第4話 出会い

 少年はぜぇ、ぜぇと肩を揺らしながら歩いていた。

 黒髪の短髪で外見は16、17歳位。

 そして、やや中性的な顔立ちをしており、顔には大粒の汗が張り付かせている。

 少年は今とある丘に向かって歩いている。

 行く目的は特にあるわけではない。

 少年はつい3日前にこの町へやってきた。

 引っ越しの作業は午前に終え、手持無沙汰になったために散策をしようとしたところ、父親に丘にある大樹があることを聞き、せっかくということでそこに行くことにした。

 だが、少年は早速後悔をし始めていた。

 季節は夏。

 ただでさえ体格が平均より悪く体力が少ないのに、舗装されていない道と容赦なく照り付ける日差しが体力を奪う。


(あぁ、町はずれなんかに行くんじゃなかった)


 少年は何度もそう思ったのだが、見た目に反しての負けず嫌いのため、ここで退いたら何かに負けた気がするという意味不明な思考回路のもとズルズルと歩いていた。

 そして、気が付いたら目的地の方が家より近いという事態に陥り、結局は目的地に行くしかなくなった。


 そんな自分の性格に呪詛を吐きながらゆらりゆらりと歩く。

 やっと丘のてっぺんが見えてきた。

 同時に大樹の頭が見えてくる。

 今まで自分に恨み言を言っていたことを忘れて、少年は歩調を早める。

 しかし、丘は少年の見立てより広かった。

 それは大樹が大きすぎるためであった。近づくほど大樹の全容が出てくる。

 ここまで大きな木を少年は見たことがない。まるで木というよりか小さな塔といった感じである。

 そんな未知のものを見た興奮から疲れなどはすでに吹っ飛び歩みを進めた。

 ようやく丘のてっぺんに立ち、そこから先にあるものを見る。

 顔を向けた瞬間、その風景に少年は心奪われた。


 「すごい……」


 凡庸ではあるがそんな言葉しか見つからなかった。

 いや、そんな言葉しか出てこないほど心が奪われたといってもいいのかもしれない。

 そこには今まで見たことないほどきれいな風景が広がっていた。

 大樹が中心にある野原には色とりどりの花が咲いており、そんな花たちの蜜を集めるためさまざまな虫も飛んでいる。

 立ち尽くす少年に、風が一つ吹いた。

 興奮した体がそれによって少し冷まされ、少年の意識を引き戻す。

 どっと疲れが出てくる。

 大樹の下には大きな木陰ができていた。

 少年はそこで休もうとよたよたと丘から上っていく。

 ぜぇぜぇ言いながら、やっとのことで大樹の元まで来た。

 もう体力の限界だ。

 木の根元に倒れ込み、水筒にある水を一気に飲んで体を休める。


 休み始めてから5分が経とうとしていた。

 上がっていた息も整い始める。

 改めて周りを見るとこの野原は本当にいいところだと少年は思う。。

 この風景は一種の理想郷といってもいいかもしれない。

 もし、ここに家を建てることができるなら喜んで建てるだろう。


 (体力をつけがてらにここに通うのも、悪くないかもな)


 そう思うのもつかの間、急な眠気が少年の元に訪れた。


 (すぐに帰るのももったいないし、ひと眠りして涼しくなるころに帰ろうかな)


 少年は今後の行動方針を決め、目を閉じて深い眠りにつこうとする。

 その瞬間。


 「あーっ、お前、ここは私のお気に入りの場所なのに、なに寝てんだ!」

 

 突然の大声。

 少年は驚き、すぐに身を起こす。

 声の主は少年の目の前にいた。

 なんだと文句を言おうとして顔を見た瞬間、少年の思考は止まってしまった。


 (きれいだ・・・)


