第28話 ともだちと保健室
二組四名の生徒たちが全員怪我を負う事態となった模擬戦は、残った生徒たちに恐怖と動揺を齎した。次に手合わせをする予定だったシュエリーとフィヨルドが、気まずそうに互いの顔を見合せる。
「シュエリーさんと白澤は、素早い近接戦闘が得意なんだよね? 僕は魔法を主体にしたスタイルが得意だから、そういう早い相手は苦手。歯が立たないかもしれないや。あはは」
(あの爪、僕の拳くらいの大きさはあるな……引っ掻かれたら痛いじゃ済まないだろ絶対……)
「フィヨルド君こそ、呪術が得意なんでしょう? こないだの呪術を中心にしたテスト、筆記試験で一位を取れなかったのは初めてだった。すごいわ。尊敬しちゃう」
(あの満点を取らせる気が無いマニアックなテストで九十以上を取るなんて何者なの? しかも呪術ってアレよね。大概痛くて苦しいじゃない……!
下手したら、私、泡にされちゃうのかな? 少しずつ身体の一部がなくなって、消えていくのを黙って見るとか……そんなの嫌!)
互いを牽制し合うように笑顔で見つめ合っていると、リヒトが声をかけてくる。
「フィヨルド。言っておくがこれはあくまで模擬戦だ。相手を殺すような呪術は絶対にしないこと。痛みが激しかったり、
「え。じゃあどうやって勝てって言うんですか……呪術なんて大概相手が苦しむものでしょう?」
平然と答える生徒に、リヒトは眉をひそめる。
(こいつ……まさか【
「とにかく、痛い呪術は禁止」
「アンフェアですよ。一番得意なものを禁止するなんて。だったらシュエリーさんの拳を縛って、白澤の爪を切らせて下さい」
「「…………」」
人には向き不向きがある。このクラスに模擬戦は向いていないようだった。フィヨルドの代役を――と向こうで体育座りしているスノウホワイトを見るが、視線が合った瞬間に「はぁぁ」と気だるそうにため息を吐かれた。
スノウは七体の召喚獣を同時に使役する。こちらも「一体に絞れ」なんて言ったら同じことを言われるんだろう。
「……ちょっと、考えさせてくれ」
こうして一年SSRの模擬戦授業は、日を改めることとなった。
◇
保健室で、メアリアはただ呆然とベッドに横たわっていた。
怪我をして手当を受けたのは主にリィスだ。自分は槍を握るのに力を込め過ぎて、少し爪が割れただけ。あと、カインを殴った手が腫れた。
カーテン越しのベッドで寝息を立てるリィスを見やり、憂鬱とため息を吐く。
(はぁ。勝ったってのに、なんなんだこのサイテーな気分は……)
無機質な天井は白く、白く、真っ白で。見ていると段々不安になってくる。
何もない空間を見ると、つい要らないことを思い描いてしまいそう。
特にあの……カインにちょっと似た、別れ際のあいつの顔を。
『元気でやれよ、メアリア。お前は才能あると思うぜ? 俺と違ってさ……』
「……くそっ! なんなの……もう、出てこないでよ……」
両腕で瞼を覆う。照明も何も見えない暗い世界に、ふわりと優しい声が響いた。
「……メアリア? あの、大丈夫……?」
シュエリーだ。授業が終わってお見舞いに来てくれたらしい。メアリアは起き上がってカーテンを開ける。見ると、シュエリーは両手にジュースのパックを持ってきてくれていた。メアリアが好きでよく買う、『甘すぎて気の遠くなるコーヒー』だ。
「はい、よく飲んでるよねこれ。今日は私も飲んでみようかな」
えへへと笑う彼女から、お礼を言ってジュースを受け取る。
「シュエリーには甘すぎると思うよ? それより次の授業は? もう始まる頃だよね?」
尋ねると、シュエリーは照れ臭そうに笑みを浮かべ。
「えっと……サボってきちゃった!」
「……!」
真面目で優等生なシュエリーが、サボり?
ありえない。いや、そうさせたのは自分のせいか……
「私なら平気だから! 授業行きなって!」
「いいよ別に。次はピエール先生の数学だし、小テストも無いし。今日はそんな気分なの」
そんな気分、で彼女がサボるわけがない。メアリアは俯いて声を漏らした。
「……ごめん。私のせいで……」
「心の声を聞かれちゃったんだもん。誰だって落ち込むよ。でも安心して! カイン君には『絶対ダメだよ!』って皆で言っておいたから! もうしないと思う。いや、したら私がみぞおちに回し蹴りしてやるんだから!」
ふんすと意気込んだシュエリーは立ち上がった腰を椅子におろし、黒髪の毛先をちょいちょい、恥ずかしそうにトーンを落とす。
「……私は、嬉しかったよ」
「――へ?」
「メアリアが友達だって思ってくれてて、嬉しかった」
「……!」
「お弁当のことも、卵焼きのことも。些細なことなのにメアリアの中では確かに記憶に残ってて、そんな風に思ってくれてたんだなって」
ふふ、ともう一度微笑んで、メアリアの手をそっと握る。
「ありがとう、メアリア。私も、メアリアのこと友達だって思っていいかな?」
(……!)
