2-2.のぞき見てしまったもの

「ゼッピエラ陛下。お変わりなくお過ごしですか?」ジョスランが話しかける。


「うむ。ジョスランどのも健勝のようで、なによりじゃ」

 女皇帝は愛らしい声で続けた。「そちらが、くだんの姫ぎみかの?」

「アグィネアと申します、陛下」

 さすが一国の姫ぎみと言おうか、アグィネア姫は堂々とした礼でもって女皇帝にあいさつした。


ちんとジョスランどのはのようなものじゃ。奥方となる女性を連れてきてもらえるのは喜ばしいこと」と、女帝。


 このあとで大魔導士ルラシュクが皇帝に紹介されたり、各種の歓迎行事があったものの、そこは本筋ではないので省略するとしよう。


 さて、案内された城内の部屋で、ようやくひと息ついたパトリオである。細かなモザイクタイルが豪奢ごうしゃな広い部屋で、続き間とアトリウムもあった。王太子の部屋とも行き来できるようになっていて、もともとは従者や魔導士、家庭教師のための部屋だというから、ルルーやパトリオにはぴったりだろう。(余談だがルルーは、見習いのマルクという少年を帯同していた)ただ意外なことに、騎士ディディエも同室だった。アムセン貴族である彼にはふさわしくないのではと尋ねるも、「いまは王太子殿下の護衛で来ているから、これでよい」とのこと。敵にまわるとおそろしいが、味方として見るとあっぱれ、高潔な人柄である。


「しかし、思わぬ歓迎ぶりでしたね。アムセンとドーミアは、あまり仲が良くない印象でしたが」

 パトリオは、そうディディエに聞いてみた。「ご親戚しんせきはまた別ということでしょうかね?」


「ドーミア帝国は、先代皇帝のおりに各地の領主の反乱をまねき、同盟国の離反りはんや国内領地の独立が起こった。そのうちのひとつが、わがアムセン王国だが」

 ディディエが解説してくれる。

「先代皇帝を廃位したのちも、年若い皇女と皇子の後ろ盾となりたい貴族たちがそれぞれ派閥はばつを作ってあらそい、なかなか国内情勢が落ち着かなかった。結局は、わが君リグヴァルト王が推したゼッピエラ皇女が皇帝として立ち、王の次子キリアン殿下を皇配とした」


「それじゃ、ドーミアの権力はアムセンが押さえてるようなものじゃないですか」パトリオは思わず、そう言ってしまった。


「そうですよ」

 隣のルルーもおもしろくなさそうに鼻を鳴らした。「あんな筋肉ダルマの次男王子。女帝と結婚したのも、次代の皇帝をねらう気では?」

 キリアンはいかにも堂々とした美丈夫ぶりで、王子さまというよりも王のほうがふさわしい容貌に見える。その点、いかにも典型的な王子さま的容姿のジョスランやジェイデンとは対照的だとパトリオも思った。