 心に浮かんだこの言葉。

 ありきたりなものだが、そうというほかがないほど目の前に立っている少女は美しかった。

 身長は小柄で、おそらく少年の胸に頭のてっぺんが届くかどうかといったところ。

 髪は漆黒で、背中の中ほど辺りまで伸びている。

 目も髪と同じ色で透き通っており、瞳の中に映る自分が分かりそうなほどだ。

 しかし、少しつりあがり気味の目には闘志の炎が燃えていた。


 淑女であれ。


 今の世ではよく言われている言葉だ。

 しかし、目の前にいる少女はそんなものとは全く無縁であるかのような立ち居振る舞いだ。

 少年があっけにとられていると少女はずかずかと大股で少年の方へ歩いてきた。

 少女は勢いを緩めずそのまま少年の横に寝そべった。その距離は少しでも動けば肩が触れるほどの近さだった。


 「ちょっ、いきなり何を」


 余りの驚きに声が少し裏返ってしまった。

 初対面の人の横に何も断りを入れずに寝そべる。この行為は同性であっても躊躇することであるが、異性相手であればなおさらあり得ないことだ。

 そんな少女の不躾な行為に少年が言葉を失っていると、少女は少年の様子を見てめんどくさそうに口を開いた。


 「うるさいなー。ここは私のお気に入りの場所だっていっただろ。嫌ならお前がどっかに行けよ」


 カチンときた。

 初対面の相手にお前呼ばわり。さらに人が最初に使っていた場所のすぐそばに強引に寝そべり、どういうことか聞こうとしたら嫌なら自分がどっかへ行けと言う。


 絶対にどいてやらん。


 少年はそう心に決めた。相手が根を上げるまで絶対にどいてやらないと。

 そして、少年は少女と反対の方向を向いて妨げられた眠りに再び就こうとした。


 ……無理だ。全然寝付けない。さっきあんなことがあったせいか眠気が吹っ飛んでしまっていた。

 それに、なんだか薔薇のようないい匂いがする。 

 それも眠れない一つの原因だった。


 少年はあまり異性との交流の経験が少なかった。もちろん周りに交流を持つ異性は少なからずいたがどちらかというと異性としてより、男同士の友人といった感じで接して来た。そのため、いざ目の前にいる少女を異性として交流しようと思うとどうしていいのか分からなかった。


 それに比べ隣に座っている少女はそんな少年の気も知らずに寝そべりながら黙々と本を読んでいる。

 なぜわかるかと言うと、数分おきにページがめくる音が聞こえてくるからだ。


 少年は寝ることをあきらめた。

 しかし、このままこの場所を退くことは負けた気がするので空を眺めることにした。

 少年が顔を上げるとその瞳には雲一つない青々とした空が一面に広がっていた。

 とても美しい空だった。

 葉の隙間から漏れ出る光がかすかに少年の顔にあたり、少しのまぶしさも感じながらもそれには心地よい暖かさがあった。

 たまに吹く小風が頬をなで、それに乗った草木の香りが少年を包み込む。

 飽きが来ることはなかった。ただ大樹の下に座って休んでいるだけだがまるで家にいるかのような安心感があった。


 「お前、ここに来るのは初めてか?」


 本に顔を向けたままぶっきらぼうに少女は言う。

 意外だった。少女の方から話しかけてくるとは。


 「ああ……、三日前にこの近くに引っ越してきた。それで散策がてら町を歩いていたらこの木の話を聞いてここに来たんだ」


 少年は少し動揺したが、それを悟られまいとし感情を押し殺す。しかし、先ほど怒鳴られたばかりなので返す言葉は少しそっけないものになった。


 「そうか……」


 会話は終わり、また静かな時間に戻る。

 結局、この会話以降少年と少女はしゃべることなく、場所も移ることはなっかた。

 時間が過ぎ、太陽が赤く沈みかけてきた。

 そろそろ夕食の時間である。

 少年は帰るために、腰を上げ服についた草を払い落す。


 「帰るのか?」


 少女がぶっきらぼうな口調で聞いてくる。しかし、最初に出会ったころの口調より少し落ち着いた声だった。


 「ああ、もう日が暮れてきたからな」


 「また……ここに来るのか?」


 「そうだな。昼寝にはもってこいな場所だし、暇になったらまた来るかもな。

  ……君が来てほしくないならもう来ないが」


 「いや……、来てもいい」


 少女は本で顔を隠し少しきまりが悪そうに言った。

 意外だった。この少女ならてっきりもう来るなと一蹴すると思ったのに。

 少年は魔が差した、というよりは少し少女をからかいたくなった。


 「でもそうだな。昼の時みたいに無理に場所を取ろうとするなら来ないでおこうかな」

 「わ、悪かったよ」


 しおらしい反応。男勝りな性格の彼女も初対面の相手に対し怒鳴ったことは多少気にしていたようっだた


少年はにやけた顔を向け少女に言う。


「はは、冗談だよ」

「あっ、てめぇ!」


 からかわれていたことに気が付いた少女は頬も膨らませる。

 そのしぐさは性格とは正反対に小動物みたいで可愛らしいものだった。

 最初に出会った時の印象とは大違いである。


 「じゃあね」


 少年は帰路につく。


「ここは早い者勝ちだかんなー」


 後ろから少女の負け惜しみに似た声が聞こえた。

 少年はわかったよ、という返事の代わりに右手をひらひらと振る。

 この日から少年と口が悪く男勝りな少女の交流が始まった。

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