東の人間って皆こうなの? お人好しっていうか、世話焼きっていうか。いや、そうじゃない。そうじゃなくて……
菫色の瞳を潤ませ、メアリアもぎゅうっと握り返す。
「そんなの……当たり前じゃん……」
にこりと微笑んだシュエリーは手を離し、思い立ったように両手を合わせた。
「そうだ! よければ明日から、メアリアの分もお弁当作ってもいいかな?」
「え? お弁当……?」
「だってメアリアってば『人混みは苦手』とか言って食堂避けてるでしょ? いっつもコンビニのパンばっかり。それじゃあ栄養偏っちゃうよ!」
「いや、でも……悪いし……」
「平気平気。私、早起きの習慣を作るために朝は料理するって決めてるし、一人分作るのも二人分作るのも変わらないよ。食べてくれる人がいる方が作り甲斐あるし!」
その思いやり、心遣いにメアリアは再び絶句した。
まったく、この子はなんなんだ。
いったいどれだけの『嬉しい』を人に与えれば気が済むのか……
「ね? いいでしょ? 決まり! 明日は早速メアリアの好きな甘い卵焼きにするね!」
「……シュエリぃぃぃ……!」
(ダメだ。こんなん……好きになっちゃうよぉぉ……!)
隣で聞き耳を立てていた悪魔は、ヒュゥ♪ と機嫌よさそうに口笛を鳴らしたのだった。
◇
一方、怪我(治癒魔法によりほぼ完治済)を理由に早退したカインの部屋では――
「カイン君、いる? これ、先生に言われてタブレット持ってきたよ」
「は? タブレット?」
どうせ「授業に出ろ」と呼びに来たんだろうと居留守を決め込んでいたはずが、思いがけない台詞にドアを開けてしまう。
「治癒魔法が使えるのに怪我して早退なんていくらなんでもバレバレだよ。どうせサボリでしょ? 先生が、『出る気がないならせめてリモートで参加しろ』ってタブレット貸してくれたよ」
「あざーす。なんだよ、リモートできるなら最初から……センセたちもようやくボクの扱いがわかってきたか」
「諦めたのさ、色々と。でも実習と体育は出ないとダメだからね?」
「うわ、それ結局半分じゃん?」
「でも半分部屋だよ、感謝しな」
フィヨルドは手にした板をぽん、と手渡し相変わらずの室内を見回した。
こうしてサボるカインを呼びに来たのは何度目か。もう手馴れたものと言わんばかりに、フィヨルドはおもむろに部屋に入った。見ると、暗い室内にパソコンが煌々と明かりをつけ、電源がごうごうと熱風を噴出している。
「まーた籠ってゲームやり込んでたの?」
「ちがうって! 今回は仕事だ、仕事!」
「カイン君が仕事ってそんなバカな……」
疑うように目を凝らすと、画面には静止した投稿動画サイトのようなものが。
「ゲームじゃないね。これ何?」
「え。何って動画編集だよ。ボクはね、できるかぎり不動で収入を得たいんだ。ほら見て、『ウーチューブ』も開設したんだよ。これの広告収入が軌道に乗れば楽して部屋を出ずにお金を稼ぐことができる。そうだ、フィヨルドもチャンネル登録してよ」
「へー。別にいいけど……」
ポケットから取り出したのは、最近になって彼の境遇を不憫に思ったピエールに買い与えられた防水スマホ。おかげであの、アリアの水に濡れて画面の大半が映らなくなった板チョコみたいなガラケーとはおさらばだ。
フィヨルドは器用に画面を操作して動画配信サイト『ウーチューブ』を立ち上げると、検索画面をカインに見せる。
「なんて名前のチャンネル?」
「『天使様のおみあしチャンネル』」
そう言って、カインはスマホをひったくった。
「うわ。フィヨルド、検索履歴が呪術の実践と実況動画ばっかじゃん……こわっ。リコメンドがホラー過ぎる。もっと健全なの見なよ。ほら、できたよチャンネル登録」
「ありがと……」
そっと受け取り、画面を見たフィヨルドは絶句した。そうしてすぐに赤面する。
無理もない。そこにあったのは、肌色たっぷりな少女の太腿とミニスカ姿をアップで映した映像ばかりだったのだ。中にはキワドイコスプレ衣装もある。モデルは言わずもがな、彼の天使のサリエルだ。フィヨルドは全力で叫ぶ。
「超・不・健・全じゃん!!!!」
「うるさいなぁ。垢BANされない程度には工夫してやってるよ。だから大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ!? ねぇサリエルちゃん! いいのコレ!?!?」
部屋を見回しながら絶叫すると、散らかった部屋の物陰からごそごそと天使が姿をあらわす。白翼を晒す背中ががら空きの超ミニ丈フリフリメイド服に身を包んだ彼女は、いそいそとガーターのついた靴下を引き上げ、レース下着の食い込みを直した。
「マスター、これでいいですか? 『めいどさん』って、こんな感じ?」
と。両手を頭で招き猫して「にゃんにゃん♡」と首を傾げる。
「ああ、いいんじゃない? それっぽい。サリーは胸が無いからな、背中と脚で魅せた方が映えるんだ。おかげで登録者数もうなぎ登り……この、翼の付け根と背中ばっかり映したやつなんてニッチすぎるかと思ったけど、十万再生超えたんだよ。すごくない? いやぁ世の中広いなぁ」
「えー…………」
フィヨルドは、物申したげな視線を天使に向ける。
それでいいのか、キミは。仮にも天使だろ?
