第56狐 「修学旅行は恋の予感」 その12

 航太殿の行方が分からないまま、時間ばかりが過ぎて行きます。

 山に囲まれたスキー場は、ただでさえ短い陽が傾いて来ました。流石にこのままでは……。


「のう、咲よ」


「は、はい」


「聞きたい事があるのじゃがのう」


「美狐様、山の雪を全て溶かしてしまうのは、今しばらく……」


「そうではない。雪山というのは、あの様な雪の降り方をするのかのう」


 恐怖の宣言を覚悟していましたが、怪訝けげんそうな声と共に何かを指差しておいででした。

 何事かと目線を遣ると、そこだけ雲がかかり激しく雪が降っている場所が。


「のう、蛇奈殿。蛇澄美の妖術は天候を操れるのであったな」


「ええ、そのはずです」


「左様か。ならば限られた場所に吹雪を起こす事とかも出来るのかのう」


「出来るかも知れません」


「ふむ……」


 美狐様が大きく息を吸われ、次の瞬間、勢いよく駆けだされました。


「皆、あそこじゃ! 航太殿は蛇澄美にさらわれてあそこに居るのじゃ!」


 駆けて行く美狐様の後ろを皆が追い駆けます。でも、雪に足を取られて、なかなか前に進めません。

 そんな中、僅かに宙に浮いた紅様が、スキー板を付けたままスイスイと斜面を登り、勢いよく吹雪の中へと飛び込んで行かれました。


 遅れて吹雪の中に駆け込んだ私達の前に、小さな山小屋が現れました。紅様の姿も確認出来ます。

 ひと足先に到着した紅様は、何故か扉の前で神妙そうな顔をして皆の到着を待っていました。どうしたのでしょう。


「紅! 航太殿はその中か?」


「あ、ああ」


「ならば早く踏み込まぬか!」


「あー、そうなんだけどさぁ。美狐が中の様子を伺ってから、どうするのか決めた方が良いかなぁって……」


「なんじゃ、それは。どういう意味じゃ」


「航太殿がどんな状態でも、美狐が取り乱さぬ覚悟があるなら……」


「何の話じゃ。大怪我でもされておるのか。ならば急いで助けねば!」


「あー。まあ、どうかなぁ」


「何を勿体もったいぶっておるのじゃ!」


 紅様の微妙な雰囲気に首を傾げつつも、言われた通りに扉の前で中の様子を伺う美狐様。

 すると、小屋の中から艶やかな声が……。


「あぁ……コータぁ、そんなとこはダメでーす……Oh! そんな所をつついてはダメッ! もうオチチャイマース……Oh! ノー! コータぁ、カモーン……」


 頭から血の気が引いて、目眩めまいがして参りました。

 美狐様ダメです。いま踏み込んでは駄目です……。

 そんな祈りは届かず、美狐様は躊躇ちゅうちょなく山小屋の中に踏み込んで行かれました。

 絶望的な光景が広がっているのを覚悟しながら後に続きます。蛇澄美が八つ裂きにされるのを止めなくてはなりませんから。


「おぬしは何をやっておるのじゃ!」


 小屋に響き渡る美狐様の怒声。

 その途端、何かが崩れ落ちる様な乾いた木の音が鳴り響きました。

 そして私達の目の前には、顔を寄せ合いキョトン顔で皆を見ている航太殿と蛇澄美の姿が……。


「あ、ミコちゃんも避難して来んだ! 無事で良かった」


 嬉しそうに美狐様に話し掛ける航太殿。テーブルの上には崩れ落ちた『タワー積みゲーム』の木片が……。


「こ、航太殿。何をしておいでじゃ」


「ああ、これ? 蛇澄美ちゃん、このゲームいつも持ち歩いているんだって」


「そうデース! わたし、このゲームが大好きデース! 皆もしまショーウ!」


「……」


 予想もしなかった展開に、皆唖然としながら二人の姿を眺めています。

 そんな中、美狐様がよろよろと航太殿の元へと近づかれ、へたり込んでしまわれました。


「航太殿……よくぞご無事で」


「えっ? ミコちゃんどうしたの。何処か痛いの? もしかして怪我しちゃった? だ、大丈夫?」


 うつむいてぽろぽろと涙を流される美狐様。航太殿が心配そうに覗き込んでいます。

 ですが、美狐様が泣かれている理由には気が付かれていないご様子。


「航太っ! 美狐さ……ミコちゃんは行方不明のお前の事が心配で心配で、必死で探してたんだぞ!」


「ええっ! そ、そうなんだ……ゴメン。ミコちゃん、心配掛けてごめんなさい」


 白馬君が珍しく声を荒げると、航太殿はハッとされて謝り始めました。やっと分かって頂けた様です。

 

