第7話 未来の君と
4月の春。
雲一つない空。まだ冬の名残があるせいか少し肌寒いが、仄かな日差しが照りつけ冷えた肌を温めてくれる。
僕はぶらぶらと散歩をしていた。ただし、ただほっつき歩いているという訳ではない。
自分がこれから住む街の探索も兼ねている。
ここに来たのは5日程前。親が転勤したためだ。
僕は中学校を卒業し、高校生になろうとしていた。
ちょうどいいタイミングだった。長いこと暮らしていた街や友達と離れることは多少の抵抗があったが、それでも新しい場所に行くというのは心が高揚した。
そして、今、僕はとある大樹のもとへ足を運んでいた。
この大樹には、町で語り継がれている伝説のようなものがある。
それは、「この町にある大樹は人を護る」という伝説だ。
戦時中、ある女性が大樹の元に祈りに行った。
それは毎週続いたが、ほどなくしてはやり病にかかってしまった。徐々に体が不自由になった。それでも彼女は大樹の元に通い続け、祈り続けた。周りが無理をしないよう注意しても聞かなかった。
「頼む。あの人が帰ってくるまでいさせて。ここで待つって約束したから」と
死ぬ間際、彼女は友人に自分を大樹のもとに埋葬してほしいと依頼した。
そして彼女の遺言通り、その遺体は大樹の下に埋葬され、いつしかその大樹は祈りの樹と呼ばれるようになった。
それでも最初は、極一部の彼女を知る人しかそう呼んでなかったらしい。
その名前が広がったのは老人が埋葬された5年後。
この町に大きな空襲があった。町は火の海となり、家だけでなく森や林も焼けた。
しかし、大樹はそんな業火を寄せ付けず全くの無傷だったという。
それだけではない。その空襲による死者がかなり少なかったのだ。
全く人が死ななかった訳ではないが、当時同じ規模の空襲と比べると3分の1の死者数だったのである。
恐らく単なる偶然であろうが、当時の人達は祈りを捧げた彼女に大樹が応えてくれたのだと考えた。
いや、そうであってほしいと思ったからだろう。
それから、約束の樹という名前がこの町に広がった。
それでも空襲から90年以上経った今ではその呼び名は忘れ去られつつあった。
知る人ぞ知る。そんな感じの小さな伝説となっている。
現在ではピクニックを楽しむ家族連れがたまに来たり、きれいに咲く草花を見にくる人だけでほとんど人が来ることはないという。
時折心に浮かぶ風景。
丘に草花が生い茂り、巨大な大樹が力強く立っている。そんな風景だ。
生まれて今までそんな風景のある場所に行ったことはなかった。
それなのにとても懐かしい感じがした。
その場所に行ってみたいと思った。
確かめてみたかったのだ。この懐かしく思う原因が何なのかを。
もちろんその風景がこれから行く場所であるものとは思ってない。
同じ風景を探せば世界中でいくつもあるだろう。
それでも、確かめてみずにはいられなかった。
町を出てひたすら歩く。
部活をやめてから勉強に明け暮れていたせいかもう息が切れかかっている。
部活をやっていた頃ならまだいけたのに。また鍛え直さなきゃな。
そう思いながらも、外を歩くのはいろいろな発見ができて楽しかった。
じゃれあっている野良ネコたち。都会では生えていないような草花。澄んでいる空気。
全てが新鮮なものに見えた。アスファルトに囲まれている都会ではなかなか見られないものばかりだった。
それにしても、最近の携帯は便利なものだ。とても見やすいうえに位置の誤差がほとんどない。
なにも持たずにどこかに行こうとすると同じ場所をぐるぐる回ってしまうほど方向音痴な自分にはありがたいことだった。
小さな森を抜け、丘が見えてきた。そこには大樹の頭も見えた。
上がっている息を整えることも忘れて走り出す。
そこで、目にしたのはあの記憶の風景だった。
「……あった」
言い知れぬなにかが自分の周りに働いているような気がした。
本当にここにあったとは。
大樹の元に行く。
太い根は大地をしっかり踏みしめ、枝は太陽に向かって伸び、緑の葉がうっそうと生い茂っている。
幹に触れてみる。ひんやりとした感覚が伝わってきた。
この大樹こそ、この景色こそ俺が求めていた場所だ。
根元にちょうどいペースがあったので、そこに仰向けに寝る。
本当になつかしい感じがした。
ここに来たことはないのに、この場所が何度も行き慣れた所のように思える。
そうだ。次、ここに来るときに本を持ってこよう。草木の香りに囲まれて読む本はとても楽しいだろう。
