第27話 天使VS悪魔(後編)
「……ッ!?」
天使の張った光の
魔法の力は想いの力。それだけ、メアリアの想いは強かったのだ。
上空で悪魔を相手取るサリエルが悲鳴に近い声を上げる。
「マスター!! 【
だが、今更守りを強化したところでメアリアは既にその内側。勢いのまま押し倒されて馬乗りになられているカインも同時に悲鳴をあげる。
「あああああ! 助けてサリー! なんか怖いメンヘラに絡まれちゃってるんですけどお!!」
「うっさい! 情けない声出すな! 男ならもっとしゃきっとしなさいよ!」
ばちん! びちん! とビンタが頬を染めていく。
「うぐ……ごはっ! ジェンダーレスなこのご時世に男だ女だ抜かすなんて頭が旧石器なんじゃない!? メンヘラを怖がって何が悪い! 通り魔、労働、ブラック企業……男だってな、怖いものは怖いんだよ!!」
「メンヘラじゃない! 私は違う! あの男とは……違うんだから……!」
「だから誰!? あああもう! さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手……!!」
叩かれるままだったカインも堪忍袋の緒が切れる。
こんな、わけもわからないまま一方的に殴られてたまるか。
サリエルがこちらに来ようとしてくれているが、悪魔に背後を取られて翼を鷲掴まれている! 可哀想に、暴れる度に真っ白な羽根がそこら中に舞い散って……
遠くの口元が微かに動いたのが見えた。
『マスター、ごめんなさい……』
(どうしてキミが、謝るんだ……)
くそ……!!
「ふざけんな! ボクだって、キレるときはキレんだよ!!」
カインは馬乗りになったメアリアの頭を下から鷲掴みにした。アイアンクローよろしく脳天を掴むと、ぐりんと視線を合わせて問いかける。
「メアリア。あんた……さっきから誰と戦ってるんだ?」
「……ッ!」
「その中身……見せてみろよ……!」
――【
唱えると、掌から送り出した魔力を遡るように映像が流れ込んできた。
記憶を司る大脳皮質、海馬、
他者の記憶を覗き見るこの魔法は、本来であれば精神疾患の治療や犯罪者の精神鑑定、動機の捜査などに用いられる高等治癒魔法の一種だが、一般人に対してこれを利用することはプライバシーの侵害にあたるとして資格を持っている者の間では原則禁止されている。
だが、同時に高度な教育と修練を積まなければ会得できない魔法である為、それらの規則が公にされているわけではない。当然、医者でも捜査官でもない一般人のカインがそれを知るわけもなく、リヒトたちが止める間もなく記憶は流れ込んでくる。
脳裏で「踊れ」と命じると、記憶の糸はマリオネットのように人の姿を形づくり、舞台の上で様々な光景を描いた。
これは、メアリアの思い出の一部。カインは走馬灯を辿るようにひとつひとつ確かめる。
「これは……教室? お昼かな。シュエリーと一緒にお弁当を食べている。シュエリーは料理が得意。いつも手作りで、羨ましそうに見ていると、笑っておかずを分けてくれる。彼女の作る卵焼きが好きだ。甘い味付け……母の味を思い出す。シュエリーは、もう友達と呼んでいいのだろうか……」
「……!?」
「スノウ、よくわからない。いつもムスっとしているから。でも、肌が真っ白で綺麗で可愛い。スキンケアを聞いてみたい。いつか仲良くなれるといいな……」
「ちょっと、あんた、やめ……!」
頭の中を、読まれている。
あまつさえそれを声に出され、状況を理解したメアリアはカインの手を引き剥がそうと暴れ出した。だがカインも譲らない。自分がどうしてここまで憎しみを向けられるのか、答えがまだ見つかっていない。
「フィヨルド。気の弱そうな人魚の彼氏。なんであんなに可愛いアリアちゃんがあそこまで好きになるのかわからない。でもちょっと羨ましい。呪われ、殺されそうになるまで誰かに愛されるなんて、自分にもいつかそんな日が来るのか……でも殺されるのはヤだな……」
「離してっ! この、手! 離し、なさいよ……! やめて、見ないで、お願いだから……!」
「カイン……根暗なオタク野郎。コーラの瓶みたいな分厚いメガネをかけている。でも取ると顔がいい残念極まりない男。やる気のない姿勢。見ているとあいつを思い出す……あいつ?」
たずねると、上からぽろぽろと涙の粒が降ってきた。
メアリアは菫色の瞳を潤ませ、声を震わせている。
「お願い、もう、これ以上は……」
……わからない。どうして彼女が、ここまで泣くのか。
そうして、いつの間にやら自分が悪者になっているのか。
「ボク……あんたに何かしました?」
純粋にそう尋ねると、遠くで地響きのような音がした。
