第6話 決意

 大粒の涙がこぼれ、嗚咽が漏れる。

 目の前に人がいる手前涙を抑えようと下を向き顔を手で覆っても涙は止まってくれない。

 約束を守れなかった。彼女を独りにしてしまった。

 そんな言葉が胸の周りにぐるぐる回っている。

 死んでしまった以上、約束は果たせない。

 そんなことはわかっている。わかっているが、あきらめきれない。


 「おじいさん」


 自然と言葉が漏れ出てしまった。

 彼に話しても解決できることではないとわかっている。

 それでも話さずにはいられなかった。


 「なんですかな」


 優しい声だった。それは俺の心を暖かく囲むようだった。


 「俺は、俺は……」


 全て話してしまった。彼女のこと、約束のこと、それが守れなかったこと。

 沈黙が訪れる。


 「あなたの奥様は、ずっと待つと言ったのですよね」


 老人はゆっくりした口調で話始めた。


 「それなら、後はわかるでしょう。行ってあげなさい」

 「でも……」

 「世界は繋がっている。過去から未来に。過去のことは忘れてしまうかもしれないけれど、それでも彼女があなたを信じ、あなたが彼女を信じていればまた会えるでしょう」


 「俺に、できるでしょうか」

 「できますよ。あなたと一緒にいた時間は極僅かでしたけど、あなたにはそれができると私は思っていますよ」 


 心につっかえていた何かが取れたような気がした。

 そうだ。まだ諦めるわけにはいかない。彼女が待っていると言っている限り会いにいかなければならない。

 弱気になっていた自分を奮い立たせる。


 「おじいさん。その、ありがとうございました」


 老人に頭を下げる。


 「いや、私はただ思ったことを口に出しただけですよ」


 そう言って老人はまた窓の方に顔を戻した。

 老人の目には何が映っているのだろうか。

 前に話した街がまだ映っているのか、それとも他の思い出の地が映っているのか。

 

 それからしばらくすると汽笛が鳴った。

 列車が速度を落とし始める。


 「さて、私が降りるときが来たようだ」


 老人が椅子からゆっくりと腰をあげる。


 「あの……」 

 「君はまだ、降りるべきじゃない。なに、そのときが来たらわかりますよ」

 

 老人は、俺が一緒に降りるために声を掛けたと思ったのだろう。

 でも、それは違う。

 俺は彼に感謝を伝えたかった。

 けれどなかなか言葉が出なかった。言いたいことがたくさんあった。

 

「その…、色々とありがとうございます」


 頭を下げる。

 結局こんな言葉しか口に出せなかった。でも、これが1番伝えたかったことだ。

 老人はそんな俺の様子を見て肩を震わせるように笑った。


 「別に私は何もしてないですよ。これからは君次第だ。頑張ってください」

 

 老人は歩き出す。

 列車の出入り口を超えたとき老人は振り向き帽子をとった。


 「では、縁があったらまたいつかどこかでお会いましょう」


 ボーッと汽笛がなり扉が閉まる。

 老人は歩きだした。その後ろ姿はすぐに他の降りた人たちによってかき消されてしまった。


 もう一度汽笛が鳴り、列車は緩やかに走り出した。

 また外の景色を見る。

 そこにはまだ野原と大樹があった。

 俺はそれに食い入るように見つめる。

 もう2度とこの景色を忘れない。そしてもう一度彼女に会うんだ。会って約束を果たすんだ。

 そう決意する。


 列車は進む。時間をかけて。死者を運び次の世界へ送る。


 降りる時が近づいてくるのが分かった。

 もうすぐこの景色と分かれることとなる。

 けれど、不安はない。

 この風景は心に刻んだ。もう忘れない。

 汽笛が鳴る。


 さぁ、彼女に会いに行こう。

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