「キリアン殿下にかぎって、そのようなことはない」

 ディディエがむっとした顔で反論する。「心根のやさしいかたなのだ」


「そうは見えないけどな~。ムキムキで顔つきも怖いし、声も低いし。あのちんまりした女皇帝をいいようにあやつってるんじゃ?」

「皇帝陛下、可憐なかたでしたよねぇ」パトリオもうっとりと賛同した。「結婚なさってまだ一年くらいでしたよね? あんな筋肉王子さまが夫で、ご不安はなかったのかしら」


「あのご夫妻は……あれで良いのだ」ディディエはと目をそらし、微妙な言いかたをした。


 その意味をふたりが知るのはすぐ後のこと。というのも、ルルーとパトリオの疑念は、思ってもみないような意外な形で晴らされたのである。


 ♢♦♢


 ディディエが兵士たちに剣の稽古けいこをつけに行き、ルルーは皇帝夫妻にお茶に呼ばれた。なにをして時間をつぶそうかとパトリオが思案していると。

「従魔導士パトリオ。あなたもいっしょに来てくださいね」

 有無を言わさぬ調子で、ルルーからそう命じられた。「僕ひとりじゃ間がもたないんだから」


「ええー……」まったく気がのらないパトリオである。

「皇帝陛下なんてやんごとないかたがたに、どう対応していいかなんてわかりませんよ」

「王太子の家庭教師なんてやってたと聞きましたけど?」

「あれはフィリップ伯の命でしかたなく……。今は従魔導士の身分ですし……」

「どうせ注目されるのは大魔導士である僕なんですから、さまつなことを気にしてもしょうがないですよ。壁のシミみたいにじっとしてればいいだけですよ」

「閣下のその自信、うらやましいですね……」



 ふたりは正装のうえ、皇帝の私室に案内された。王族の部屋というとパトリオはアムセン王宮を見たことがあるだけだが、やはり大陸の半分を支配してきた大帝国だけに、その豪華さもケタ違いであった。


 皇帝への謁見えっけんであるから、それなりに待たされるのも当然のことだろう。パトリオが部屋の内装を見て時間をつぶしている一方で、ルルーは退屈してきたらしく部屋のなかを歩きまわりはじめた。なにしろ巨大な部屋で、あちこちにおもしろそうな調度ちょうど品やら謎の扉のようなものがあるので、気になるのだろう。大魔導士の派手な黒のローブが、あちらに動きこちらにかがみしている。


「あんまりウロウロしたら迷惑ですよ、閣下」

 パトリオがそう声をかけるが、ルルーは「だけど本の一冊もないんじゃ退屈だし」と反論した。


「すみませーん。女官かだれか呼んでくれます? お茶が切れちゃった」

 そう言ってルルーが扉をあけた。こぢんまりした装飾だったので女官の待機場所と思ったのだろうが、そこはちがう場所だった。


「わっ」

「えっ」


 ルルーの背後から、小部屋のなかを見たパトリオはまぬけな声を出した。そこにいたのは女官ではなかった。なんと、皇帝夫妻の姿がそこにあったのである。しかし、ぱっと見ですぐに判別するのは難しかった。女皇帝はさきほどとおなじドレス姿だったのだが、キリアンがさきほどの軍服とはまったくちがった服装だったのである。それは……、なんといおうか、女帝のものより2倍ほど大きいドレス姿であった。


「……ええ??」

 思わず叫びそうになったパトリオの口を、ルルーが後ろからふさいだ。

「これは……見てはいけないものを見てるらしいですね」

 ルルーはこそこそとささやいた。

「や、やばいですよ閣下。早いところ扉をしめましょうよ。不敬罪とかで処刑されたくないですよ、私」

「しーっ」

 ルルーはまた声をひそめた。「一国の王の弱みを握れる、絶好のチャンスじゃないですか」

「どうしてそういう発想になるんです???」

 パトリオは知らないことではあったが、才能ある孤児としてサロワの城で育ったルルーにとって、他者の弱みを握ることは本能的な処世術であった。だからといって、のぞき見が正当化されるわけではないが。


 部屋が広大なため、皇帝夫妻はルルーたちに気づいていないようだった。ふたりはそのまま、息をひそめて夫婦を見守る。


「……力が弱い」

 ゼッピエラの声がした。あいかわらず可憐かれんだが、先ほどのにこやかな調子とちがい、叱責するような声である。「おまえは、肩もみも満足にできぬのか? ちんの夫として恥ずかしくはないのか?」


「も、申しわけございません、陛下」

 まるで皿を割ったことを責められている新米女官のように、キリアンはしおしおと頭を垂れている。初見時の堂々たる美丈夫が嘘のような姿だ。もちろん、その、ふわふわしたフューシャピンクのドレスのせいもあるだろうが。


 筋肉ダルマのような青年が、女装姿で小柄な女性にしいたげられている姿は、なんというか現実味がなく、こっけいな芝居のように見える。


「もしかして、お仕置きされたいのか? それで、このように手を抜いておるのか?」と、さらにひややかな声。


「そ、それは……ちが……」

 ちがいます、と言おうとしたのだろうとパトリオは思ったが、キリアンのセリフはそこで変わった。「はい、僕は陛下にお仕置きされたいのです」


「「……えええ???」」

 姿をひそめていたのも忘れ、ルルーとパトリオはそろって驚きの声をあげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る