第54狐 「修学旅行は恋の予感」 その10

 ──コムギはどうしているかなぁ……。

 修学旅行の一日目の夜。

 モフモフしながらコムギと一緒に寝られないから、何だか寂しい。

 お母さんには、コムギが来たら可愛がってあげてとお願いしているけれど、やっぱり会えないのは寂しいな。

 いつも目をキラキラさせながら、何だか話を聞いているような素振りをしてくれるし、抱き締めたら喜んで顔をペロペロ舐めてくれる。

 そんな事を思い出したら、コムギを抱っこしたくなったけれど、仕方がないから、お布団をギューって抱き締めて誤魔化した。

 大好きだよ。コムギ。


 でも、今日は一日楽しかったな。

 新幹線での移動は皆で騒いで、大きな稲荷神社でお昼をご馳走になって……あれは、懐石料理とか言う食事なのかな。見た事もない料理ばかり出て来て、とても美味しくてびっくりしたよ。

 それに、何と言ってもコムギの飼い主さんに会えた。

 本当に綺麗な人だ。同じくらいの歳に見えるけど、アルバイトの咲ちゃん達の話し方からすると、稲荷神社の偉い巫女みこさんなのだろうな。

 ホテルでの夜ご飯も楽しかった。

 あんなに皆でワイワイ騒ぎながら食べたのは久しぶりだ。

 ミコちゃん達がふざけて沢山取ってくるから、後でヒーヒー言いながら皆で食べたよ。お腹いっぱいだったけれど、楽しかったぁ。


 ああ、何だか眠たくなって来たよ……あれ? コムギが居る……アハハ、良い夢だなぁ……。




「美狐様、もう良いでしょう! これ以上は航太殿が目を覚ましてしまうかも知れません」


「咲よ、今しばらく……。かように抱きしめて下さっておるではないか。これは離れられぬ」


「なりませぬ。航太殿に忘却術を使いたいのですか」


「うむぅ。白馬よ。今一度、睡眠の術を航太殿に掛けるのじゃ」


「ええぇ……。航太が明日起きられなくなるかも知れませんよ」


「美狐様! 一緒にスキーが出来なくなりますよ。馬鹿な事を言ってないで、部屋に帰りますよ」


「航太殿が抱き締めて離してくれぬのじゃ。うーん、これは動けぬのう……あ、何をするのじゃ!」


「ほら、こうして簡単に抜けられます! 美狐様、帰りますよ……えっ」


 航太殿の腕の中から、モフモフの美狐様をそっと引き抜いた途端、腕が伸びて来て航太殿に抱きすくめられてしまいました。これは抜け出すのに苦労しそうです。


「さあぁぁぁきぃぃぃぃぃ」


 美狐様のモフモフの可愛らしい姿は一変、目の周りに赤い隈取くまどりがあり尾がいくつも分かれている本来の天狐てんこのお姿に。冗談じゃありません。

 急いで気狐きこの姿に戻り、航太殿の腕から逃れます。


鳥雄とりお君!」


「は、はい」


「君がここ!」


「ええぇ……」


 渋る鳥雄君を航太殿の腕の中に押し込み、元の姿に。

 私を睨みつけている天狐の美狐様を、仁王立ちで睨み返します。


「美狐様。帰りますわよ」


「咲よ。さっきのは何のつもりじゃ!」


「全部美狐様が悪いのでしょう。いい加減にしないと、航太殿の記憶を全部忘却してしまいますわよ」


「ぐぬぅ。わらわを脅すとは。酷い気狐じゃ」


「とっとと部屋に帰りますわよ。何でしたら、今から念話で木興様にご連絡申し上げても宜しいですわよ」


「咲……わらわが悪かったのじゃ。許してたもれ」


 こんな遠くから念話で話すなど無理なのですが、美狐様が大人しく従って下さったので良しと致します。

 

