8-5.ホレイベル伯爵の屋敷へ

 もうお忘れになっている読者諸兄も多いだろうが、プロポーズである。


 ロサヴェレをふくむ一帯の領主のホレイベル伯爵は、ジェイデンの後見のひとりで、彼は以前からスーリを伯爵に会わせたいと思っていた。せんだってのプロポーズの際、「知りあいの伯爵にたのんで、書類上、きみを養女にしてもらう」と言ったのをご記憶だろうか? その「知りあいの伯爵」が、ホレイベル伯爵ヘクトルであった。



 ふたりは、滞在先の屋敷が出してくれた馬車に乗って、領主館に向かうところ。 


「あ、魔女の看板があるわ」

 馬車の窓から、スーリが指をさした。

「ロサヴェレはドーミアの影響が強い都市だからね。魔女にとっては、住みやすい町だと思うよ」

 ジェイデンの言葉どおり、ロサヴェレはアムセン王国のなかでは比較的、魔法にたいして開放的な地域である。もともと古ドーミアの商業地域をルーツにもっていることが背景にあり、魔術師や魔女の看板をかかげて商売をすることも可能だ。


「こういうところのほうが、きみもめだたなくて住みやすいかもね」

「そうかも」

 町に住んだことはないが、それも悪くはなさそうだとスーリは思った。買い出しに長い時間歩かなくてもいいし、本や文具をあつかう店もありそうだし。


 坂道をのぼっていくと、領主館はその先にあった。滞在先の屋敷から見えた、丘の上の立派な建物は領主館だったのだ。イドニ城のような壮麗な建物ではないが、機能的なつくりになっていた。


 本来は先ぶれを出してから訪ねるものだが、ジェイデンは格式ばったことは苦手だし、あいさつは昨日すでに済ませてあるから、直接の訪問である。


 ノッカーを鳴らすと使用人が対応し、応接間に通された。なかにはすでに先客がいた。オスカーだ。


「ジェイデン。無事だったか」

「ああ」

 男ふたりは前腕をたたきあい、たがいの無事を喜びあった。


「スーリ殿も。無事でよかった」

「ええ。あなたも来てくれていたのね、オスカー」

「ああ。パトリオも来てるよ」

「そうなの? パトリオってだれ?」

「ほら、あの、犬の魔女」

「ああ、あの」

「ダンスタン殿は?」

「屋敷で寝てるわ。ここのところの長旅と、昨日のことがあって、疲れたみたい」

「そうだろうな」


「なんだか、外がばたついてるみたいだったな」

 スーリを椅子にかけさせながら、ジェイデンが言った。「忙しいときだったかな?」


「そうなんだよな」

 オスカーも同意する。「いや、今日はとくに予定はないと聞いていたんだがな。朝一番で王都から封書が届いたみたいで、その関係らしい」


 男ふたりが首をひねっているところで、ようやく伯爵自身がやってきた。


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