1-9.兄さんはあまり、はったりがうまくないよ

 夕食後、兄と話そうと考えていたジェイデンは遠くの喧騒けんそうに引きもどされた。


「騎士団か。兄さんを追ってやってきたんだな」


 門が見える場所から見下ろすと、予想どおり、美々しい鎧に身を包んだ長身の男たちが馬上からなにかを呼ばわっている。数は七、八名ほどいるようだ。ディディエが応対しているようだが、大丈夫だろうか。


 心配になったジェイデンは門まで降りていった。案の定、騎士たちは馬上のまま、ディディエと言い争っている。月が明るいので、鎧が魚のウロコのように光っていた。近所の農民たちが見たら物騒ぶっそうな光景に驚くだろう。よくないな。


「ブローディナン。こんな夜遅くに、たいへんだな」そう声をかける。


 騎士たちはジェイデンの姿をみとめてようやく馬から降りてきた。

「ジェイデン殿下」

 ブローディナンと呼ばれた騎士はしぶい顔をしている。「おそれながら王太子殿下をお渡しいただけまいか? あなたとサー・ディディエが、殿下と姫ぎみをロサヴェレに足止めなさっているのではと、案じております」


「そのディディエに、おれが王都に連れ戻されそうになっているのにか? それは筋が通らない。誤解だよ」 

「ですが、サー・ディディエはその任務に失敗なさったのに、当地で安穏としておられる。筋が通らないのはそちらでは?」

「そこはいろいろ事情があって……弱ったな」

 ジェイデンは両者の緊張をやわらげようと努力しながら続けた。

「ほら、ブローもシャモンも剣をおさめて。ここは王都みたいな都会じゃないから、鎧や剣は目立つんだよ。……馬を引いて、城内に入ってくれ。こちらとしても、兄を連れもどってくれたほうがありがたい」


「殿下……」今度はディディエがとがめるような顔をした。彼からすれば、ジェイデンこそ王都に戻るべきと考えているのだから、しようがない。


 ジェイデンはもちろん、それを無視して騎士たちに話しかける。

「なかに入って、ドーミアの赤ワインでも飲みながら話そう。マーヴァ川の東の畑で獲れたブドウだぞ」

「王妃殿下の命でまいった以上、伯爵の歓待を受けるわけには……」

「まさか、おれのおごりだよ」

 ジェイデンは騎士の肩を気やすくたたいた。「ヘクトルとはいっしょにワインを買い集めてるんだ。を作るのには、いいワインはうってつけだからね」

「ですが……王妃殿下が……」

 もごもごとつぶやいている騎士は、どうやらよほど母が怖いらしい。その気持ちはジェイデンにもよーくわかる。しかしロサヴェレまで来れば彼女の監視の目も届かないし、なにより一日中馬を走らせてきた騎士たちははらぺこにちがいない。

 ジェイデンはさらにたたみかけた。

「さあ、もたもたしているとイノシシ肉のローストが売り切れるぞ。栗と団子クネーデルのつけあわせも」


 まだあれこれと言い訳しながらも城内に入っていく馬たちを見送って、ジェイデンはこっそりとつぶやいた。

「ブローはマーヴァ産の赤には目がないんだ。シャモンは馬狂いだから、春に生まれた仔馬を見せておこう」

 

「まったく、いつもながら姑息こそくな手をお使いになる」ディディエがため息をつく。「いつまでも、このような手段で乗り切っていけるとはお思いにならぬよう、願いたいですな」


「どうかな」ジェイデンは笑った。「悪魔との交渉でも、このスタイルでうまくいったよ」


 ♢♦♢


 迎えの騎士たちが来ていると聞いても、兄ジョスランはどこ吹く風だった。

「もう来たのかい? 無駄足になるのに、騎士というのもたいへんだねぇ」

「とにかく一度、顔を見せてやってくれ。帰る帰らないは兄さんたちの判断でいいけど、彼らにも仕事があるんだから」


「はいはい。あー、キリアンに会うのが楽しみだな~」

 ジョスランはうきうきした雰囲気をかもしだしながら、部屋で長持など片付けさせていた。(指示を出しているだけで、片付けているのはお供の騎士である)


「キリアンのまね。『兄上ぇえ、おおきなが飛んできましたぁ。ああっ顔にとまった、ううっ、うえっ』」

 くねくねと身をよじらせながら弟の顔まねをしている王太子に、ジェイデンは冷たいまなざしを向けた。兄は人の心がないので、こういうことができるのである。


「アグィネア姫と結婚したいなら、ふつうに父さんに頼めばよかったんだ。もとは兄さんに来た縁談なんだから。こんなふうにおおごとにすると、話がこじれてしまう」

 ジェイデンは扉口に寄りかかって腕を組んだ姿勢で、そう兄に苦言した。


「んん? その縁談から逃げてきたのはどこの王子さまだったかな?」ふり返ったジョスランはにんまりと笑う。


「逃げてきたのは問題じゃない。よその国の姫ぎみをおれたちの都合でふりまわして、こんなところまで引っぱってきたのが問題なんだ」

 ジェイデンはコツコツとブーツのかかとを鳴らした。

「それに、おれはちゃんとしてから出てきたよ。兄さんに心配される筋合いじゃない」

 逃げられなくなる前に先手を打って逃げてきたのは事実だが、王にきちんとことわりは入れたし、先を見越した準備もしてきた。ヘクトルのこともそうだ。ほかにも、できうる限りの手は打ってある。


「おまえは昔から要領がよかったからね。まちがいなく彼女と結婚できるように、を使うのだろうね」

 弟の考えを読んだかのように、ジョスランは猫なで声で続けた。

「でもねジェイデン、おまえがあの白魔女殿と結婚するためにやった周到な準備を聞いたら、彼女はどんな顔をするだろうね? やさしい王子さまが怖くなるんじゃないのかな?」


「兄さんはあまり、がうまくないよ」

 ジェイデンはため息をついた。「こういうのはね、ある程度情報をしっかりつかんでから揺さぶらないと意味がない。まして、おれみたいなタイプには効かない」



「勉強になるね、わが如才じょさいなき弟ぎみの話は」そう言って、兄は唐突に部屋を出ていった。

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