第二話 キリアンお兄ちゃんのひ・み・つ

2-1.帝都タリンと皇配殿下キリアン

 さて、これからしばらくは、兄王子であるジョスランとその周辺の話になる。一行は、ロサヴェレを出てドーミアの首都タリンへと向かった。

 ジョスランとアグィネア姫にくわえ、護衛役として騎士ディディエが帯同した。また、もともとドーミアへ行く予定だった大魔導士ルラシュクに、魔女パトリオも同行することになった。彼も〈塔〉所属の従魔導士なのだ。正直いって、こんなぎょうぎょうしい一行にご同行したくはなかったが、下っぱ魔導士のパトリオとしては、ほかにどうすることもできないのであった。



 タリンは大陸にその名がとどろく、華やかな文化都市である。ドーミア帝国が大陸すべてを版図はんととしていた時代から商業地としてさかえ、帝国が地図を縮小しはじめたのと時をおなじくして首都とみなされるようになった。いまでは、新興国のアムセンに国力で押されがちではあるが、文化的な影響は健在である。


 ジョスランたち一行は朝早くに帝都に入ったから、パトリオも町の活気をぞんぶんに堪能たんのうすることができた。ちょうど、年に一度の大祭がおこなわれているところで、大陸中から観光客が集まっている。魔女や魔導士たちが露店を出すのもこの祭の特徴で、あらゆる難病に効く特効薬なるものを売る店もあれば、今年の暦あり、占いありと繁盛はんじょうしている様子。


 気を利かせたディディエが早馬を送っていたので、帝国に冠たるあかつきの城への入城はスムーズだった。余談ではあるが、アムセンの王太子ジョスランは、同時にドーミアの十何番目かの帝位継承者でもある(そのさらに何番目か下にジェイデンもいる)。彼らの父リグヴァルト王は、そもそもドーミアの大公だったのだ。当時の皇帝に反旗はんきをひるがえし、軟禁のうえ退位に追いこみ、彼がす皇女のひとりを皇帝にすえた。そういういきさつがある。


 公的な訪問ではないが、ジョスランの身分を重んじて、謁見えっけんの間には騎士たちがならび、いっせいに礼のかたちを取った。一行にはジョスランの護衛の騎士が数名と、ディディエがいるだけだが、戦詩に名高い魔法騎士には好奇の目が向けられている。


 一段高いところにある玉座には、まだ女帝の姿はなかった。隣に立つのは、筋肉質で背の高い騎士服の男。

 ジョスランが男に近づいていって、「キリアン。ひさしいね、元気だったかい?」

 そう声をかけた。


 男も段上から降り、ジョスランの前に立った。

「兄上も。急にいらっしゃるから驚きました」兄弟は再会をよろこび抱擁ほうようしあった。


「あれが、皇配こうはいのキリアン殿下ですか。ジェイデン殿下のお兄さんだという……」

 ジョスランたちから数メートル下がって、パトリオはこっそりとそう確認した。

「さよう」

 ディディエが指を折って説明した。「リグヴァルト王とフィニ王妃にはご三子がおられ、上から順に王太子ジョスラン殿下。つぎにキリアン殿下。そしてジェイデン殿下となる。キリアン殿下はドーミアのゼッピエラ女皇帝とご結婚なされた」


「はぁ。またちがったタイプですね、お兄上ともジェイデン殿下とも」と、パトリオは評した。

 目の前に立つ男は、背はジェイデンとおなじくらいだろうが肩幅が広く、いかにも鍛えあげられた体格をしていた。顔つきは怖いくらいに精悍せいかんで、猛禽もうきんのような薄いハシバミの目が鋭い眼光を放っている。女性にさわがれるよりも、男性にあこがれをいだかれそうな容貌だ。


 王太子に続いて、ディディエも近づいてあいさつをした。

「キリアン殿下。ご健勝けんしょうのようで、なによりです」


「ディディエ」

 キリアンの顔がぱっと輝いた。「無理を言って来てもらって、悪かったね。でも会えてうれしいよ。国を出てから、なかなか難しかったから」

「ご尊顔そんがんはいすることがかなわず、私も残念に思っておりました。今回はよい機会で」

「うん。ジェイデンも来てくれたらなあ。でも、あいかわらず忙しいのかい、わが弟は?」

「ジェイデン殿下はつねに、殿下のことを気にかけておられますよ」

「そう聞いてうれしいよ。……滞在中、うちの騎士団に稽古けいこをつけてやってくれるか?」

「殿下がおられますれば、無用のことと存じますが、ご意向とあらばぜひもなく」


 キリアンとの会話を聞くに、ディディエはどうやら、三兄弟それぞれにとって師たる存在のようである。



「ジョスランどの、それにディディエも。よく参られた」

 鈴が鳴るような愛らしい声がして、パトリオはそちらに顔を向けた。その場にいた者がいっせいに頭を垂れるので、あわてて追随ついずいする。


 しゃんしゃんと衣擦きぬずれの音がして、女官たちが仰々しく先導してくる。ひときわたっぷりしたドレスの音とともに、ひとりの女性があらわれた。


 こっそりと顔をあげて、声の主を見る。ドーミア風の、襟を高く立てた豪奢ごうしゃなドレスと、古風に結いあげた長い髪。声の持ち主にふさわしい、きゃしゃでかわいらしい姫ぎみ――


「いや、姫ぎみじゃない。彼女が女皇帝ゼッピエラか」

 パトリオはこっそりとつぶやいた。



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