第53狐 「修学旅行は恋の予感」 その9

「ほう。これが宿なのじゃな」


「おおー。結構綺麗じゃん!」


「本当に綺麗な宿ですわね」


 雪景色が続く長い山道を越え、宿泊するホテルに到着致しました。

 皆、荷物を抱えながらロビーへと入って行きます。

 車酔いを一番心配していた静様ですが、何と元気いっぱいでバスから降りて来られました。

 普段だと車酔いで全く動けなくなる静様。元気に到着できた理由は、ちょっとしたアクシデントでございます。


 バスが出発して直ぐの事でした。白馬君が航太殿に飲み物を渡そうとしたのですが、蛇蛇美たちが補助席に陣取っていた為に、航太殿が後方の座席へと取りに行く事に。

 その際、バスが急カーブを曲がり、航太殿は勢いよく倒れ込んでしまったのです……静様が座っている席へと。

 通路側に座っていた紅様が喜んで受け止めようとしたのが余計に邪魔となり、航太殿はどこにも掴まる事が出来ずに静様に向けて倒れてしまいました。

 その時、航太殿の手は静様の胸をしっかりと掴んでしまった上に、そのまま胸に飛び込む始末……。

 車酔いにおびえ硬直していた静様は、胸を鷲掴みされた上に航太殿をしばらく抱きしめる事となり、頭の先まで真っ赤になっていました。

 それからというもの、静様は恥ずかしいやら何やらの感情が渦巻いていたのか、顔を赤らめたまま景色を見たり、キョロキョロとあらぬ方向を眺められたりしながら過ごし、気が付くと車酔いもせずにホテルへと到着したのです。

 何が起きたか知らない美狐様は不機嫌になられる事も無く、静様も車酔いで苦しむ事も無く、結果的に良かったのかも知れません。多分でございますが。




 ホテルのロビーで同室のグループで集められ、先生から部屋の鍵を受け取っている時でした。美狐様が目を輝かせながら私を手招きしています。

 嫌な予感しか致しません。


「のう咲よ。妖術で名簿を改ざんして、航太殿とわらわを同じ部屋にしてはくれぬか」


「み、美狐様。それはなりませぬ」


「何でじゃ」


「左様な事をさせるわけには参りませぬ」


「左様な事? いつもと変わらず一緒に眠るだけじゃが」


「あ、いえ、はい。左様でございますわね」


「じゃろう。では、やってくれるか」


「いえ、なりませぬ。そのお姿で一緒に眠るのは、いささか問題がございます」


「では、いつもの様に白狐びゃっこの姿であれば良いのか」


「美狐様。わざとおっしゃっているのでしょう。白狐のお姿で修学旅行先に現れるなど、航太殿にどの様にご説明になるおつもりですか」


「ほれ、先程稲荷神社で航太殿と巫女姿で会ったでは無いか。航太殿は『あー、飼い主さんに付いて来たんだね!』と思って下さるじゃろう」


「美狐様。稲荷神社からここまで、どうやって来たという事になさるのですか」


「荷物と一緒に乗って来た、で良いでは無いか。皆に付いて来てしまったという事で」


「なりませぬ。大騒ぎになります」


「折角の修学旅行じゃ。多少の騒ぎがあった方が楽しいではないか」


「美狐様。旅行中に木興様に連れ戻されても宜しいのですか。このホテルにも監視の目が無いとは、とても思えませぬが……」


「そうかのう」


「美狐様。普通に部屋に遊びに行くか、航太殿を部屋にお呼びになれば宜しいではないですか」


「ふむぅ。そうかのう」


 何となく納得頂いた様なので、すかさずその場を離れます。

 お気持ちは分かるのですが、こちらも木興様からきつく言い付けられておりますので……。




 それぞれの部屋に入り、荷物を置いたらすぐに夕食の時間です。

 このホテルは幾つもの建物が渡り廊下で繋がっていて、食事をする場所に行くにも長い廊下を抜けて行けなければなりません。

 途中で迷いそうになりながら指定されたレストランに辿り着くと、ビュッフェ方式の広い学食の様な場所でございました。

 

