8-4.やっぱり、今のほうがいい

 先に目覚めたのは、スーリだった。


 浅い眠りのなかで悪夢を見ていたような気がする。最近は、あまり悪い夢は見なかったのに。思えば、安眠できるようになったのはどうしてだろう。冬のあいだずっと、ジェイデンといっしょに眠っていたからなのかしら……。そう思いながらうっすらと目を開ける。いつもの朝だと思ってしまったのは、時間帯のせいだろう。


「姉さん!」

 呼びかけてきたのは、なぜか弟の声だった。「よかった、無事に目がさめて……」


「……ルルー?」

 スーリは半身を寝台に起こして見まわし、そこが自分の部屋でないことに気づいた。「ここは……、そういえば、まだロサヴェレだったわね」


 弟に家から魔法で連れだされ、不本意ながら滞在していることを、いまさらながら思いだした。たしか、ルルーの言っていたいわくつきの鏡を見に行ったことはおぼえている。だが、そこからは……。

 そこで意識をうしなっていたと聞き、スーリは驚いた。

「鏡の悪魔が悪さをしていたんだよ。姉さんの悪魔を探していたとかなんとか……。僕の悪魔ケブラストルはそういってたけど、どうだか」


「わたしの悪魔? ……ああ、そういえば、あんまり出てこないのよね」

 スーリは答えた。「わたしも魔導士じゃないから、呼びだせないし。小さい子みたいな感じなんだけど」


 ルルーがこれまでの状況を説明してくれたので、自分が鏡の悪魔の術で過去のなかにとらわれていたということがわかった。それが昨日の夜の話だから、結局ひと晩かかったことになる。どうりで疲れているわけだ。

「たいへん、じゃあジェイデンも魔法で眠っているのね」

 スーリはあわてて、隣の簡易寝台に寝かされているジェイデンに目を向けた。「ジェイデン、起きてちょうだい」

 声をかけたり、肩をゆすったり、鼻をつまんだりしてみたが、なかなか起きる気配がない。

「……どうやって起こすの?」

「姉さんが目覚めたんだから、放っておいたら自然に起きるんじゃない? 知らないけど」

 ルルーは無責任きわまりないことを言った。

「サー・ダンスタンもなぜか眠ってて、さっき起きてトイレに行ったとこだよ。大丈夫じゃない?」

「だけど、魔法の眠りなんでしょ? こういうのって……その……お姫さまがキスしなきゃいけないんじゃない?」

 スーリがもじもじと提案すると、ルルーは冷たい表情で、「カエルになった王子さまは、壁にたたきつけたら魔法がとけたらしいよ」と言った。


「壁にたたきつけるなんて、かわいそう……。でもよく考えたら、わたしもお姫さまじゃなかったわ。貴族の姫君にもないし」

 どうしたらいいのかわからず、スーリはおろおろと寝台のまわりを歩きまわる。ルルーは無関心そのものといった様子で、ちらと扉のほうなど見ている。

 

「すっかり朝になっちゃった。僕らのぶんの夕食、まだ残しておいてくれてるかなぁ」

「ひどいわルルー、ジェイデンはわたしを助けるために犠牲ぎせいになってくれたのよ? それなのに、食事の心配だなんて」

「おなかすいたんだから、しかたがないだろ。僕だって徹夜てつやして結界を維持いじして、たいへんだったんだよ。それを姉さんはさぁ」

「それはわかるけど」

「だいたい、いつもそうだけど、姉さんはうかつすぎるよ。あんないわくつきの鏡にのこのこと近づいたりして」

「それは、あなたがわたしに助言を求めたからじゃないの」

「助言ってね、僕は大魔導士だよ? 姉さんはただの魔女じゃないか。僕はただ、僕の発見を手助けするような、ちょっとしたひとことを求めていたのであって」

「それって助言じゃない?」


 双子が自分勝手な主張で言い争っているあいだに、ジェイデンはぱちりと目をさました。

「うーん」


「ジェイデン!」

 スーリが先に気づいて、ぱっと顔を輝かせて寝台に近づいた。「よかった、目をさましたのね」


「それはおれのセリフかもね」

 ジェイデンはまだ寝起きのぼんやりした顔で笑った。「顔を見せて。過去のきみばっかり見てたから、さみしくなってしまった」


「過去のわたし? ……」

 スーリは疑問を感じながらも、すなおに顔を近づけた。大きな手に顔をつつみこまれる。

「わたしの夢のなかで、なにを見たの、ジェイデン?」

「……」

 王子はあいまいな顔でほほえんだが、質問には答えなかった。猫のように額をすり寄せて「うん。やっぱり、今のほうがいい」と言った。


「ジェイデンったら……」起きたと思ったら急に接触したりするので、スーリは赤くなる。


「けっ」

 ルルーは、過去のなかでアーンソールに対していたのとおなじ顔で悪態をついた。


「あーあ。僕ばっかり走りまわって、損しちゃった。せっかく、大会前に家族水入らずで過ごそうと思ってたのに」

 姉とおなじ顔をむくれさせて、部屋のすみの止まり木に近づいた。フクロウのほうのスーリもすっかり落ち着きを取り戻していて、ロープで編んだぬいぐるみをつついて遊んでいる。あいかわらず、フクロウは毎日かわいい。


「明日からはまた忙しくなるし、朝のうちに姉さんたちも帰りなよ。村人たちの処方やらもあるんだろ?」

 案外とあっさりした調子で、ルルーはそうすすめた。スーリも「そうね」とうなずく。ずいぶん機嫌が悪かったので心配だったが、帰してくれる気になったようならなによりだ。

 家のことも心配だし、ジェイデンも慣れたイドニ城に帰りたがっているにちがいない。そう言おうかと隣を向くと、王子は笑顔で首を横にふった。


「いや、せっかく来たし、もうすこし滞在するよ」

「え?」と、スーリ。


「は? なんで?」

 とつぜんの滞在宣言に、ルルーのほうがめんくらっている。


「スーリをヘクトルのところに連れていかないとね。そもそも、その予定だったんだ。なかなか外出したがらないだろうと思ってたから、ロサヴェレに来れて結果オーライだよ」

 王子はバリエーションゆたかな笑顔のうちの『最高にポジティブな笑み』を披露ひろうした。「それに、せっかくだから観光したいし。夕焼けで有名な遺跡があるんだろ? 」


「は? その水道橋って、僕が姉さんと行くとこだったんですけど?」

 ルルーは威圧をこめてもう一回すごんだが、もちろん、コミュ強王子には通用しないのだった。



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※今日は二話更新します

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