第55狐 「修学旅行は恋の予感」 その11

さきよ、航太こうた殿はまだ見つからぬのか!」


「スキー場は広いですから」


「うーむ。心配なのじゃ……蛇蛇美じゃじゃみどもめ!」


 ゴーグルを外してキョロキョロと周りを見渡している美狐みこ様。

 本当に心配されているご様子で、眉を下げた心もとなそうな表情が痛々しくもあります。


 初心者クラスの私達は、二日目の午後にやっとゲレンデの中腹からの滑降練習になりました。

 リフトで辿り着いた斜面の余りの急角度に驚いていた矢先、脚を怪我した人をインストラクターが見付け、ふもとまで降ろすあいだ待つように言われたのです。

 皆で待っていたその隙を蛇蛇美達に突かれ、散々雪を浴びせられた上に雪合戦の大混乱に陥り皆バラバラに。

 蛇蛇美達が去った後、航太殿が何処にも居ない事に気が付いたのでした。

 それから急に天候が変わり、吹雪ふぶいて捜す事もままならず、ゲレンデの中腹で過ごす事に。

 天候が回復してから捜し始めたのですが、航太殿はもちろんのこと、蛇蛇美達の姿もなく、一緒に捜して欲しい白馬君と鳥雄とりお君の姿も見当たりません。

 頼りたいインストラクター達も、行方不明だと伝えてもキョトン顔。どうやら誰かが術を掛けて行った様なのです。


「インストラクターに忘却の術の様なモノを掛けて行ったと言う事は、あやつらは航太殿を狙って誘拐したに違いないのじゃ! おのれ遠呂智おろち族め! ちょっと気を許したばかりに隙を突かれてしまったのじゃ」


「美狐様、それは考え過ぎでございましょう。彼女達が航太殿をさらう理由がございません。それに蛇奈じゃなちゃんがそんな事を許すとも思えませんし」


「そうかのう……」


 美狐様は納得のいかない顔をしておいででしたが、蛇蛇美達がさらったという疑いは直ぐに晴れました。彼女達が戻って来たのです。


「あんた達さあ、ここから数ミリも滑ってなくない? もう転がってふもとまで降りれば?」


 蛇蛇美と蛇子じゃこが愉快でたまらないといった感じで、こちらを指差して笑っています。

 その途端、私の横で凄まじい殺気が沸き起こりました。

 

「お、ぬ、し、ら、航太殿を何処に連れて行ったのじゃ!」


 美狐様の遠呂智族への疑いは全く晴れて居ませんでした。本当にさらったのならば戻って来ないでしょうに……。


「はぁ? 何を言ってるの。航太とか知らないわよ。馬鹿じゃないの」


「蛇蛇美、正直に申せ。事と次第によっては……」


 美狐様の体から強い妖気が漂い始め、周囲の空気がただならぬものへと変わりました。あまりの迫力に蛇蛇美達の余裕の表情が焦りに変わり始めます。


「ちょ、ちょっと、本当に知らないってば! なに殺気立ってんのよ」


「おぬしらがさらったからじゃろうが!」


「はぁ? 何であんな奴を攫わないといけないのよ。白馬君ならまだしも」


「おっ、俺がどうした?」


「ちょっとあんた達、また美狐様に迷惑かけてるの? 止めなさい!」


 蛇蛇美達の後から到着した白馬君と蛇奈ちゃんが間に入ってくれました。これでいさかいが治まりそうです。

 

