7-7.聞いてはだめ

 石の兵士たちは三人を抱えたまま、どすんどすんと足音を立てて城外へ逃げ出していた。騎士や衛兵たちを蹴散けちらし、分厚い扉をやすやすと割いて、巨大な兵士が進んでいく。

 だが、物見塔から門の上壁部分へ降りてきた兵士たちは飛び道具を持っていた。スーリはすぐに石兵の首のうしろを変形させて矢をふせいだが、飛んできたのは矢ばかりではなかった。工兵たちがわらわらと集まって、石兵に縄をかける。アーンソールの魔女部隊からも応援がやってきた。なかには、石壁を爆破できる能力者もいる。ひとりひとりはスーリの敵にもならない力でも、集団で波状に攻撃されては、戦いに不慣れなスーリの対応はあやうかった。


 石壁を作って、ダンスタンを矢から守る。奥方の石兵が、縄をかけられ引き倒されそうになる。それを防ごうとすると、今度はスーリの石兵が爆破されてしまった。空中でバラバラになろうとする石たちを、魔法で強固に結びなおす。対応に追われていたスーリは、自分が地面に転がり落ちたことに気がついた。すぐに矢が雨と飛んでくる。ガンガンと固い音がして、ダンスタンが自分をかばい、鎧で矢を受けたことがわかった。騎士はかばいきれない矢を長剣で払い、スーリをいそいで立たせた。


 必死で石兵たちを操ろうとしているスーリの目に、ひやりとする光景が映った。


 騎士の一群に守られてやってきたのは、白銀の鎧に身をつつんだ、ひときわ背の高い黒髪の男。

 もはや美しいとも思えない、悪鬼のようなゆがんだ顔が張りついていた。そのゆがんだ顔のまま、アーンソールは笑顔を作った。


「なぜ逃げる、私の魔女、美しいスヴェトラ?」


 その声を聞いただけで、足がすくんでしまう。男は一歩ずつ近づいてくる。

が嫌だったのか? それとも、ぶたれるのが怖いのか? 泣いているおまえを見て、心が痛まなかったはずがないだろう? おまえが心底いとおしいからこそ、私に逆らうような行動は罰せねばならなかったのだよ」


 スーリはアーンソールがなにを言っているのかまったく理解できず、ただただおそろしくてぼうぜんとしていた。


 男は猫なで声で続けた。「おまえが私に協力し、従順じゅうじゅんに言いつけを守るなら、王妃になることもできる。嬉しいだろう? 貧しい漁村でむしろをかぶっていたおまえが、一国の王妃にもなれるのだ」


 王妃になどなりたくはなかったが、優しい声を出しているうちにあの男のもとに戻らなければと気がせいた。自分が怒らせるようなことを言わなければ、アーンソールは優しい騎士のままでいてくれる。機嫌がいいときなら、ぶたれずにすむかも。いまなら、まだ、許してくれるかも……。レディ・グロリアたちを逃がしてくれるよう、頼むことができるかもしれない……。


 よろめきながら男に近づこうとするスーリの腕を、レディ・グロリアがしっかりとつかんだ。

「聞いてはだめ。あなたを懐柔かいじゅうし、望むようにあやつるつもりなのよ」

 そして彼女は、後ろから耳をふさいでくれた。「あなたをほんとうに愛する男は、なにかをしたり、しなかったことであなたを罰したりはしない」


 アーンソールの顔から、張りつけたような笑みが消えた。


「ここは我輩が引き受けましょう」

 ダンスタンが剣を構え、背後をかばいながらそう言った。「マイ・レディ、それにスーリ殿。東に向かって走るのです。けっしてふり向かずに」


「エトリの田舎騎士か」

 アーンソールが剣を抜いた。「魔女にそそのかされ、主君もろとも王を裏切ったか。けがれた女の肉の味はどうだった?」


 騎士とも思えぬ下劣なもの言いにも、ダンスタンはなにも言わず、動きもせず、表情さえまったく変えなかった。ただじっと老獪ろうかいな目つきで、王位を簒奪さんだつしたばかりの男を観察していた。剣士としての長年の経験から、相手の力量を読み、いかにして勝つか考えていたのだった。 


「セルヴリス伯の研究も、もはや不要だ。王の権限で、大陸中から精鋭の魔女をあつめればよい」

 その言葉は、暗に、伯にたいする人質であったレディ・グロリアの身の安全がもはや保障されないことを告げていた。ここでやつを足止めしなければ、スーリも、女主人も殺される。


「……参る」

 ダンスタンは一瞬で覚悟を決め、アーンソールに向かって駆けだした。目の前に、剣をかまえる公がうつる。

「来い、田舎者が」


 騎士ダンスタンの動きは熟練の兵士であり、実戦を知らないエリート騎士ではたちうちできない技巧があった。まっとうな勝負なら、手練てだれのアーンソールを打ち負かしてもおかしくはなかった。だが、アーンソールにはほんの数秒だが「時戻し」の魔法がある。本人が嘆いたとおり、戦争の勝敗を変えることはできなくても、一対一の勝負であれば無敵の能力といえた。過去を数秒もどすことで、さきの動きを完全に予想することができる。

 

 一撃必殺の初手がかわされ、数打の剣戟けんげきが行きかった。

「ぐおっ……」

 ひざをついたのはダンスタンのほうだった。アーンソールの剣は鎧のつなぎ目を正確に突き、騎士の頸動脈を負傷させたのだ。


「騎士さん!」

 スーリが悲鳴をあげ、あわてて戻ろうとするのを、レディ・グロリアが腕をひいてとどめた。

「戻ってはだめ! わたくしといっしょに走るのよ!」

「でも――」

「ダンスタンのはたらきを無駄にすることは許しませんよ。はやく!」


 だが、ふたりが逃げようとする先には、すでにアーンソールが命じた騎士たちが集まりはじめていた。あれでは、とても逃げきれない。


「ふたりとも、伏せてください!」

 ルルーが雷を放ち、スーリを守っていた石兵のひとつを雷撃でくだいた。飛び散った破片が騎士たちを直撃する。


「ルルー!」スーリが呼んだ。

 軍と騎士たちとをあざむくため、ルルーはぎりぎりまで合流しない計画だったはずだ。いまが、そのぎりぎりのタイミングだった。


「騎士たちの一軍がなんだっていうんだ。僕の魔法なら――」

 そう言って、次の雷撃を放とうとしたルルーの口が、背後からふさがれた。固い感触と金属の匂いで、籠手こてをはめた手だとわかる。



「アーンソール公……」



==========

※今日は二話更新します。

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