伊田家 第四話 始まりの日_4



「……なんだろう、これ?」


 家の敷地の周辺は赤土で嵩上げされている。いやその赤土さえ地球の赤土とは質感が違うようだが、見た目は赤土っぽい何かで。

 家屋は小高くなっているために、少し離れても木々の隙間からちゃんと視認できる。


 その赤土で嵩上げされているところより少し下に、石が砕けたような残骸があった。



「白い……金属じゃあないな。石……何かの鉱物みたいな感じだけど」


 変な砕け方をしている。という印象だった。

 一本。長細い棒のような形の塊と、砕け散ってまちまちな大きさに割れた破片。

 もしかしたら、この家屋が転移してきた弾みで、もともとそこにあった岩が砕け散ったのかもしれない。



「あ、いや、もう一本あった」


 破片の下にもう一本、棒状の塊がある。最初に見つけたものより少し細い。

 日呼壱が拾ってみると、その先端は鋭く尖っていて、それ以外は滑らかな手触りだった。


「白い石の槍、みたいな感じだ」


 もう片方を健一が拾う。長さは二メートルより少し長い。日呼壱が持ったものは二メートルない程だった。



「ダンベルより少し重いか。三、四キロくらいかな」


 そちらも先端は鋭利に尖っていて、反対側に向かうにつれて太く、末端は丸くなっている。巨大な爪楊枝のような形だった。


「……」



 日呼壱は、とりあえず周囲を見回してから、軽く近くの木の幹に打ち込んでみた。


「お! っと、と」


 軽く振っただけなのに、割とあっさりと数センチほど突き刺さる。



「なんかすごい切れ味だ。バツグンだ」

「割れたところが尖りやすい石材なのかもしれん。黒曜石とか、断面が尖っているから石器に向いてるとか言うからな。何かに使えそうだ」

「とりあえず、今日の収穫は葉っぱと石器か」



 ――日呼壱たちは【石の槍】を手に入れた。


 とりあえず脳内でナレーションを入れてみる。特に意味もないが。


 石槍を置いて、別のカードサイズの白い破片を手にして木の幹に当てた。

 やはり尖った断面は滑らかに木の幹に傷を残すようだ。子供のころにアスファルトに色つき石で字を書いたように木の幹に走らせ、



『伊田家』


「とりあえず表札」


 家の前の大木に、家名を刻んでみた。


「おお、いいな」


 父親からいいねをもらった。



「ナイフみたいな切れ味だから、尖ってる方を持たないようにしないと危ないか」

「よし、この森のどこまで伊田家の敷地に出来るか、もっと探検しないとな」


 日呼壱の心配をよそに、何か父の心に野望の炎が燃え上がりつつある。

 石を投げて届いたところまでが俺の土地、という雰囲気か。本当に石器時代だ。

 冗談半分で、父親として息子を元気づけようという気持ちもあるのかもしれない。



「他の住人がいるかも……って、見た限りだと道もないから、知的生命体の生活圏じゃなさそうだね」

「日呼、お前いつもそんな難しいこと考えているのか? 勉強のしすぎだぞ」

「なんの為に周辺探索に出たのさ?」

「ぼうけ……いや、そうだな。社会生活が出来そうな発見はなかったな」


 健一の心の中の少年は、日呼壱が思っていたより活発なようだ。


(ああ、しばらくまともに父さんと話してなかったから忘れてたけど、キャンプとか好きだったし)


 クワガタを捕って自慢げに見せてくる父親のかつての姿を思い出して納得する。


「この尖った石は獣除けとか何かに使えそうだから確保しとこうか」

「それなら猫車を取ってこよう」


 とりあえず槍だけを手にして、それを杖代わりに坂道になっている赤土を親子で登っていった。



  ◆   ◇   ◆ 



「お、おぉ?」


 家に戻ると、少しだけ状況が変わっていた。

 地面が濡れている。



「裏から流れてきてるんだ」


 寛太が指を指す方向は、母屋と納屋の間。そちらから水が流れてきていて、今は芽衣子が車庫の土間に流れ込まないよう土で防壁を作っている。

 土で堤防とかトンネルとか作って水を流す遊びは、小学生にはそれなりに楽しめる。見ていると日呼壱もやりたくなってきたが。



「裏側はここの高さと同じくらいであっちの山まで続いてるみたいだった。山から流れてきてるんだと思う」


 先ほど納屋の裏に子猫を見に行った寛太の言葉に、源次郎と美登里を除いた全員でぞろぞろと家の裏手に向かう。



 源次郎は、家の敷地の前に椅子を置き、猟銃を手に門番のような様子で座っていた。


(爺ちゃん、けっこう楽しそう)


