別冊♡ 駆け落ち王太子と王婿殿下の秘密

第一話 ロサヴェレ春のラブコメ祭

1-1.ディディエのスイーツ・ワークショップ

 魔法騎士ディディエ・ド・リラヴァンは、多忙な男である。


 本人の希望で、ジェイデン王子の家庭教師というなかば名誉職のような任にあるが、それは彼の仕事のごく一面にすぎない。軍務をしりぞいても、彼はいまだ騎士団の顧問という立場にあり、日々あれこれと相談を受ける身である。また、『アムセン建国の英雄』としての仕事もあった。国の各種イベントにかつぎだされたり、講演会に呼ばれたり。余談ではあるがディディエは市井しせいのひとびとにも人気で、町の紙芝居やアメの包み紙になったりもしている。


 強大な力をもちながらも野心とは無縁で、平穏な第二の人生をのぞんでいるという点では、ディディエは意外にもスーリと似たタイプであった。


 それはともかく。


 多忙をきわめるはずの男、ディディエは、一本の定規じょうぎのように姿勢を正して伯爵邸を足早に歩いていた。その日の午前は、伯爵家と警備の打ち合わせ・王都への報告書の執筆・ジェイデン王子の護衛として商工会議所へ付き添いといった予定をこなした。伯爵邸に戻ってきた彼は武具をはずし、邸内の厨房ちゅうぼうへと向かった。


 王子たちの食事を準備するメインの厨房ではなく、菓子や軽食を準備するための小さな台所である。持参した三角巾をココア色のスキンヘッドに巻き、牛一頭ぶんはありそうなエプロンを身につけた。


「みなさまがた、準備はよろしいですか?」

 ディディエはぐるりと室内を見わたして、宣言した。「……では、本日の製菓ワークショップを開講いたします」


 メンバーは講師のディディエをのぞき男五人。すなわち、ジェイデン・オスカー・ダンスタン・パトリオ・ルルーである。


 ことのはじまりは、いつものごとく、ジェイデンのコミュ強話であった。最近の彼は将来の義弟と親睦しんぼくを深めるべくあれこれとちょっかいを出していて、そのたびにルルーに「シャーッ」とやられていたのだが(「シャーッ」の部分は怒った猫を連想したディディエの創作である)、さすがのコミュ強、ついに予定をとりつけた。それが、「仲直りのしるしにスーリにお菓子でも作ろうか?」という話で、意外にもルルーがそこに食いついたのだ。


 そうとなれば講師としてディディエが呼ばれるのは自明じめいであった。もちろん、ディディエはなんでもできるので、調理も製菓もできる。ふだんは犬猿の仲である王妃フィニでさえ、ディディエの作った菓子を口いっぱいにほうばって「まあ悪くはないと思いますわ」と称賛したというエピソードも残っているくらいである。


 そしてジェイデンがいれば親友のオスカーもついてくるし、菓子好きの魔女パトリオも参加したがるし、お目付け役の名目でダンスタンもやってくるしで、この男だらけのワークショップ(※ポロリもあるよ)という形式とあいなったのであった。


「まずは計量した材料をボウルに入れ、ふり入れながらよく混ぜます」


 そう教示された男たちの手ぎわはさまざまであった。ジェイデンとオスカーのペアは、いかにも料理に不慣れな男といった感じであぶなっかしい。手のひらでヒナかえったかのようにおそるおそる粉をはかったかと思うと、シナモンを大量に投下して「うわっ」と叫び声をあげたりした。(※ポロリ成分)


「なんなんです? あの野蛮な若君たちは」

 大魔導士ルラシュクはそんな男たちを鼻で笑った。「ふだんから錬金術に慣れているわれわれ魔導士から見ると、みっともなくて」


「はぁ」

 〈犬の魔女〉パトリオは、ルルーの言うとおり慣れた手つきで粉を計量していた。手順書にあるとおりに材料を準備したり、触媒しょくばいを使ったり、化合物をつくるのは、たしかに魔女の一般的な仕事のひとつである。


「しかしまたどうして、製菓などなさろうと思ったんです? ルラシュク閣下」

「姉さんのご機嫌とりですよ」

 細い腕をまくって、白い手でバターなど刻みながらルルーは答えた。「ひさびさの家族水入らずのつもりだったけど、急に連れてきたから、ちょっと怒っちゃって。手作りのお菓子で機嫌をなおしてもらおうと思ってね」

「なるほど」

の提案というのは、気に食わないですけど。まぁ、僕ほどの大魔導士の手にかかれば、たかが菓子のひとつくらいたやすいもんです」

「はぁ」

「僕がつくった菓子なんて持っていったら、姉さんびっくりするだろうな~。なにしろ、ほら、姉さんって甘いものが好きじゃないですか?」

――好きじゃないですか? って、知らないですけど。パトリオは内心でこっそりとつぶやいた。

「僕がつくったってなったら、感動もひとしおでしょうからね~。僕のお菓子のとりこになって、ダルクールに戻る気が失せちゃうかもしれないな。そしたらどうしよう? ロサヴェレに姉さん用のアパートでも借りようかな?」


「そこ! 私語はつつみしみなさい。不衛生ですよ」

 ディディエの注意が飛んだ。ていねいな口調ではあったがなにしろ、牛のような巨体なので、パトリオから見るとおそろしい。姉についての妄想をうきうきとしゃべってるのは、ほぼ、ルルーだけなのに。


 生地ができると、丸い筒状の型に巻きつけて形を作り、油で揚げる。甘い匂いがただよい、男たちは歓声をあげた。ルルーとパトリオのものはきっちりと円筒形で揚げ具合も均等だが、ジェイデンとオスカーのものはどうにもふぞろいな形であった。

「うーん、意外と難しいな」

「これ、もう、このまま食っちまったほうが早くないか?」

 とは、男ふたりの評。


 しかし、次の工程であるクリーム作りに入ると、形勢が逆転した。体力のない魔導士ふたりが泡立てにつまづいたのである。

 

「ええー、まだ泡立てるんですか? めんどくさい。腕が疲れてきちゃった」

 ルルーは不満をもらした。「あとお願いします」

「そんな。私だって非力な魔女なんですよ」

 抗議したものの相手は上司。パトリオはしぶしぶと、ひとりで泡だて器を動かした。


 いっぽうのジェイデン&オスカー組は、ありあまる体力でもりもりとクリームを泡立たせ、ヤギのチーズもくわえて、あっというまにカンノーリクリームをしあげた。


「ふむ。組み分けをもっと考えるべきでしたかな」ディディエはルルー組の泡立てを手伝いながら反省した。


 ダンスタンはといえば、光さす窓辺に丸くなり、首を羽にうずめてうつらうつらしていた。


 なんとかクリームを作り終えると、筒状の生地にクリームを詰める作業にうつる。


 男たちは手もとの作業に集中していたため気づかなかっただろうが、ディディエからは、おなじ階のむかいの翼棟よくとうにあるダンスホールがよく見えた。視力のよい彼には、室内で踊りの練習をしているスーリと講師の姿が確認できた。


「王族の配偶者というのは、なまなかな仕事ではない」

 クリームを詰めながら、ディディエはもの思わしげにつぶやいた。「付け焼き刃で、なんとかなればよいのだが」


 さて、完成した菓子を前にして、あとは試食タイム――というところで、事件が勃発ぼっぱつした。

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