【短編】吸血鬼ハンターの俺と吸血鬼の貴女

橘つかさ

月夜の邂逅

 崩かけた古びた教会。

 月の明かりに照らされたチャペルは、時間の流れから取り残されたような静寂に包み込まれていた。

 俺に抱かれる彼女は、出会った時から姿の変わらない。

 白磁のような白い肌とスラリと伸びる四肢。

 銀糸のような長い銀髪と大きな赤い瞳。

 精巧に作られた人形のような美しさを持つ彼女。

 俺の何時の記憶でも同じ姿だった。

 それが異質なことだと、俺は理解していた。

 理解していたけれど、俺は理解できない振りをしていた。

 そうすれば、彼女といつまでもいっしょに居ることが出来ると信じていた。信じていたかった。


「リーゼロッテ……」


 俺は彼女の名前を喉の奥から絞り出す。

 俺の手のひらに包まれた彼女の心臓は、いまだに伸縮を繰り返していた。

 そして、手から伝わる彼女の温もりとドロリとした血液の感触。

 生理的な嫌悪感が俺を苛む。

 いや、俺の指が彼女の皮膚を割き、肉を突き抜け、彼女の心臓に触れた瞬間から、俺を罪悪感が苛んでいる。

 こんなことをするために、俺は心身を鍛え、技を極めたわけじゃない。


――真祖の姫。


 ただそれだけで、彼女は俺の敵となった。

 ただそれだけで、彼女は世界の敵となった。


「……貴方は、出会った時から……変わらず、泣き虫なの、ね」


 雪のように白くなった顔で、彼女は優しく微笑みながら、俺の頬をソッと細い指で拭う。

 彼女に指摘され、俺は初めて自分が涙を流していることに気がついた。

 そこで初めて俺は自分が泣いていることに気づいた。

 泣いていることを認識してしまったためか、認識したせいか、涙は堰を切ったように流れ始め、滂沱に変わる。


 覚悟したはずだった。


 声にならない声で、俺は呟く。

 彼女を殺す役目を、覚悟して、納得して、引き受けたはずだった。

 他の誰かにその役目を奪われないように、自ら志願したはずだった。

 なのに――


「ねぇ、最後に……お願いが、あるの」


 彼女の鈴の音のような声が耳に届く。

 その甘美な声音は、俺の脳で反響し、隅々まで歓喜が広がっていくようだった。

 俺は感情を抑え込み、一呼吸置いてから、彼女に言葉を返す。


「……なんだい?」

「吸血鬼の……吸血行為は、ヒトから生きる、糧を得るため……僕を増やすために、行うことは知って……いるわよね?」

「ああ、もちろん」


 当然、知っている。

 人間の血液を啜り、吸血鬼は生きる糧を得る。人が生き物を殺して食し、生きる糧を得る行為と同じだ。そこに善悪などない。

 中には薔薇の生気で生きる種もいるようだが、極一部の例外だ。

 そして、血を吸われた人間は吸血鬼の僕と成り下がる。それが一番の問題で、吸血鬼が狩られる原因だ。

 俺が何を考えているのか、彼女は分かっているはずなのに、口の端を持ち上げて悪戯っ子みたいに笑う。

 昔から俺を困らせたり、驚かせたりするときにする顔だ。

 腕の中の彼女から、生命力は奪われ続けているはずなのに、彼女の肌は赤みを帯び、手の中の心の臓は伸縮を速める。


「実は……それとは、別に重要な意味が……あるの。それは、求愛。……吸血鬼同士で、行う場合……は、求愛行動、なの……」


 彼女が弾けるような笑顔を俺に向ける。

 ただそれだけで、彼女が何をしたいのか、俺は最後まで聞かずに理解した。


「貴方にそれをすることは、本来は出来ない。でも、今なら出来るわ。何故なら――」


 彼女の言葉か終わるより早く、俺は嗚咽をこぼしていた。


「貴方が、私の……血を飲んで、私は、貴方に、牙をたて……る。同時に、貴方が……私の心の蔵を潰して……。私が、土に……還れば、問題ない、でしょう」


 彼女は聖女のような笑みで俺に望みを告げた。

 俺は月を見上げ、世界に絶叫するしかなかった。

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【短編】吸血鬼ハンターの俺と吸血鬼の貴女 橘つかさ @Tukasa_T

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