「ゴメンねミコちゃん。ゴメンね」


 航太殿の言葉に更に泣き出す美狐様。

 余程心配されていたのでしょう。無事に再会出来て安堵の感情が抑えきれないご様子です。


「今の勝負は私の負けネ。だから罰ゲームデース! チュッ!」


 そんな場の雰囲気を全く読む事なく、航太殿の頬にキスをする蛇澄美。

 顔を上げた美狐様の目が怒りに燃えています。


「な、何が罰ゲームじゃ! 蛇澄美め!」


「ナンでデースかぁ、これからもっとジョイフルな罰ゲームをしようと思っていたノニ。みんなお邪魔デース」


「何じゃと! もう許さぬぞ!」


「Oh! ミコちゃーん怖いデース」


「あーもう! 皆で美狐様を止めてー! 蛇奈ちゃんは蛇澄美を連れて逃げてー!」


 ────


 崩れ落ちる乾いた木片の音が部屋に響き、周りから笑い声が上がります。


「おお、これは中々面白いのう」


「デショウ? 私このゲーム大好きデース!」


 お菓子を賭けたタワー積みゲームの対戦の傍で、トランプに興じたり輪になり話に花を咲かせて皆が楽しそうに過ごしています。

 スキー体験学習の初日は皆疲れて寝てしまったので、今日こそはと部屋に集まる事に。

 別行動を大後悔している白馬君が航太殿の傍を離れないので、結果的に蛇蛇美達とお目付け役の蛇奈ちゃんも一緒に遊びに来ています。

 部屋にはいつもの変化へんげ族の皆に加え、遠呂智おろち族の面々も勢揃い。

 普段はいさかいが絶えない者達も、いつの間にか混ざり合って修学旅行の夜を楽しんでいました。


「おお、蛇澄美ちゃん凄い! こんなに小さな雷とか落とせるんだ」


「ハーイ! 天候に関する事は何でも出来るデース」


 どうやら、白馬君や蛇蛇美達のグループは、蛇澄美ちゃんの妖術で遊んでいる様子。

 私は華ちゃんと蛇奈ちゃんと一緒にお菓子パーティーをしていたのですが、二人がなんとも言えない微妙な表情で私を見つめています。

 どうしたのかと思ったら、とんでもない事に気が付きました……航太殿の前で妖術を使うなんて!

 慌てて止めに行こうとすると、美狐様に呼び止められました。どうしたのでしょう。


「咲、大丈夫じゃ」


 美狐様は何とも幸せそうな表情されています。


「あっ!」


 何と美狐様のおひざの上には航太殿の頭が……。目をつぶりしっかりと眠っておいでのご様子。


「み、美狐様。まさか妖術で」


「はて、知らぬのう」


「美狐様!」


「良いではないか。疲れておいでの様じゃったし、こうしておるとわらわも安心じゃ」


「はぁ」


 周りの皆も今日の美狐様の取り乱し様と、心底心配していた姿を見ているので、見て見ぬ振りをして邪魔をしない様にしてくれています。心穏やかではないはずの静様や紅様までも……。