「航太殿はどこじゃ」


 美狐様はレストランに入るや否や、航太殿の姿を探して広い食堂の中を必死で見渡されています。


「白馬君はどこ!」


 すぐ後から、私達を押し退ける様にしながら、蛇蛇美達がレストランに入って来ました。

 白馬君との同席を勝ち取る為に、キョロキョロと頭を振りながら室内を見渡しています。

 美狐様と蛇蛇美の頭の動きがシンクロしていて、後ろから見ていて思わず笑ってしまいました。


「どうした?」


「うん、白馬君と航太君を探しているみたい」


「ほー。俺と航太ならここに居るけど」


「えっ?」


 振り向くと航太殿と白馬君、それに鳥雄君が入口に立っていました。どうりで見つからない訳でございます。


 ────


「航太殿は、これはお好きか?」


「白馬くーん、これ一緒に食べようよ」


「なあ、航太。これ食べてみないか」


「白馬君。好き嫌いはある。これ好き?」


「航太さん。私はこれがお勧めですわ」


「Oh! コータ。『ビュッフェ』は発音違いマース、『バフェイ』デースヨ! さあ、コレ食べまショウ」


「航太殿。妾と一緒に食べるのじゃ」


 三人を取り囲む様に陣取る女性陣。

 あれよあれよと言う間に、三人の目の前には、取り分けられた食べ物のお皿が並びます。


「ねえ、咲ちゃん。あんなに食べられるのかにゃぁ」


「うーん。どうなんだろうね。華ちゃん、私達は常識的な量で済まそうね」


「咲ちゃん。あたしもこっちに混ぜて」


「あ、蛇奈ちゃん! 一緒に食べようよ」


 航太殿達の前にところ狭しと並べられて行く食事を横目に、ひとつ離れた席で私と華ちゃんと蛇奈ちゃんは、落ち着いてお食事です。

 一皿一皿追加しながら、デザートまで完食しました。


「あにゃ! 新しいデザートが追加されたニャ!」


「やだ、小さいケーキがいっぱい! ちょっと食べようよ」


「本当だ、色んな種類があるね」


 途端にテーブルに並ぶ色とりどりのケーキたち。イチゴにチョコにモンブランにババロア……。


 ────


「うーむ。動けぬぅ。誰じゃあんなに食事を取って来たのは」


「美狐が一番多く取って来てたじゃないか」


「紅様もなかなかの量でございましたわよ」


 航太殿たちの前に際限なく並べられた食べ物は、もちろん取って来た全員で完食頂きました。

 お陰で、美狐様も紅様も静様もはち切れんばかりのお腹を抱えて部屋へと戻って来られたのです。


「しかし、航太殿は妾の選んだ物を一番食べて下さったのう。やはり妾を好んでおられる。うぷぅ」


「美狐が無理やり口に押し込んでいたからだろう! おえぇぇ」


「栄養のバランスはわたくしが一番だったはずですわ。航太殿の健康を一番考えているのは……うーん、胸やけがぁ」

 

