2-5.そのふたつって両立します??

 女帝とその夫、そしてジョスランとアグィネア姫の歓談はもうしばらく続く。


「祭を見に行かれる予定か?」と、女帝が尋ねた。

「はい、そのように考えております、陛下」と、姫が返す。


「春の大祭はすばらしいもよおしじゃ。姫の興味をひくものもあろう。魔導士たちの興行も、わが国独自のものじゃ」

 女帝はカップのなかの茶をかきまぜながらそう切りだした。

「じゃが、御身の安全にはよくよくお気をつけられよ。この国の主人たる朕が言うべきことではないが、大祭ともなると諸国からの出入りも増えて、いろいろトラブルが多いのだ」

 女帝は夫のほうに目を向けながらそうつぶやいた。男ふたり、つまりキリアンとジョスランの兄弟はまだなにか打ち合わせているようだった。こうして並んでいるのを見ても、ほんとうに似ていない兄弟だわ、とアグィネアは思った。

「過分なご配慮をたまわり、ありがたいことでございます。陛下のご助言にしたがいたく存じます」

「うむ……。近年では、〈富める女神教〉に反対するエテルナ教の信徒たちの動きもさかんじゃ。なかには貴族たちへのテロ行為などもあってな。恥ずべきことじゃ」

「エテルナ教……」

 アグィネア姫はすこし考えてから言った。「わが国でも信者を増やしていると、父が案じておりました。サロワでの過酷な弾圧から逃れて、大陸中に散らばっているとか」

「アムセンではうまく管理しておるようじゃが、過激で暴力的なやからを抱える一派もあることは事実。わが国でも十全の警備をとってはおるが……」


 少女のように愛らしい姿をしているが、こうして話しているとやはり統治者らしい思慮ぶかさが見え、姫はこの女帝に好感をいだいた。


 打ち合わせを終えたのか、ジョスランとキリアンがふたりの会話にくわわった。

「やれやれ、キリアンは心配性でこまるね。姫がむりやりここまで連れてこられたと思っているのだよ」

「それは、一定の事実を示しているようですわ」

 この王子に皮肉は通用しないと身にみていたので、アグィネアは心おきなくそう言った。

「ほらやっぱり。兄さんは他人の都合を考えないから……。よくない癖だよ、そういうのは」

 もっともらしいことを言うキリアンだが、巨大レタスのようなドレスに身を包む巨漢のセリフである。

「出た、優等生のお説教~」と、冷やかすジョスラン。頭の横でひらひらと手をふって、思うさま弟をバカにしている。女帝は隣国の王太子の子どもじみたふるまいに苦笑し、アグィネアは自分のことのように恥ずかしくなった(共感性羞恥しゅうちというやつ)。


 帰りぎわ、キリアンはそっと姫ぎみに耳うちした。

「兄さんは、その、悪い人じゃないんですけど、人の心がないんですが、大丈夫ですか?」

「そのふたつって両立するんですの???」アグィネアは、思わずそうつっこまずにはいられなかった。そのふたつって両立します?


 ♢♦♢


 皇帝夫妻の思わぬ性癖をのぞき見たアグィネアは、ぐったり疲れていた。いま見てきたものをひとりで整理しようと思ったが、あまりの衝撃で頭がまとまらない。国のトップに立つ者たちがあの体たらくでは、ドーミアの国政はどうなってしまうのか……大陸の安定は……そしてわが祖国は……。


「キリアンはうちにいたときより、ドーミアにいるほうが生き生きしてるな」

 ふたりで客室へと戻る道すがら、ジョスランがにこにこと言った。


「『生き生きしている』の枠内におさまるのですか? 殿下のなかでは?」

 アグィネアは不満げな声をおさえられなかった。


 兄弟の父リグヴァルト王といえば、辣腕らつわんで大陸中に名が知れている。その息子ということで、彼に対する自分の期待が高すぎたのかもしれない。

 性別はちがうといえど、王の配偶者として、キリアンには学ぶところがあるのではないかと思っていた。女皇帝をうまく操縦しているのであれば、その手腕をぜひ目にしておきたいという打算もあった。祖国へのよいみやげにもなるし、自分が王太子妃となった際にも役立つだろう。


 ところが、肝心のキリアンが、配偶者としてまったく下の下であることがさきほど暴露ばくろされてしまった。まったくの見かけだおし、張り子の虎、言いかたはなんでもいいが、王配としての素質ゼロ。なんならマイナスといってもいいくらいだ。


(女装癖だけでも、国内貴族たちにあなどられるのはまちがいないわ。それにくわえて、なんなの、あの惰弱だじゃくさ、幼稚ようちさは??)

 そんな夫を容認している女帝にも疑問がのこる。アグィネアは爪を噛みたくなった。

 しかし、ジョスランのほうはまったく気にする様子もない。

「ともあれキリアンの許可も出たことだし、町に出よう、わが姫」

 そんなことを言いだした。


 うじうじと考えこむ様子の彼女を見かねて、というわけではないだろう。謁見えっけんの前から、ジョスランは町に行きたいと口に出していた。いわゆる、お忍びでの遊興というやつである。

 ふだんならぜったいにイエスとは言わない状況だったが、アグィネアはつい、誘いに乗ってしまった。それほど混乱していたということだろうか。


 準備をして出てきたジョスランを見て、アグィネアはまた頭を抱えた。象牙色の

生地にマルベリーの図案のドレスを着て、商家の奥方風によそおっていたからである。うらやましくなるほどの金髪をつやつやととき流し、ほっそりとした腕に扇子など持っている。


(アムセン王家の三兄弟には、女装の血でも流れてるの??)

 姫はそう胸中で毒づいた(とばっちりをうけるジェイデン)。そんな思いを見透みすかしたのか、ジョスランは「私に女装の趣味はないよ。ただただ、似合うだけなんだ」とほほえんだ。たしかに、女であるアグィネアよりも、よほどきゃしゃで可憐な女装姿ではあった……。


 そういうわけで、商人の奥方風によそおったふたりは、こちらも裕福な商人風に仮装した護衛の騎士ふたりをともなって町へ出たのであった。

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