2-9.獅子になりたいウサギと、ウサギになりたい獅子
「それでね、大男がガシャーンって棺を投げてきたんです。僕怖かったぁ」
宮殿にもどったキリアンは、妻のひざに頭をのせて三歳の男児のように訴えていた。
「よしよし、わが背のきみは大活躍だったのじゃな。
夫の頭をなでてやりながら、女帝は優しく声をかけた。「騎士団にも
キリアンとジョスランが服を替えに行くと、女帝はアグィネアにも今回の件を
「さぞ怖い思いをなさったであろう。すべて朕の
「許すなどと
アグィネアはそうお世辞で返した。が、こうやってふり返ってみると、あながちお世辞ばかりでもなかったかも。暗い天幕のなかにあらわれた紫の
「なにぶん、あなどられがちな若輩者でな。少ない味方で、なんとか基盤を築こうとみっともなくあがいておるのが毎日じゃ」
女帝はため息まじりにそう告白した。その厳しい顔に、アグィネアは統治者の苦悩を感じた。
「立派なご手腕でいらっしゃいます。リグヴァルト王も、陛下のような計略にたけておられたそうですね」
「叔父上には、いつも王たるものの模範を学んでおる」女帝はようやく、笑みの片りんのようなものを見せてくれた。
しばらく、たあいもない話が続いたが、女帝はふとアグィネアに視線を向けた。じっと観察されるようなまなざしを感じ、落ちつかなくなる。
「朕の父はな、勇猛な王を自称しておった。亡き大公エデルブレヒト閣下にあこがれておったのだな」
なにを思ってなのか、女帝はそんなことを言った。「もちろん、閣下とはくらべるべくもない。父は、力なきものに対する残忍さを、勇猛さとかんちがいしておるような男じゃった。口ではいさましいが、ことが起こると忠臣のかげに隠れる。少女のころはな、姫、朕は男というものを心底軽蔑しておった。自分を大きく見せたがるばかりのおろかな生きものよと」
その薄い笑みに、アグィネアは女帝の少女時代をかいま見た。きっとそのころから
「しかし背のきみはちがっておった。最初はな、あの女装姿をおもしろいと思ったのじゃ。当時、この城のあらゆる者たちが朕のことを取るに足らぬ小娘とみなしていたころ……。父のような
アグィネアがうなずいて続きをうながす。
「リグヴァルト王は背のきみのことを、『ウサギの皮をかぶった獅子』と呼んでおられたが、その意味がわかったのは結婚してずいぶんあとのことじゃった。そして叔父上に反対するわけではないが、背のきみはやはり、ウサギなのだと思う。……いや、ウサギになりたい獅子なのかな」
「結婚は王族にとって義務でもあれば重荷でもある。じゃがな、姫よ、朕は背のきみを得てようやく真の自分となれたと思う。力なき身でも背のきみのことを思うと
♢♦♢
妻の前ではウサギとなれる幸福、夫のために獅子ともなれる幸福か……。
アグィネアは女帝の言葉について考えながら、自室に戻ることになった。すでに日が落ちて、明かりがこうこうと灯っている。夜のなかに浮かびあがる城はきっと
帝国は大陸の
「ゼッピエラ陛下とキリアン殿下は、遠目に見るのとはちがったご夫婦でしたね」
部屋にもどると、ジョスランにそう話しかけた。
「見た目と実情がちがうという意味かい? たしかに、ああいうのを
「あのおふたりもそうですし、ジェイデン殿下とスーリ殿を見たときもそうでしたが、……完璧な男女の
アグィネアは言った。「でも、男女の組みあわせというのは、もっと不思議なはたらきがあるのかもしれませんね」
「よその夫婦のことなど
ジョスランは、いかにも彼らしく
「これからどうなさるのですか?」アグィネアは尋ねた。「しばらくタリンに滞在なさるのでしょうか? それとも、この駆け落ちをお続けになるつもりなのでしょうか?」
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