校庭を伝う何かが落ちた振動に、土煙の向こうでじたばたと鳥のもがく音がする。
見ると、サリエルが肩を抑えつけられ、悪魔に羽を毟られていた。
「はぁ……はぁ……! あんた、それ以上言うならこの天使の羽根、引き千切るわよ」
リィスの目は真剣そのものだった。彼女自身も体のあちこちを鎌に斬り裂かれ血を流している。メアリアの危機に際し無理にでも形勢を逆転させたかったのだろう。血走った眼がカインの瞳を射抜いた。
気圧された、一瞬。背後に黒翼の悪魔が現れカインの頭を鷲掴む。
「まさか、こんな若い人間如きが【
――【
唱えると、今度は瞬く間にカインの思い出が流れ込んで――
「……っ! ……!?!?」
「はッ……くそっ。離せ……!」
「あんた、コレ……!?」
リィスが動揺した隙に、カインは声を張り上げた。
「……ッ! サリー!!」
カインが叫ぶのと天使が駆けつけるのはまったくの同時だった。
サリエルはひしゃげて血の滴る翼を広げ、背を焼くような痛みを意にも介さずふたりの間に割って入る。主の頭を掴む悪魔の手を躊躇いなくヒールで踏み抜くと、そのまま校庭に縫い留めた。
「痛ッ……!」
光の刺さない凍てついた眼差しで、天使が悪魔を見下ろす。
「……身の程をわきまえろ。悪魔め。誰の許しを得てマスターの心を覗いている?」
「なぁに? マスターの心は私だけのモノだって? はっ。天使はこれだから……あんただってそういう顔、やればできんじゃない……」
グシャ!
「ああああ……! 手加減しなさいよ、模擬戦でしょう!? 今確実に骨イッた……!」
甲高い悲鳴に、朦朧と伏していたメアリアが立ち上がり鋭くカインの顎を叩いた。スパン! といい音がして、カインはがくりと横向きに伏す。
……動けない。
かろうじて意識はあるが、軽い脳震盪を起こしているようだ。
メアリアは素早く槍を構え直すと鋭利な刃先をカインに向ける。喉元に冷え切ったそれを当て、短く問いかけた。
「ほら、言うことあんでしょ。オタク野郎」
カインは瞼を閉じて大きなため息を吐く。
あーあ。あと少しだったのに。
「…………参りましたぁ……」
「そこまで!」の合図にメアリアが遠ざかっていく。
動けないカインは黙ってそれを見送るしかない。
「………………」
呆然と後姿を見ていると、メアリアはふいに振り返った。
そして、ここまで聞こえる盛大な舌打ちと共に。
「……『ごめんなさい』でしょ。バカ」
震える声で呟く彼女に、カインは声を張り上げる。
「だったら、おたくも! 人の顔見て泣くのはやめてもらえますかね!? メンヘラって八つ当たりするならともかく、泣かれちゃ意味がわからないし……胸糞悪くて仕方ないんだよ!」
「……ッ。それは……悪かったわね……」
と。悔しそうに呟いて去っていった。瞳に残る涙の粒をさっと拭って、リィスと共に保健室へ行くようだ。
校庭に残されたカインをクラスメイトが心配そうに見に来る。その眼差しはどれも言葉にならない色を浮かべていた。唯一の友人と思われるフィヨルドがため息と共に口を開いて。
「カイン君……アレはナイよぉ……」
「アレって……?」
「心の中をぺらぺら喋っちゃうなんて。あまつさえ女の子を泣かせちゃってさぁ……」
うんうん、と隣のふたりも頷いた。カインはバツが悪そうに口を尖らせる。
「童貞のボクに女心をわかってくれなんて、期待し過ぎなんですよ……なんだよアレ、生理かよ……」
「「そういう意味じゃなくて……」」
「――は? じゃあ何?」
「人として、どうかと思うよ?」
にこり、とぎこちない笑みを返され、カインはフィヨルドを見上げた。ぽかんとしたその様子から、自分が失礼なことをしたとはまるでわかっていないようだ。
ただ、わけもわからないまま誰かの影を重ねられ、理不尽に怒りの矛先を向けられたのも災難だったといえるだろう。リヒトはこの件に関しては喧嘩両成敗……ということでお互いこれ以上難癖をつけないように、とふたりに釘を刺した。
教師としてはもっと早くに仲裁に入るべきだったかもしれない。だが、暗殺犯確保のため協力者を探そうとするリヒトには思いがけない収穫だった。それに、教育者の端くれとしても胸が高鳴るものだ。
天使の守りを打ち破る強い妄執を持つ少女。そして、常人に見えるはずのない記憶の網を手繰り読む少年。あの心と目は、そうそう出会えるものじゃない。
(ふっ。先が楽しみだな……)
そう独り言ち、リヒトは残った生徒たちと共に破壊された校庭の修復に勤しむのだった。
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