1-3.スーリ、ふたたびしおしおの巻き寿司になる

 ロサヴェレでの滞在も、残すところあと数日。スーリはあたえられた客室のすみで、毛布をかぶってちぢこまっていた。


 昨晩は伯爵以下、町の有力者たちに紹介され、未来の王子妃といちはやく知り合いになりたいひとびとにもみくちゃにされて、すっかりすりきれてしまった。しかも朝はダンスの練習があり、運動と社交という心底苦手な課題をこなしたのである。スーリはほとほと疲れきっていた。このまま、森のわが家に帰るまで、ここにひきこもっていたいと思っていた。

 部屋のべつの隅では、メンフクロウのスーリが、書き物机の下に入りこんでこちらも小きざみに震えていた。ものめずらしがる人間たちがしょっちゅうテリトリーに入ってくるので気が立っていたし、お気に入りの裏庭で虫をつつくこともできないし、唯一なついているジェイデン王子が朝から不在だった。

 おなじ名前のひとりと一羽は、おたがいに必要な距離をとって、それぞれの部屋の隅でしおれていた。


 扉の外では。

「スーリさま。そろそろ教養のお時間ですよ」

 ヘクトル伯爵の妻、アネットが声をかける。「今日はスーリさまのお好きな古典ですよ」

「あのー、フクロウちゃんに、おもちゃを持ってきたんですけど」

 動物好きの魔女パトリオもわくわくと扉をたたく。が、部屋からはなにも返ってこない。


 それもそのはず、室内のスーリは今まさに、「いますぐ死んで、しめった石の下にいるハサミムシに生まれ変わりたい」と思っていたところだったからだ。


「おっと」

 パトリオの背後からぬっと手が伸びて、ノックを止めた。「スーリは夜型で、朝はあまり活動しないんだ」

 ふたりの背後からあらわれたのはジェイデン王子。気やすい調子でパトリオの肩をたたく。「それにすごく臆病だから、呼ぶときは小さな声にするのがコツだよ」


「それは……どっちのスーリさまのほうですの? 女性のほう、それともフクロウの?」

 アネットが尋ねると、ジェイデンはまばゆい笑顔で「両方」と答えた。それから持論どおり、小声で「入るよ」と声をかけ、入室した。

 アネットと魔女パトリオは顔を見合わせ、やれやれと首をふる。


 ♢♦♢


 気持ちのよい朝だというのに室内はうす暗く、空気のよどみが感じ取れた。小山のようにこんもりしている毛布の端をのぞくと、かわいい顔がそこにあった。目には光がなく、うつろな表情ではあったが、ジェイデンにとっては満開の薔薇の庭よりもまばゆい光景だ。


「スーリ」


 呼びかけると、スーリは消え入りそうな声で「やっぱり、結婚なんて無謀だと思う……」と言った。


 ジェイデンはもうなにもかもわかっていたので、「よしよし」と言ってブランケットの端をつかみ、めそめそしているスーリをカンノーリのようにぐるぐる巻きにして、背後から抱えて座った。


「おれのかわいいカンノーリ。人がいっぱいいたから疲れたね。今日は休みの日にしようか」


「休んでもむだよ。根本的な解決にはならないわ」

 スーリは巻き寿司状態のまま、ぼそぼそと反論した。「ふつうの人づきあいだって下手なのに、あなたのまわりの人たちは貴族ばっかりだもの。5秒ごとになにかやらかすんじゃないかって思うと、気が休まるひまがないの」

「そうか」

「ダンスのほうは壊滅的だし。人形芝居のほうがまだマシっていうくらいのぎこちなさよ」


 ジェイデンは頭を下げて彼女の顔をのぞきこんだ。

「だけど、きみはテーブルマナーは完璧だし、古ドーミア語も堪能たんのうで教養はどんな姫君よりすばらしいって、お墨付きももらってたじゃないか」


「でも社交が……ダンスが……」スーリはまためそめそしはじめた。


 ジェイデンは寿司巻きカンノーリ状態のスーリを抱えたままテーブルの近くまでいざっていき、出がらしの冷えた茶を器用に注いで彼女の口もとに運んだ。

「よしよし。好きなだけめそめそしてていいけど、水分はとろうね」

「うん……」スーリはすなおに口をあけた。


「そうだ、カンノーリを作ったんだ。食べる?」

「食べる……」

 ジェイデンは小さな口にカンノーリをさし入れた。落ちこむスーリを見るのはかわいそうだが、いつになくすなおな恋人がかわいくてたまらない気持ちもある。こうやって、ヒナに給餌きゅうじするみたいに彼女の世話を焼くのは楽しい。

「ルルーたちもいっしょに作ったけど、おれのが一番おいしいからね」

「うん……おいしい……」



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※今日は二話更新です

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