3-2.外堀埋没工事中

 恋人の来訪に活気づいたジェイデンは、昼食を終えるともりもりと仕事を片づけはじめた。秘書役というのか、赤毛の騎士がひとり補佐についていて、来客をさばいたり手紙の束を持ってきたりする。


 スーリはというと大きな窓の前に立ち、女官たちに身体を採寸さいすんされていた。夏の社交用のドレスを一着、仕立てようとしているのだ。発案者はもちろんジェイデンである。

 素朴そぼくな服でもスーリの美しさは変わらないが、これから結婚を説得すべき面々のことを思うと、まずは見た目で相手を黙らせるくらいの押し出しが必要だというのが彼の考えであり、服装はその一助だった。


 それにしても今日もスーリはかわいいな……。

 窓からの光が鱗粉りんぷんのように彼女をつつみ、明るいクリーム色でまばゆくふちどっていた。髪も肌も白く、肌の下の血色がほほや肩にバラ色をさしている。ああ、きれいだ……。仕事が進まない……。


 ぼーっとなって彼女に見とれていると、となりの騎士がこほんと空咳をした。ジェイデンははっとして、ペンを取り落とした。


「よし」

 ペンを拾い、書類にサインをすると、ジェイデンは立ちあがってスーリに近づいた。採寸をしていた女たちがあわてて後ろに下がる。


「仕事の邪魔をしてはだめよ、ジェイデン」と、スーリがたしなめる。

「うん。でも、きみがあんまりきれいだから」

 ジェイデンは彼女の好きそうな口実を探して口を開いた。「そろそろ疲れただろう? ちょっと休憩しようか。今日はリンゴのタルトがあるらしいよ」


 だが、スーリはのってこなかった。薄墨色の目でじっとジェイデンを見ると、「師団の再編についての検討が終わるまではだめよ」と言った。ジェイデンのとまどいたるや。

「『師団の再編についての検討』? なぜきみがそんなことを言うんだ?」

「ギルにそう言ってくれとたのまれたから」


「『ギル』?」

 ジェイデンは聞きとがめた。「なぜあいつをギルなんて愛称で呼ぶんだ。しかも仕事の話まで」


 その『ギル』、つまり騎士ギルデロンは涼しい顔で忠言した。

「男のヤキモチはみっともないですよ、殿下」


 歯噛みしながら悔しがっているジェイデンを、スーリは不思議な顔で見まもっている。長い名前を短くすることが、そんなにうらやましいのかしら。


 ♢♦♢


 そのギルにお見せしたいものがあるとうながされて、スーリは部屋の外へと誘導された。いまだ恋愛心の機微きびがわかっていないスーリだったが、自分がいるとジェイデンの気がそれるのはよくわかる。騎士の用事は口実だろうと思ったが、そうではなかった。


「『錬金術師の部屋』の改装が、ずいぶん進んだのです。なかを確認していただけないでしょうか?」

 そう言われて、思いだした。

「ああ、あの部屋ね」

 イドニ城は古い建築で、以前の城主の趣味だったのか、錬金術の道具が保管された部屋が一室あった。ジェイデンがそこをスーリの仕事部屋に改築するつもりなのだと聞いていた。居心地のよい仕事部屋があれば、彼女も城にもっと滞在したいと思ってくれるかもと期待しているのだろう。そういう計画はまだいくつもあって(薬草庭ハーブガーデンとか新しい図書室とか)、まわりの者たちはジェイデンの外堀埋め基礎工事の盤石ばんじゃくぶりにおそれおののいている、とギルが教えてくれた。


 赤毛の騎士について城のなかを歩いていく。


「イヤイヤでも領主の仕事はこなしているんだから、えらいわね」

 主君のことについて、そう水を向けてみる。

「殿下はですねぇ……。べつにふだんは、ここまで聞きわけが悪くないのですよ。あなたが絡むと、ちがうようですが」

「そうだとすると、わたしとかかわるのは、ジェイデンにとってよくないことでしょうね」

 スーリはしゅんとした。

「そういう意味ではないのですが……」

 ギルは言葉を選ぶ様子になった。「ただ、あなたの存在は、ジェイデンさまにとってよくも悪くもおおきな影響がある、とは申しあげられると思います」

「わたしはワインのシミみたいなものよ。それか、湿った石の下にいるハサミムシ」

 魔女として大きな力をふるった代償として人々におそれられるのは、自分にふさわしい罰だ、というふうにスーリは考えがちであった。ジェイデンはそんな彼女の考えをときほぐそうと努力してくれてはいるのだが、なかなか自分を認めてやろうというふうにはなれないでいる。


「なぜ、そうきょろきょろなさるんです?」

「このあいだは、騎士たちの一群にかこまれたわ」

 前回ここに来たときには騎士の一群に紹介され、かれらの好奇心のえじきになったので、スーリは警戒していた。今日は近くにいないようなので、ほっとする。

「今日はそういうことはないですよ。彼らにはべつの仕事がありますからね」


 そう聞いたスーリはほっとした。

「騎士たちがお嫌いですか?」

「そうではないけど……」

 彼女は言葉をにごした。「彼らにとってわたしは、王子のそばにいる得体のしれない魔女でしょ。好奇の目で見られて、居ごこちが悪いのよ」

「それは、しつけのなっていない若造どもが失礼しました」

 騎士は涼しい顔で謝罪した。「連中はさくに群がってくる犬たちみたいなもので、主人が号令をかければおとなしくなりますよ」

「犬……犬はすこし苦手だわ……」


 先に立つギルが扉をあけ、のぞきこんだスーリはその光景に「あっ」とおどろきの声をあげた。内装うんぬんよりも前に、騎士の一群がそこにたむろしていたからである。


「わっ」

「もう来た」

「副長、先に知らせてくださいよ」


 男たちがくちぐちに言う。副長、つまりギルはあきれたようなため息をついた。

「それで、どうなった? 改装は済んだと報告を受けたが」


 先に声をあげたのはスーリだった。

「まあ……」

 彼女は先ほどまでの困惑も忘れて、部屋の変貌へんぼうにみとれた。古い石壁には、森と動物たちの図案の大きなタペストリーがかけられている。木製の家具は塗りなおされ、よく磨かれてつやつやしていた。なかばちかけていた書棚は新しいものに替えられ、居心地のよさそうな椅子も置かれている。実験器具は片付けられ、広い作業机には新品の紙巻きやペンがそろえられていた。なにより、あちこちに花が飾られている。


「とてもすてきな部屋だわ。……その……、あなたたちが?」


 男たちのなかから「よしっ」という声があがり、べつのひとりはガッツポーズをしている。スーリが部屋を気に入ったとみて、よろこんでいるらしい。


「こちらで処方を準備なされば、周辺の患者さんに配達できるような仕組みも考えているんですよ」

 男のひとりが、そう説明してくれた。


「うれしいわ。あの……ありがとう」

 スーリは彼女にしては最大限の社交性を発揮はっきしてそう言った。「この部屋で仕事をするのが楽しみだわ」

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