 特に言葉はなかったが、一緒に暮らしてきた祖父の機嫌は察することができた。

 未知への冒険心は、年を経ても心のどこかに残っているものなのだろう。


 美登里は庭にはいない。

 家の中で家事をしているような音がしていた。こういう状況でも母の変わらぬ姿勢に日呼壱は安堵を覚えるものだった。




 伊田家の母屋の裏には離れ座敷があり、その側には畑がある。畑といってもこれは大規模なものではない。家庭菜園的なものだ。

 その畑も忘れられずに家と一緒について来ていた。


 畑から、非常に緩やかな勾配で高くなりながら、北西側に続く山脈の麓へと続いている。山脈は南西側にも伸びている。

 北西から南に天高くそびえる山脈、その東南側に伊田家は位置していることが確認できた。



「あ、ここも赤土……これが境界線みたいだね」


 畑から少し行くと、表側の斜面にあったのと同じ地質の赤土のエリアが十メートルほど続いていた。ほぼ平らだ。

 その先はまた森になっている。こちらは木々の背が低く間隔もかなりまばらで、森というほどの状況ではない。並木道、程度の様相だった。


 木々の間から数百メートル先に山脈の岩壁が見える。

 水源は山の方にあるらしく、どうやらこの家が転移してきたことで流れが堰き止められて、伊田家の庭に流れ込むようになったようだ。



「湧き水かな」


 飲めるかもしれない。

 かもしれないが、危険かもしれない。


 よほどの状況で森の中を駆け回って、喉も体もカラカラの状態であれば、何も考えずに飲もうとするかもしれないが。



「あっ、こら」


 不意に寛太が声を出す。

 見れば、小さな猫が三匹、その流れてきた水を、畑の畦道でぺろぺろと舐めて飲んでいる。


『にぃ、にぃ』


 か細い声を出して、周囲にいる人間に警戒する様子はまったくない。

 これが子猫の強さだ。己の愛くるしさを武器としている。



「かわいいー!」


 それまで静かだった芽衣子が、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。


(可愛い、な)


 子供の笑顔は可愛いものだ。美少女ならなおさら。

 日呼壱はロリコンではない。ロリコンではないのだが、可愛いものは嫌いではない。


 子猫は、茶虎と、白黒茶の三毛、それに灰色と黒っぽいの虎縞、いわゆるサバトラだ。



(野良猫なんだからいろんな雑種なんだろうけど、兄弟姉妹でこんなに模様違うとか)


 本当に同じ親から生まれたの? などと疑問を持つが、


(猫は一度に複数のオスの子供を産むことがあるんだっけか。違う父親の可能性もあるのか。不倫ドラマだなぁ)


 どうでもいいことを思いながら、そっとその子猫たちに近づく。

 芽衣子は既にその猫に手を伸ばして撫でていた。小学生は怖いものを知らない。



「水、飲んでるな」


 ぴちゃぴちゃと舌を伸ばして水を飲む子猫たち。

 母猫はいない様子だが、母乳ではなくても良い程度には成長しているようだ。


「……しばらく、様子を見るか」


 健一の言葉に、日呼壱と寛太がその表情を確認する。

 未知の世界の生水だ。何か有害でないとも限らない。


 一晩経ったら凶悪な小鬼に変貌するとか、そうでなくても寄生虫などで胃腸を食い荒らされてのたちまわるとか。

 とりあえず家族ではないこの子猫たちの健康状態に影響があるかどうか、様子を見た方がいいだろう。

 これで健康に問題がないのならそれでいい。


 生体実験になってしまうが、現実にこの状況で生存する為には絶対に必要な情報なのだ。




「そうだね。そういえばうちの井戸水ポンプって動いてるのかな?」

「地下水がある所まで管が届いていれば出るだろうな。結局、この土地の水ってことになるが」

「ポンプって……ああそうか、あれだ。あの例の太陽光・・・・・があるんだ」


 寛太が屋根の方を指差して合点がいったとうなずく。


 井戸水ポンプは電動だ。電気がなければ動くはずがない。その電源は屋根の上にある。

 あの例の、と言われる設備。

 健一と日呼壱は苦笑するしかなかった。



  ◆   ◇   ◆

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