「とうろくしゃすうが増えるとマスターは喜びます。うなぎのぼりは、私も楽しいです」
「天使の世界――天界じゃあ投稿動画の文化は無いし、エッチな恰好は好まれないから新鮮なんだってさ。ほら、このお尻突き出したやつなんてサリーからポーズ取ってくれたんだよ。飛んでるところを下から撮るなんてボクには思いつかない。目からウロコな発想だよね」
「サリエルちゃん、実はノリノリ……?」
「えへへ……♡」
頬を染めた天使は存外楽しそうで、「本人たちがいいならいいか」とフィヨルドは諦めた。
「ピエールセンセのとこのガブリエーレさんも翼で隠してるけど全裸じゃん? 案外露出好きなのかもよ、天使ってさ。天界には無い解放感があるのかも」
「そんなぁ……」
だが、ふとフィヨルドは思い出す。あまりに肌が露わなガブリエーレに、つい目を背けたときのことを。あのとき、ピエール先生は言った。
『フィヨルド君。彼女は裸なんじゃない。煩悩蠢く現世の僕たちには見えない衣を着ているんだ』
『え。裸の王様ですか?』
『いや、きっと着ているさ。心の目で見てあげてくれ』
「ピエールセンセも現実逃避が激しいっすな……ありゃあ相当苦労してる」
「わかるの?」
「わかるさ。天使って、やっぱちょっと変わってるからね」
そう横目で見ると、サリエルは柔らかい動きで前屈しながらローアングルを自撮りしていた。股の向こうから覗く紫紺の瞳がにぱっと輝き、フィヨルドは苦笑い。返事代わりにちょいちょいと、股の向こうに手を振り返す。
「……好きみたいだね。エッチな自撮り」
「助かるわ。ほんと助かるわ~」
カメラを構えて生返事するカイン。レンズから顔を上げると、色んなポーズでコスプレを楽しんでいるサリエルに目を向ける。
「でもさ。変わってるなんて言っても、それはあくまで人間の尺度で見たら、だろ? 『天使は清い』なんていうのもボクらが勝手に抱いたイメージだ。そりゃあ、昔この世に降臨した天使たちが実際にそうだったのかもしれない。でも、天使っていう括りで見ないで、あくまで個人として接するようにすればボクらは何の違和感もなく仲良くできる。男の中にも胸派と尻派がいるように、趣味・好みなんて人それぞれだと思わない?」
「カイン君……」
召喚獣と人の付き合い。それは、百人いれば百通りあるのではない。百×百の一万通り、いやそれ以上あるのかも。
「そうかもね」
呟きながら、フィヨルドはカインのことをなんだかんだで根はいい奴なんだと認識を改めた。
(そういうこと、皆の前でも言えばいいのに……)
夢中になって動画を撮るふたりは、召喚をきっかけに空間を超え、絆を紡いでいるのだ。フィヨルドはアリアと出会ったときのことを思い出し、口元を綻ばせた。
「マスター! これはどうですか?」
「ああ、それはちょっと股を開き過ぎ。露骨なM字だ。やり過ぎると通報されるから、もう少しこう見えそうで見えない感じに……」
「じゃあ、タイツを履いたらいいんじゃない? 黒で透け感あるやつをさ。ああいうのは、履いている方がむしろエロいよ」
思いがけない助け船にカインは背後を振り返る。そして――
「フィヨルド氏、天才か?」
「タイツ、タイツ……こんな感じ? そしたらまたうなぎ登りです?」
「うん。可愛いよ。うなぎ登りだ」
にぱっと天使は笑みを浮かべる。好きなのだ、誰かに注目してもらえるのが。天界では、誰も自分を見てくれなかったから……
それに、コスプレも自撮りもハマると結構奥が深い。服を変える度に写真もマスターとの思い出も増えていって。サリエルは、そういう突き詰めたり集めたりするのが好きだった。
「マスター! 見てマスター!」
「ああ待って。スマホの容量が足りないや……」
タイツに着替えて仲睦まじい撮影会を行うふたり。彼らに混じってそれを見守るフィヨルド。そんな彼にも愛しい人魚がいるのだが、実は脚派だということは、彼女には黙っておこうかな……
異端教師と最底辺の召喚学校~SSR級美少女召喚獣にヤンデレ気味に懐かれる生徒たち。と思いきやウチの女神も似たようなものだった 南川 佐久 @saku-higashinimori
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