眠気が襲ってきた。長いこと歩いたせいで疲れたのだろう。
ここで一眠りすることに決めた。ほってった体を風がひんやりと包む。
まぶたが重くなり、それに抗わず目を閉じる。
そのとき、誰かが近づく音がした。
「ん、何だ、先客か?」
少女の声がした。
思わず飛び起きてしまった。
「おわっ」
少女は驚いたのか、後ずさりその勢いで尻もちをついてしまった。
「あっ、ごめ――」
驚かせたことを謝り起こすために手をとろうとしたが、止まってしまった。
目を奪われてしまった。
小柄な体躯に、背の中程まで伸ばした漆黒の髪と同じ色の釣り目気味の目。
美しかった。いや、それだけでない。なにか特別な思いが俺の胸に駆け上がっていった。
思わず少女の顔を見つめてしまう。
彼女の方も俺の顔を見て固まっていた。
「お前……、どこかで会ったか?」
少女は少し困惑したかのような表情で言った。
「いや、多分ないと思うけど……」
こちらも確証がないのではっきりとは言えなかった。
今まで生きてきた記憶の中でこの少女に会った記憶はない。
それでも、どこかで会っていたような気がする。遠い、遠い昔に。
「……」
2人の間に微妙な空気が流れる。
「なんか、ごめん。寝ていたところに」
微妙な空気に耐えかねたのか少女が話しだした。
「いや、ちょうど寝ようかと思っていたところだから大丈夫だよ」
「そうか。その……、隣いいか?」
起き上がりながら少女は言う。
「えっ?」
いきなりのことに言葉が詰まってしまった。
確かにいる根元のスペースはそれなりに広く、2人は座れるくらいはあった。
それでも、少し動いたら、肩がぶつかるかもしれないくらいの広さだった。
少女の顔が突然赤くなった。
「あっ、いやっ、違うぞ!そこはわたしのお気に入りの場所だから座ろうと思っただけだ」
少女は変な意味に言葉を取られたのかと思ったのか顔を赤くしながら慌てて手を振って否定する。
「別にいいけど。どこうか?」
この場所にこだわる必要はないので、そう提案する。
「いいよ。お前が先に来てたんだから。」
そう言いながら、少女は俺のすぐ側に座った。
そこからすぐに持っていたカバンから本を取り出す。
「本、好きなんだ」
なんとなく話しかける。
「ああ、ここで本を読むのが好きなんだ。家で読むよりもずっといい」
少女はそのまま本を開き読み始めた。
僕もそれ以上話しかけるのは悪いと思い、寝転がりながら景色を楽しむことにした。
うん。とてもいい。空気は澄んでるし、草花の香りもいい。もう少し暖かくなったら最高だな。
そう思いながら目を閉じた。
「なぁ、起きてるか?」
10分くらい経った頃に少女が話しかけてきた。
「ん……。起きてるよ」
片目を開けてそう反応した。
「お前、ここに来るのは初めてか?今まで来てなかったしな」
「ああ。と言うかこの町に来たのもつい最近だ」
「そうか。でこの場所、来てみてどうだった?」
「んー。とってもいい場所だと思うよ。次はいつ来ようかなって考えるくらいに」
「本当か!」
少女は突然大声をあげた顔を近づけた。
あまりにも近すぎて少し後ずさってしますほどだ。
そんなにこの場所がいいと言われたのがうれしかったのだろうか。
少女はそんな状況を気にせず僕の返答を期待した目で見ていた。
「ああ。ここは特に空気が綺麗だし、日陰もばっちりだし、草花もきれいだ。
昼寝もしやすいし、……本を読むのもいいかも」
すこし気圧されながら答える。
「だろー。ここは読書をするのに絶好の場所だ」
得意げにそう言う彼女はとても可愛かった。
「それに、ここにいると懐かしい気持ちがするんだ。まるで誰かとずっとここでいたような」
目を細めてそう言う。本当にこの場所が好きなのだろう。
その後、あっと彼女はなにか思い出したかのような顔をした。
「そうだ。お前、名前は?これからもここに来るんだろ?来るなら聞かないと不便だしな」
「僕の名前?名前は南、南悠だよ。」
日だまりのような笑顔を少女は浮かべた。
「よしっ。じゃあ、これから悠って呼ぶからな!」
力強く肩を叩きながら彼女は笑顔でそう言った。
その笑顔はとても懐かしいものだった。
まるで、前世から会っていたかのように。
もう少しでなにか掴めるような気がした。
「君の名前は?」
「私か?私の名前は――」
いつか君と ささくれ @homhom777
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