 皆で楽しんでいるうちに思わずウトウトしてしまい、気が付くと転寝うたたねをしていました。

 寝ぼけまなこでぼんやりと部屋を見渡すと、皆もあちらこちらで眠り込んでいるのが分かります。

 ですが、美狐様は相変わらず膝枕で眠っている航太殿をジッと見つめておいででした。

 思わず見惚れてしまうほど優し気で、何とも幸せそうな表情。木興様に逆らって全力で応援したいという気持ちが込み上げて参ります。


「うーん……」


 目が覚めたのか、航太殿がうっすらと目を開き美狐様を見上げていました。目線を合わせている二人の雰囲気が、何とも堪りません。


「目を覚まされたのか」


「ん……。あれ、ミコちゃん?」


「おお、そうじゃ。美狐じゃ」


「あ……やっぱり可愛い……」


「お、おぉ? 何じゃと?」


 航太殿はうっすらと目を開けたまま話し掛けられています。まだ夢見心地と言った感じでございましょうか。


「ミコちゃんはさ……やっぱり眼鏡をしてない方が可愛いと思う」


「な、なんじゃと」


 そうでした。美狐様はいつものヘンテコな眼鏡を外して過ごされていたのです。航太殿はその顔を見て『可愛い』と……。


「こ、航太殿……い、いま何と申された」


「……むにゃぁ」


「おおぉ……寝言じゃったのかのう」


 目をまん丸にしながら問い返す美狐様の膝の上で、航太殿はまた寝入ってしまわれました。

 私は美狐様に気取られぬ様そのまま目をつぶり、そしらぬ振りをする事に。何故か私の方がドキドキしています。


 結局、そのまま寝入ってしまい、朝になり皆で大慌てで部屋に帰る事に。

 もちろん、大騒動になりそうでしたので、先生方への忘却術は致し方ございません。


 ────


 修学旅行も無事に終わり、いよいよ帰路につきました。

 流石に疲れたのか、皆帰りの新幹線では騒ぐことなく座席で眠っています。

 そんな中、航太殿の横に座っている美狐様だけが眠らずにお過ごしでした。手首に巻いた可愛らしいブレスレットを嬉しそうに眺めています。


「咲よ」


「はい」


「可愛いじゃろう。航太殿が心配をかけたお詫びと言って、お土産屋でプレゼントしてくれたのじゃ」


「まあ! 雪の結晶をかたどった白と透明な天然石が本当に可愛い」


「どちらもわらわの宝物じゃ」


 美狐様の反対側の手首には、海をイメージした様なブレスレットが巻かれていました。

 これは確か修学旅行の前から身に着けていらした物かと。澄んだ青色と透明な石がとても綺麗です。


「まさか、それも航太殿から?」


「ふふふ。どうじゃろうなぁ」


 ブレスレットを見ながら微笑む美狐様は、いつもと雰囲気が違います。

 それもそのはず、実はあれからヘンテコな眼鏡をしていないのです。


「美狐様」


「なんじゃ」


「眼鏡……木興様に怒られますわよ」


「左様か。じゃが、ちょっとずつの変化であれば良いのじゃろう」


 小言こごとを言う私に、美狐様は満面の笑顔を向けられます。

 木興様に言い含められ『急な変化はなりませぬ』と言い続けて参りました。

 でも、美狐様の言う通り少しずつの変化であれば、木興様も文句が言えないはずでございます。


「少しずつで良いのじゃ。少しずつ好きになって貰えれば良いのじゃ」


 愛おし気に航太殿の寝顔を見つめられる美狐様。

 その言葉といじらしきお姿に胸を打たれ、涙目で微笑む事しか出来ませんでした。

 ──ああ、美狐様。私は美狐様の傍に居られて幸せでございます。



 今宵のお話しはここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。





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 『ミコミコ』を読んで頂きありがとうございます!


 今話『修学旅行は恋の予感』の更新に随分と時間がかかってしまいました。

 お待ち頂いていた皆さん、本当に申し訳ありません。

 次話以降は、物語の終盤に向けて出来るだけ早目に執筆して行きたいと思っております。


 皆さんの「応援♡」や応援コメント。☆評価にブックマークがとても嬉しい今日この頃です。

 これからも『ミコミコ』を可愛がって下さると幸せです。

 いつもありがとうございます。


 磨糠 羽丹王(まぬか はにお)



 皆様の応援のお陰で『ネット小説大賞11』で1次選考を通過する事が出来ました。昨年に引き続きの通過になりますが、今回は2次以降に駒を進める事が出来れば幸いです。ありがとうございます。

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巫女の美狐は天狐の皇女  ~ ミコノミコハテンコノミコ 人に恋して高校へ ~ 磨糠 羽丹王 @manukahanio

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