2-2.のぞき見てしまったもの
「ゼッピエラ陛下。お変わりなくお過ごしですか?」ジョスランが話しかける。
「うむ。ジョスランどのも健勝のようで、なによりじゃ」
女皇帝は愛らしい声で続けた。「そちらが、くだんの姫ぎみかの?」
「アグィネアと申します、陛下」
さすが一国の姫ぎみと言おうか、アグィネア姫は堂々とした礼でもって女皇帝にあいさつした。
「
このあとで大魔導士ルラシュクが皇帝に紹介されたり、各種の歓迎行事があったものの、そこは本筋ではないので省略するとしよう。
さて、案内された城内の部屋で、ようやくひと息ついたパトリオである。細かなモザイクタイルが
「しかし、思わぬ歓迎ぶりでしたね。アムセンとドーミアは、あまり仲が良くない印象でしたが」
パトリオは、そうディディエに聞いてみた。「ご
「ドーミア帝国は、先代皇帝のおりに各地の領主の反乱をまねき、同盟国の
ディディエが解説してくれる。
「先代皇帝を廃位したのちも、年若い皇女と皇子の後ろ盾となりたい貴族たちがそれぞれ
「それじゃ、ドーミアの権力はアムセンが押さえてるようなものじゃないですか」パトリオは思わず、そう言ってしまった。
「そうですよ」
隣のルルーもおもしろくなさそうに鼻を鳴らした。「あんな筋肉ダルマの次男王子。女帝と結婚したのも、次代の皇帝をねらう気では?」
キリアンはいかにも堂々とした美丈夫ぶりで、王子さまというよりも王のほうがふさわしい容貌に見える。その点、いかにも典型的な王子さま的容姿のジョスランやジェイデンとは対照的だとパトリオも思った。
「キリアン殿下にかぎって、そのようなことはない」
ディディエがむっとした顔で反論する。「心根のやさしいかたなのだ」
「そうは見えないけどな~。ムキムキで顔つきも怖いし、声も低いし。あのちんまりした女皇帝をいいようにあやつってるんじゃ?」
「皇帝陛下、可憐なかたでしたよねぇ」パトリオもうっとりと賛同した。「結婚なさってまだ一年くらいでしたよね? あんな筋肉王子さまが夫で、ご不安はなかったのかしら」
「あのご夫妻は……あれで良いのだ」ディディエはついと目をそらし、微妙な言いかたをした。
その意味をふたりが知るのはすぐ後のこと。というのも、ルルーとパトリオの疑念は、思ってもみないような意外な形で晴らされたのである。
♢♦♢
ディディエが兵士たちに剣の
「従魔導士パトリオ。あなたもいっしょに来てくださいね」
有無を言わさぬ調子で、ルルーからそう命じられた。「僕ひとりじゃ間がもたないんだから」
「ええー……」まったく気がのらないパトリオである。
「皇帝陛下なんてやんごとないかたがたに、どう対応していいかなんてわかりませんよ」
「王太子の家庭教師なんてやってたと聞きましたけど?」
「あれはフィリップ伯の命でしかたなく……。今は従魔導士の身分ですし……」
「どうせ注目されるのは大魔導士である僕なんですから、さまつなことを気にしてもしょうがないですよ。壁のシミみたいにじっとしてればいいだけですよ」
「閣下のその自信、うらやましいですね……」
ふたりは正装のうえ、皇帝の私室に案内された。王族の部屋というとパトリオはアムセン王宮を見たことがあるだけだが、やはり大陸の半分を支配してきた大帝国だけに、その豪華さもケタ違いであった。
皇帝への
「あんまりウロウロしたら迷惑ですよ、閣下」
パトリオがそう声をかけるが、ルルーは「だけど本の一冊もないんじゃ退屈だし」と反論した。
「すみませーん。女官かだれか呼んでくれます? お茶が切れちゃった」
そう言ってルルーが扉をあけた。こぢんまりした装飾だったので女官の待機場所と思ったのだろうが、そこはちがう場所だった。
「わっ」
「えっ」
ルルーの背後から、小部屋のなかを見たパトリオはまぬけな声を出した。そこにいたのは女官ではなかった。なんと、皇帝夫妻の姿がそこにあったのである。しかし、ぱっと見ですぐに判別するのは難しかった。女皇帝はさきほどとおなじドレス姿だったのだが、キリアンがさきほどの軍服とはまったくちがった服装だったのである。それは……、なんといおうか、女帝のものより2倍ほど大きいドレス姿であった。
「……ええ??」
思わず叫びそうになったパトリオの口を、ルルーが後ろからふさいだ。
「これは……見てはいけないものを見てるらしいですね」
ルルーはこそこそとささやいた。
「や、やばいですよ閣下。早いところ扉をしめましょうよ。不敬罪とかで処刑されたくないですよ、私」
「しーっ」
ルルーはまた声をひそめた。「一国の王の弱みを握れる、絶好のチャンスじゃないですか」
「どうしてそういう発想になるんです???」
パトリオは知らないことではあったが、才能ある孤児としてサロワの城で育ったルルーにとって、他者の弱みを握ることは本能的な処世術であった。だからといって、のぞき見が正当化されるわけではないが。
部屋が広大なため、皇帝夫妻はルルーたちに気づいていないようだった。ふたりはそのまま、息をひそめて夫婦を見守る。
「……力が弱い」
ゼッピエラの声がした。あいかわらず
「も、申しわけございません、陛下」
まるで皿を割ったことを責められている新米女官のように、キリアンはしおしおと頭を垂れている。初見時の堂々たる美丈夫が嘘のような姿だ。もちろん、その、ふわふわしたフューシャピンクのドレスのせいもあるだろうが。
筋肉ダルマのような青年が、女装姿で小柄な女性にしいたげられている姿は、なんというか現実味がなく、こっけいな芝居のように見える。
「もしかして、お仕置きされたいのか? それで、このように手を抜いておるのか?」と、さらにひややかな声。
「そ、それは……ちが……」
ちがいます、と言おうとしたのだろうとパトリオは思ったが、キリアンのセリフはそこで変わった。「はい、僕は陛下にお仕置きされたいのです」
「「……えええ???」」
姿をひそめていたのも忘れ、ルルーとパトリオはそろって驚きの声をあげた。
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