「こんなお忍びは今日だけです! 明日からは普通に部屋に行くなり呼ぶなりして下さいね」


「分かったのじゃ。水浴みあみの時間が遅すぎて会えなんだから……」


「お前ら、早く帰ってくれー」


 航太殿に抱き締められている鳥雄君を尻目に、グジグジ言い訳をしている美狐様を連れて部屋に戻ります。

 廊下で深夜の監視をしている先生方に、私達に出会った事を忘却頂きながら……。

 

 ────


 スキー学習一日目の午前中は、インストラクターの話を聞くだけで終わり、午後からやっとスキー板を履いてゲレンデに出る事に。

 この時点からスキー経験者は基礎練習免除となり、リフトで高所へ。


「うふふ。冬のロマンスはゲレンデよ」

 

「じゃあな! 小鹿ちゃんたち」


 陽子さんと紅様が手を振りながら去って行きます。

 陽子さんは夏だけじゃなくて、ひと冬の恋もお得意の様子。

 それに引き換え、紅様は皆から疑いの目を向けられています。

 それもそのはず、紅様は危うい状態になると明らかにスキー板が宙に浮くのです。転ばない様に空を飛んでいるのでした。人族に見つからない様にして頂きたいところです。

 二人を見送った私達は、紅様に言われた「生まれたての小鹿」の様に膝を震わせながら、なだらかな斜面で練習を続けます。


「おおー止まらぬぅ。航太殿、受け止めて欲しいのじゃ!」


「えっ? うわっ」


 果たして何度目でございましょう。

 明らかに航太殿へぶつかる方向へと上手に向きを変える美狐様。

 その度に、嬉しそうに航太殿を押し倒し、胸の中へと飛び込まれています。

 それを恨めしそうに見ている静様は、まだまだ上手く滑れない様子。航太殿へ向かおうとしてあらぬ方向へと滑って行くのでした……。

 



「何じゃ!」


「キャッ、何ですの」


 一日目のスキー学習はそろそろ終わり掛け。

 初心者の私達は、今日習った事をなだらかな斜面で復習中です。

 ところが、基礎講習が免除のスキー経験者たちが目の前で急ブレーキをかけて、雪と氷混じりの粒を大量に飛ばして来たのです。


「あー、ゴメンゴメン。そんなところに雑魚が居るとは思わなかったぁ」


「あらら、まだ地面を這っているの? これだから動物変化族は……」


 蛇蛇美と蛇子です。

 どうやら遠呂智おろち族は蛇だけに体重移動がとても上手な様で、彼女達のクラスで初心者コースに残っている者はひとりもいませんでした。

 なだらかな斜面でも上手く滑れない私達は、悪戯をされても反撃すら出来ません。


「何じゃお主等は! ちょっと滑れるからといって偉そうに」


「えー、ちょっとじゃ無いわよー。私達は頂上からスイスイ滑れるわよ」


「雑魚ミコ」


「ぐぬぬ……」


「こら! 蛇蛇美、蛇子! 人の邪魔をするのはやめなさい。ゴメンね咲ちゃん」


「フーンだ」


 蛇奈ちゃんが申し訳なさそうにしていますが、蛇蛇美達は強気のまま。妖術無しでの優位が嬉しくて堪らない様です。


「どうしたの?」


「ううん♡ 何でもないのー♡ 白馬君もう一度上に行こうよ!」


 スキー経験者の白馬君が現れた途端、蛇蛇美達の態度は激変。

 おまけの様に付いて行かされている鳥雄君も引き連れて、ルンルンでリフトの方へと去って行きました。


「全く。腹の立つ奴等じゃ!」


 美狐様はお腹立ちの様子ですが、妖術無しのスキーの腕前で負けている手前、悔しそうに見送る事しか出来ません。

 初心者の私達変化族に比べて、スキーは上級者レベルの遠呂智族。

 この時はまだ、いつもは航太殿の傍にいる白馬君と鳥雄君が居ない事によって、まさかあんな大変な事になるとは思ってもいませんでした……。




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

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