。
冬九旬。二旬目と三旬目の間に冬至の日を挟んで九十一日。十二月から二月の末まで。
冬の終わりと春の始まりの間の日が元日。地球で言うなら二月二十九日あたりだろうか。
全部で三六三日で一年。
八年に一度、冬至の日がずれるので、新年の変わり目の元日を二日間にするとか。
今はおよそ夏の八旬目になるはず。夏九旬目が終われば、次は秋の暦がまた九旬続く。
一般的な庶民は、誕生日という細かい日付はなく、秋に生まれたなら秋の初日で年齢を数える。
人々の多くは農業や酪農に従事している。
フィフジャと森に同行した探険家のような種類の仕事をする人間は少ない。
腕に自信がある人間が害獣駆除ついでに狩猟を主な生業としていて、そこからさらに特化したような職業だ。
農業に飽いた子供たちからは憧憬を抱かれるが、実際には何か地元に居づらい理由があるような人間がやっている場合も多い。
中には、凶暴な魔獣を対峙したり、山奥から巨大な宝物を得たりして富と名声を勝ち得る者もいる。超魔導文明の遺物など見つければ状態によっては破格の価値もある。
当然、人里に近い場所にはそんな価値のあるものは残っていないので、そんな一攫千金を狙うのなら危険な場所に赴くことになる。ズァムナ大森林だとか。
フィフジャと一緒に森に来ていたのは、一定以上の堅実な実績のある探検家たちだった。
彼らも生活に困っていたわけでもないが、一生を遊んで暮らせる金銭を手にすれば老後も安泰なのだから、この探索に参加する意味はあったはず。
命は、落としてしまったわけだが。
それも探検家の宿命。珍しい話でもない。
農業、探検家以外にももちろん、商人や鉱山夫、加工職人、料理人という職業のものもいる。
いずれヤマトやアスカも、そういったものの何かになるのだろう、と。
「戦士とかは?」
「戦士って言っても、リゴベッテじゃ別に四六時中戦いがあるわけじゃないからな。城勤めの兵士だとか、商人の警備ならいるもんだが」
ただ戦うだけの職業などない、というわけだ。
「よほどの腕前と信用があれば、偉い人に護衛として雇われたりするかもしれない」
フィフジャの言葉だが、アスカにはあまり興味が抱けなかった。
偉い人に使われるのは気質に合わないだろうと。ヤマトも同様の様子だった。
そんな二人の心情を察したのか、フィフジャは苦笑する。
「普通の村なら、畑仕事なんかをしながら近場を荒らす獣を退治して生活するのがほとんどだよ」
「それなら、今までとあまり変わらない」
森での生活もそうだったのだから、普通に暮らしていくことが出来るだろう。
(たぶんお母さんも、そうやって平穏に生活してほしいって願っていたんだから)
偉い人の護衛というのも、ひどく危険が続くようなものではないだろう。気遣いはするだろうが。
ヤマトが暴走して探検家になるとか言い出さないように制御しなければ。その辺の手綱はアスカが握っていたほうがよさそうだ。
◆ ◇ ◆
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