3-3.よし帰ろう、いま帰ろう

 ジェイデンの部下の騎士たちが、彼女の仕事用にと部屋を改装してくれたことは、スーリをおどろかせた。魔女である自分は、彼らに不審な目で見られていると思っていたからである。


 部屋をあとにしたスーリは、ジェイデンのところまで戻りがてら、ギルにこれまでのことをいろいろ聞いた。部屋の改装はジェイデンの発案だが、村の業者に頼む前に騎士たちが率先してやりはじめたのだとか。ふだんの業務ではあまり見どころのない若手が意外にインテリアセンスを発揮はっきしただとか。

「もっとも、連中はしろうとですからね。ちゃんと村の大工に監督してもらいましたよ」と、ギルの説明。


「集団で見るとちょっと怖かったのだけど、いいひとたちね」

 スーリは自分の偏見についてやや反省した。「ひとりひとりと話せば、ジェイデンやオスカーのようなひとたちなんでしょうね」


「男性が苦手でいらっしゃるようですね」

 ギルはおだやかに尋ねた。「結婚のお話も、ずいぶん急だったのでしょう? なぜ求婚を受けられたのです?」


 ふたりが歩いている回廊がひらけ、庭のミモザがよく見えた。見ているだけでくすぐったくなるような春の色だ。

「だって、ジェイデンはわたしのことが好きなのよ。どうしてかはわからないけど」

 考えながら続ける。「それなのにわたしと結婚できなかったら、ほんとうにがっかりするでしょ。それはかわいそうだと思って……」

「森の白魔女どのは、お人よしでおられる」

 ギルが困ったように言うので、スーリはあわてて「誤解しないでね」とつけくわえた。

「べつに同情してるのじゃなくて、わたしもジェイデンが好きよ」


 回廊の、石の柱に手を置いて、なにかをたしかめるように撫でる。遠くのほうで、石たちがまどろみながらつぶやく低い声が聞こえた。そのかすかな音が彼女を落ちつかせる。

「でも、結婚という形でなくても、とは思う。彼がイドニ城のあるじになり、森のなかのわたしの家にたまに訪ねてくる。そういう、今のような暮らしでもいいと思う。……彼のほうこそ、どうしてわたしと結婚したいのかしら」


 ギルは「そうですねぇ……」と考える風情になった。

「男というものは、イヤイヤ結婚するのですよ、魔女どの」

「いやいや?」

「ええ。悪友たちと飲み歩いたり、目的もなくあちこち放浪ほうろうしたり、だらしない格好で自堕落じだらくな生活をしたり、そういうふうにずっと過ごしたいのです]

 そう聞いたスーリは首をひねった。

「ジェイデンは、そういうタイプには見えないわ」


 ギルは肩をすくめる。「あなたにはいい面だけを見せているのですよ」


「でも、じゃあ、なぜわざわざ結婚しようというの?」

 石をなでながら尋ねると、ギルはおどけたように腕をひらいてこう言った。

「男なんてニワシドリといっしょですよ。巣をととのえるのは女性を惹きつけたいからです。放浪の自堕落な暮らしでは、女性はとどまってくれないでしょう? ですから、自由と愛とを天秤にかけて、しぶしぶ定住するわけです。そう決断させるだけの情熱が、あなたに対して向けられているのですよ」


 定住を決断させるだけの情熱か……。

 部屋に入っていったときのジェイデンの姿を思い返す。スーリの姿を見つけるといつも、彼の気配がぱっと明るくなるのを感じる。満開の花にかこまれたような、そわそわするような生命の気配だ。それをスーリはまぶしく思う。そして、まっすぐな愛情のなかにいることが、いまでは居心地よく感じるようになった。


 彼はスーリのために変わろうとしているが、スーリ自身はいまでもずっと、引退した元魔女以外のなにものでもないような気がしていた。

「わたしは……、結婚してあげることはできるけど、それ以外に彼にわたせるものがない。魔女ではないふつうの女として、彼のそばにいていいのかしら」


「あなた自身の価値をジェイデンさまは見出したのですから、それでいいのではないでしょうか」

「彼はそれでよくても、城のひとたちはどう思うかしら」

「ジェイデンさまは身分問わず、人とのつながりを大事にしてこられた方です。団の連中も、そこに魅力を感じてついてきた者たちが多い。私のようにね。ですから、ここにあなたが新しく入ってくることは歓迎していますよ」


 スーリは機能的にも優しい雰囲気にもととのえられた仕事部屋のことを思った。歓迎の意志を行動でしめしてくれた騎士たちに、あたたかい気持ちになる。

「話を聞いてくれてありがとう、ギル。悩んでいたのだけど、ちょっと整理できたみたいだわ」

「それはよかった。……衛士室に寄って、お茶でも飲みますか? ジェイデンさまは、まだ仕事中かと思いま……」

 言いかけたギルは、なぜかぎこちなく首を動かしてから、「いえ、もうお済みになったみたいですね」と言った。


 騎士が首を動かしたほうを見ると、そこには、なにか不機嫌そうな空気をまとったジェイデンがいた。雷を放つ直前のルルーのような、重苦しい空気だ。


「ジェイデン。もう済んだの?」

「ああ」

 スーリが近づいていっても、男の気配はぴりっとしたままだ。赤毛の騎士に向かってにらみをきかせる。

「『お茶でも飲みますか?』だって? 油断もすきもないな、ギル」

「ちがうんですよ。これは社交辞令です」

 ギルは青くなった。「あなただってだれにでも言うじゃないですか」


 ジェイデンはスーリを後ろからかこい、捕縛するような恰好になった。

「お茶や菓子や新しい本につられちゃだめだって、毎日言ってるだろう、スーリ? 世間には悪意にみちた犯罪者がうろうろしているんだよ」


「だれが悪意にみちた犯罪者ですか。あなたの従士ですよ、私は」と、ギル。


「腹心の部下こそあぶないんだ。ヘイデン王の妃と密通したのは、王の右腕の騎士サリヴァンだぞ」

「そんな二百年も前の話を……」ギルは困惑している。「だいたいあなたは王じゃないでしょ。……スーリどの、真に受けないでくださいね。この人は最近、あなたのことになると尋常じゃないんですよ」


 が、ジェイデンも負けてはいない。

「こんな男の話を聞いちゃいけない。スーリ、もう森の家に帰ろう」

「師団の編成は……?」

「終わらせてきた」

 そう言いきってぐいぐいと手を引っぱるので、スーリはふたりの男を交互に見ては困惑した。

「あのう、そうしていいなら、帰るけど」

「よし帰ろう、いま帰ろう」


「じゃあまた」

 スーリはなかばジェイデンに引きずられながら、ギルに手をふった。男はなにもかもをあきらめたような腑抜ふぬけた顔で手をふり返してくれた。

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