「あれ、航太は? それにしずちゃんも居ないじゃん」


 白馬君の一言で美狐様の表情が凍り付きました。そう言えば確かに静様の姿も見当たりません。まさか……。


「なによ! あんたの大好きな航太は静に持ってかれたんでしょう? 私たち関係ないよね!」


「ぐぬぬ」


 疑いを掛けられていた蛇蛇美が詰め寄ります。これは証拠もなく疑った美狐様が悪い気がしますが。


「……タスケテ……ダレカ……」


 その時でした、何やら小さな声で助けを求める声が聞こえて来たのです。

 最初は空耳かと思いましたが、確かに聞こえます。皆もキョロキョロと周りを見渡しているので、本当に聞こえているようです。


「「あっ!」」


 何か見付けたのか、白馬君と鳥雄君が木陰になっている場所に踏み込んで行きました。誰も滑らない場所なので、圧雪されていないフワフワの雪が積もっています。


「よいしょ!」


 二人が掛け声と共に雪の中から何かを引き起こしました。

 そこには雪に埋もれていた静様の姿が……。


「ありがとう。はまり込んで動けなかったの」


 白馬君達に手を引かれながら、雪まみれの静様が皆の前に。

 妖術を使えば難なく出て来られたはずですが、人族に見られるのを避けたのでしょう。静様らしい心遣いです。 


「静さん、航太殿は何処じゃ!」


「航太さん? 一緒じゃありませんわよ。どうかしたのですか」


 静様も首を傾げるばかりで、航太殿の行方は知らないご様子。


「ならば、航太殿は何処におるのじゃ……まさか埋まっておるのか?」


 美狐様のひと言で皆に緊張が走ります。静様の様に深い雪の中に埋まっていたとしたら……。


「クソッ! マジか。やっぱり一緒に居れば良かった。鳥雄、捜すぞ!」


 白馬君が慌てて周りを捜し始めました。皆もそれに続きます。


「白馬くーん。私達も捜すぅ」


 猫撫ねこなで声で蛇蛇美たちも捜索に加わりました。といっても、白馬君に引っ付いて回っているだけですが。


 その後、紅様たちも合流して周囲を捜しましたが、航太殿の姿は何処にも見当たりません。

 雪に埋まっているという深刻な事態ではありませんが、本当に行方不明になってしまったようです。


「静さん」


「何でしょう美狐様」


「こうなっては致し方なしじゃ……山の雪を全部溶かしてしまおうかのう」


「そうでございますわね。そういたしましょう」


「ちょ、ちょっと、お二人とも!」


 二人の体からオーラの様な妖気が漂い始めたところで、慌てて止めに入りました。そんな事をされては後始末がとんでもない事になってしまいます。

 もう、木興きこ様以下の気狐きこたちどころか、変化へんげ族総出で対処に当たらねばならなくなってしまうではないですか。

 皆で美狐様をなだめて、なんとか暴発を防ぎました。


「じゃあ、どうすれば良いのじゃ。航太殿はどこに居られる。心配で心配で堪らぬのじゃ……」


 今度は泣きそうな表情でゲレンデを見渡される美狐様。不安なお気持ちは良く分かります。


「航太殿はひとりで迷子になってしまわれたのじゃ……」


「なあ、美狐。航太殿はひとりなのか?」


 合流した紅様が怪訝けげんそうな顔をしながら皆を見回しています。どういう事でしょうか。


「そうであろう。陽子ようこ桃子ももこもおるし、遠呂智族の面々も揃っておる。皆ここに居るではない……!」


「!」


「!」


「あっ! 蛇澄美ジャスミ!」


 ────


 午後の学習は初めてゴンドラに乗って、ゲレンデの中腹まで登ったんだ。

 インストラクターは緩やかな斜面だと言っていたけれど、怖くなるくらいの急斜面に感じたよ。

 その後、隣のクラスの蛇蛇美ちゃん達が悪戯して来て、雪合戦になったんだ。皆大騒ぎで、凄く楽しかった。

 でも、途中から急に吹雪いて来て、周りが殆ど見えない状態になってしまった。

 気が付いたら周りに誰も居なくて、焦っていたら蛇澄美ちゃんが俺を見付けてくれたんだ。

 吹雪の中で滑っているスキーヤーとぶつかると危ないから、付いて来るように言われた。

 スキー上級者の蛇澄美ちゃんは、俺をストックに掴まらせて引っ張ってくれたんだ。

 ビックリするぐらいスイスイ進むから、ちょっと楽しかったよ。  


「コータ、吹雪が止まないデースネ」


「周りが全く見えないね。皆大丈夫かなぁ」


「きっと大丈夫ネ! 余り離れ過ぎない様に、何処かで吹雪が止むのを待ちまショウ」


「うん、そうだね。このままじゃ皆を捜せないし」


 そんな話をしていたら、蛇澄美ちゃんが先の方を指差したんだ。


「Oh! コータあそこに山小屋がありマース。避難しまショウ」


「本当だ。でも、勝手に入っちゃ駄目でしょう?」


「大丈夫デース。あれは多分避難小屋デース」


「避難小屋?」


「ソウデース。雪山とかで遭難しかけた時に利用できる小屋デース」


「そーなんだ。蛇澄美ちゃん詳しいね」


「オフコース。任せてくだサーイ。さあ、入って。コータ、カモーン!」


 蛇澄美ちゃんが言う通り、小屋の入口に『避難用』の看板があって、中に入る事が出来たんだ。

 そんなに広くは無いけれど、室内はちゃんとした造りで、椅子やテーブルも置いてあった。


「へえ、ちゃんとした小屋だね。ここなら吹雪でも安心だね」


「デショウ? ストーブに火を付けマース」


 蛇澄美ちゃんが手慣れた感じで薪ストーブに火を付けて、しばらくすると、火が大きくなって暖かくなって来た。


「蛇澄美ちゃんは、キャンプとか良くするの?」


「ハーイ。私ガールスカウト入ってマシタ。安心してくだサーイ」


「そうなんだ、だから手慣れてるんだね。お陰で部屋も段々と暖かくなって来たよ」


「もう、ウェアー脱いでも大丈夫デース!」


「そうだね、流石にスキーウェアーは暑くなって来たよ。ジャージでOKだね」


「イエス! わたしはTシャツとショートパンツネ!」


「あ、うん……」


 ストーブの傍にある椅子に座っていると、蛇澄美ちゃんがリュックをゴソゴソし始めた。

 何でリュックなんか持っているのか不思議だったけれど、蛇澄美ちゃんはスキー上級者だから、班長とかで救急用のポーチとか持っているかも……そんな事を考えていると、彼女がジッと見つめて来たんだ。


「ねえ、コータ……」


「どうしたの。それ、何?」


「コータ! しようよ!」


「えっ?」


「私こういう時のタメに、いつも持ってマース!」


「じゃ、蛇澄美ちゃんは、そういうのいつも持ち歩いているの?」


「ハーイ、いつしたくなるかワカリマセーンから! だからネ?」


 蛇澄美ちゃんは胸を張りながら膝に手を置き、期待に満ち溢れた眼差まなざしで青い瞳を輝かせている。

 首を傾げながら返事を待っている姿は、大きくて綺麗なニャンコみたいだ。

 皆の事が心配だけれど、外は未だ吹雪いているし、蛇澄美ちゃんのお誘いを断るのも悪いと思った。


「分かった。しよう……」


「Oh! コータぁ大好きデース! コ・ウ・タ……カモーン!」




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

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