第5話 別れ

 少年と少女が出会ってから5年が経った。

 二人とも少年と少女と呼ばれる年齢を超えて大人となった。


 男は彼女と籍を入れた。


 男も彼女も当時は互いに結婚するなんて思いもしなかった。

 男から見たら彼女は、口が悪くて男勝りでけんかっぱやいため当時の世間の、そして同じく男の理想としていた女性像とは180度違っていた。

 彼女の方も理想の男性は、屈強な体に強い意志を持つような男だったため、線が細く、悪くいってしまえば風が吹けば飛んで行ってしまいそうな少年の方にはあまり興味がなかった。

 だから大樹の下で会うたびにけんかをした。

 どっちが先に来ただの、寝息がうるさいだの、つまらない理由ばかりだった。

 それが日常となっていった。

 今思えば、そこからだろうか。互いを意識し始めていたのは。


 仕事帰りにそんなことを考えながら歩いていたら、家に着いた。

扉を開けて家に入る。


 「ただいま」


 おいしそうな肉の香りがした。


 「おう、おかえり」


 相変わらず男っぽい口調で彼女は俺を迎える。

 テーブルの皿には肉じゃが盛られていた。湯気がたっており、出来立てらしい。


 「今日は豪勢だな」 

 「だろー。親戚の人が送ってくれたんだ」


 戦争が始まって2年。

 食料事情は悪化していた。もう肉はほとんど見なくなった。


 上着を脱いで椅子に座る。


 「いただきます」


 さっそく肉じゃがを頬張る。

 久しぶりに食べた肉はもちろん、じゃがいもも甘辛く自分の好みに合ったものだった。


 「どうだ?美味しいか?美味しいだろ?」


 彼女は俺の顔を覗き込みながら得意そうに聞いてきた。


 「ああ、美味しいよ」


 彼女は「っし!」と言いながら小さくガッツポーズ取る。

 いつもと変わらず、感情がわかりやすいのが可愛いな。

 そう思いながら再び肉じゃがを口に運ぶ。


 「なぁ、また肉が手に入ったらつくってやるよ」 

 「ああ、頼む」


 ふと思う。大樹の元に行く機会はめっきり減ってしまった。

 次、行くのはいつになるのか。

 あの日々を懐かしく思う。

 戦争が終われば落ち着いてあの場所でまた2人で肩を寄せあって本が読めるだろうか。

 小さな願いを秘めながら、俺は彼女と幸せな日々を過ごした。



 数年後俺は港に立っていた。隣には彼女が寄り添うように立っている。

 すぐ近くには大型の船が浮いており、周りには多くの人がいた。

 ある者は家族と抱き合い、ある者は泣いている我が子供をなだめている。

 またある者は自分の街に向かって敬礼している。

 これから俺は戦争に行く。

 それはすなわち、2度とこの地を踏むことも彼女に会うこともできなくなるかもしれないということだ。


 「なぁ」


 彼女が服の袖をつかむ。


 「絶対に帰ってきてくれるよな?」


 不安げな顔。いつも元気で笑っている彼女にはあまり見られない表情だった。

 この国の戦況はとても厳しいものだった。本営は自船に多少の被害があったが敵船をいくつ沈めただの、地上戦では不要な箇所の捨てるための戦略的撤退を行っただのとのたまっていたが、誰がどう見ても敵国に押し込まれているのが明白だった。


 彼女も感じ取っているのだろう。周りの雰囲気からこれからどんな激戦地にいくことになるかを。


 手を彼女の頭にのせ、くしゃくしゃと撫でる。


 「大丈夫。心配するな。絶対に戻ってくるから。そうだな、帰ってきたらまた肉じゃをつくってくれないか?」


 そう言って笑ってみせる。

 すると彼女は少し安心したのか、いつものような勝気な笑顔を見せた。


 「おう。今度は特上の肉を使ってつくってやるからな!」

 「ああ、楽しみにしてる」


 ボーという汽笛の音が聞こえてた。

 そろそろ行く時間だ。

 何人もの人が船に乗り込んでいく。

 俺も行かなくてはならない。


 「ちょっと待て」

 「ん?」


 彼女の方を振り向く。そこには突き出された拳があった。


 「ん!ほら」


 催促するように拳を動かす。


 「あぁ」


 何がしたいのかを理解し、俺も拳を突き出す。

 コツンと互いに拳を軽く当てた。

 相変わらず女らしくないな。

 自然と笑みがこぼれてしまう。


 「じゃあ、またね」


 そう言って俺は歩き出す。

 いつかのときのように右手をひらひらと振る。

 すぐ帰ってくるからと彼女に言い聞かせるように。


 後ろから彼女の声が聞こえた。

 はっきりと、凛とした声で

 

 「ずっと、ずっと待っていから。何十年も何百年もあの場所でまた――」


 これが俺の最後に聞いた彼女の言葉だった。

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