エピローグ 王妃殿下、怒りの日 ①
ジェイデンたちが早馬の知らせを受け取った日の、早朝に時間をうつす。スーリがまだ深い眠りのなかにいたころのこと、そして場所は王都である。
アムセン王国リグヴァルト王の妃、フィニは、朝の湯あみを済ませたところだった。
独身時代は「サロワの
その、朝食前のひと仕事を終えて、朝の身じたくにかかっている時間帯のことだった。
うわさにあるような屈強な体格ではなく、肉づきはいいが手や足首はほっそりして、いかにも貴族らしい美貌の持ち主である。
「そろそろ、陛下をお起こし申しあげなさい」
書類に目をとおしながら、女官に命じる。べつの女官が、銀のトレイに手紙類を積んでやってくる。
騎士ディディエより報告の手紙。ジェイデンを王都に連れ戻すよう、夫に頼まれていたはずである。無事に合流はできたが、予定にないできごとが続き、まだロサヴェレにいるとの
王妃は小さな鼻を「フン」としかめた。
「牛のような見た目のくせに、当てにならないものだこと。ジェイデンにいいように言いくるめられたんでしょうね」(正解)
フィニは「森の白魔女」と呼ばれる女に思いをはせた。ディディエの情報によれば、サロワからの亡命者で、もとはアーンソールの子飼いの魔女だったとか。あの残忍な男が魔女をどうあつかうのかについては聞きおよんでいたから、逃げだしてくる女がいても不思議ではない。
あの男の罠という可能性もあるか? ……いや、ハニートラップをしかけるのに自身の最大の武器を手放す
だとすると、サロワ最大の軍事兵器を、期せずして手に入れる機会なのだろうか? ジェイデンは昔から他人に
かように、王妃の
王妃の思考は三男のことにうつる。
思えばジェイデンは昔から手がかからなかった。三男ともなると親の監視の目もゆるくなり、上の兄たちのやることを見て要領をつかんでいたのだろう。
どうしたものかと思案していると、ばたばたという足音が近づいてきた。
「殿下! おそれながら、早急にお伝え申し上げたいことがございます」
「なにごとか?」
王妃はさっと眉をあげて問うた。アムセンでは、王が不在のときには(今朝はたんに眠っているだけだが)、いつでも王妃が報告を受ける体制になっている。内務卿や騎士団長から目の上のたんこぶ扱いされているのはよく知っているが、フィニは王を補佐するという自身の役割を、ことさら重要に思っていた。
近衛はおろおろと手を動かしながら報告した。
「お……王太子殿下が……出奔なさいました。アグィネア姫をお連れです」
「なんですって?!」
フィニはおどろいて、椅子から立ちあがった。「ジョスランが、出奔? ……ジェイデンじゃあるまいし……。連れ去られたのではないの?」
「いえ、殿下直筆のお手紙がございました。近衛兵にも、『姫と散歩をしてくるから』とひと払いをなさっており、
「手紙?!」
眉をあげる王妃に、近衛兵がおそるおそると言った感じで紙片を手わたした。
王妃は細い指で紙片をひらいた。
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愛の矢が私をつらぬいた!
アグィネア姫と結婚したく思うので、国王陛下と王妃殿下には、なにとぞご
なお
結婚式の招待状は送りますので、ご心配なきよう! 五月吉日 ジョスラン
追伸:せっかくなのでドーミアまで婚前旅行して、弟夫婦にも報告してきます。
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かりにも一国の王太子とは思えぬ気楽な文面には、近衛兵もおどろいたものである。まして母であるフィニの困惑と怒りたるや。
「ジェイデンの婚約者をさらって、駆け落ちですって……?」
王妃はほっそりした手で紙片を握りつぶし、思いなおしてひらいて読みなおし、さらに怒りを再燃させて紙片を床に放って足で踏みつぶした。
※本日は二話更新です
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