 三人とも食べ過ぎで大変な状態です。本当に困ったものでございます。


「ほらほら、そんなに満腹の状態だとお風呂に入りに行けないじゃないですか! 美狐様たちは、もう少し考えてから行動して下さい」


「咲よ。では、お主は何で寝転んでおるのじゃ。うぷぅ」


「べ、別に。ちょっと休んでいるだけでございます」


「うーん。もう甘いものは要らないにゃあ、咲ちゃん取り過ぎだにゃあ」


「えー。最後にもう一巡とか言って取って来たの華ちゃんじゃない。うーん、お腹が重たいぃ」


「うーん」


「うーん」


 完全に食べ過ぎた私達五人は、部屋で転がったまま動けません。

 そんな私達を横目に、桃子ちゃんと陽子ちゃんは入浴の支度を整えています。


「あらあら、みんなお腹がパンパンじゃないの。そんな状態だと、お風呂には行けないわね」


「私達は先に入って来るっキュ♡ 美肌効果抜群の温泉っキュ♡ ゆっくりして来るっキュ♡」


「そうそう、皆さん分かっているとは思うけれど、今日は満月ですからね! では、お先に!」


 陽子ちゃんと桃子ちゃんは、先にお風呂に行ってしまいました。しかも、重大な事を言い残して……。


「そうじゃ、今日は満月じゃったな」


「いま思い出した。水浴みあみしなきゃいけないじゃん」


「私は覚えていましたわよ」


「あにゃぁぁ」


「しばらく動けません……」


 ────


 結局、私達五人はお腹がこなれるまで休んで、夜遅くにお風呂に入りに行く事に。

 誰も居ない大浴場で体を洗った後、満月の光を浴びるために、水浴を兼ねて露天風呂へ。

 屋外へと続く扉を開けると、露天風呂には先客が居ました。


「何じゃお主等は。何で蛇蛇美たちがおるのじゃ」


「何よあんたたち。何でこんな時間に風呂に入りに来てんのよ」


「あ、蛇奈ちゃん」


「ああ、咲ちゃん。横においでよ」


 結局、食事を並べ過ぎた蛇子と蛇蛇美に蛇澄美、それに私達とケーキを食べ過ぎた蛇奈ちゃんも、直ぐにはお風呂に入れずに、この時間に入浴と水浴みをする事になったそうです。 

 前にも申しましたが、満月に行う水浴みあみは、古来より我々変化へんげ族の魂を浄化し、絶大な力を与えると言われているのです。

 満月の日の水浴みは、変化族にとって大切な行事なのでございます。


「綺麗な天満月あまみつきじゃのう」


「晴れ渡った空に美しい満月」


「良い感じじゃん!」


「あんた達さぁ、誰のお陰で満月を見られていると思ってんの?」


「何じゃ蛇蛇美? どういう事じゃ」


「Oh! 私が晴れさせてマース!」


「おお、なるほど。蛇澄美の妖術か」


「でも、虹蛇にじへびの力って、雨を降らせるとかじゃございませんでした?」


「ソウデース! 静ちゃん良く知ってますネー! デモ、雨を降らせるデキルと、その逆もデキルデース!」


「なるほどのう」


「本当なら曇り空に雪よ! 私達に感謝なさい!」


「煩いなー! 蛇澄美の力であって、蛇蛇美のお陰じゃないだろう!」


「煩い紅烏べにがらす!」


「やるかー!」


「なによー!」


「これこれ、止めぬか。水浴はたおやかに行うのじゃ」


「こら、蛇蛇美。止めなさい」


「「はーい」」


 美狐様と蛇奈ちゃんに怒られて、紅様も蛇蛇美も首をすくめながら矛を収めました。

 皆で大人しく並んで、月の光を浴びます。


 どういう縁の巡り合わせか分かりませんが、宿敵である遠呂智族と共に、深夜の露天風呂で水浴を行うという何とも不思議な事態に。

 満腹で入浴が遅れた分、人族に気兼ねなく美しい満月の光を浴びる事が出来て、何とも良い修学旅行初日の夜でございます。

 いよいよ、明日からスキーの研修。穏やかに過ごせる事を祈りながら、透き通る様な満月の輝きを皆で見つめておりました。




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。


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 『ミコミコ』を読んで頂きありがとうございます!




 今話の更新に随分と時間が空いてしまいました。

 お待ち頂いていた皆さん、本当に申し訳ありません。

 次話は出来る限り早めに更新致します。


 皆さんの「応援♡」や応援コメント。☆評価にブックマークがとても嬉しい今日この頃です。

 これからも『ミコミコ』を可愛がって下さると幸せです。


 いつもありがとうございます。


 磨糠 羽丹王(まぬか はにお)

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