Ch.8 コミュ強王子、鏡の竜と出会う

8-1.窓辺に立つ者

 スーリは涙をふいて立ちあがった。


「行きましょう。レディ・グロリアはアムセン国のフィリップ伯に手紙を書いてくれたと言ったわ」


「アムセン……」

 ダンスタンはガチョウの青い目をスーリに向けた。「だが、アムセンは魔法のない国ではないか? 魔女は弾圧されているとも聞くが……」


「もう、魔法は使わない」

 スーリは確固とした声で言った。「魔女ではなく、べつの人生を生きたいの。持って生まれた力と、自分の意志で道を開いていきたい。あなたのレディのように」


貴女あなたになら、かならずできよう」ダンスタンはしっかりと彼女の目を見てうなずいた。


 その光景の一部始終を、過去に入りこんだジェイデンも見まもっていた。人間の姿のダンスタンは、いつのまにかいなくなっていた。なんとなく、彼はもう自分の前には現れないような気がした。騎士サー・ダンスタンは、自分の過去を見せたかったのではないか。自分と、スーリとの出会いにつながるこの話を……。


 スーリは荷物をまとめ、部屋を出ていこうとした。だが、ふと思いたったように引き返してきて、ジェイデンのほうに近づいた。


「スーリ」

 手をのばせば、その髪に触れられそう。もちろん彼の姿は見えていないだろう。スーリの手が、閉めきっていた鎧戸よろいどをあけて窓を開いた。ジェイデンが指の背で彼女の額に触れると、まるで彼がそうしたように、風が白い髪を巻きとり、やさしくなびかせた。


 ♢♦♢


 気がつくと、白い廊下に立っていた。ふつうの廊下のようだが、先を見ようとすると暗くかげになっていて見えない。だが、ジェイデンはもうどこに行ってなにをするべきなのかわかっていた。


 一番目にあけた扉は、ここに来て最初に見たスーリの故郷だ。部屋の扉は、それぞれの過去とつながっている。ジェイデンは海辺の村に入っていき、潮風に髪をなびかせながら迷わずに彼女の家をめざした。


 むしろのような粗末な扉をあけてなかに入り、子どもたちのそばを通りすぎて、スヴェトラの上に覆いかぶさっている父親の肩に手をかけた。手は身体をすりぬけることなく、物体の感触があった。思ったとおりだった。


 ふり向いた顔は、ルルーと対話していた彼の悪魔だった。

「上級悪魔ケブラストル」


「ジェイデン王子」

 ケブラストルはヤギの顔で笑った。「なにか用かね?」


「いや。おまえたちがどこにまぎれこんでいるか確認したかっただけだ。もういい」

 ジェイデンはそう言うと、言葉どおりにきびすを返した。


「なぜ我がここにいるとわかった?」

 背中に向かって問いかけてくる悪魔に、彼はふり返った。


「悪魔はどんな姿にでもなれるんだろう? なにも問答書のようなありがちな姿でなくてもいいはずだ。だとしたら、あれはルルー本人にはに見えているかもしれないと思った」


 どんな姿にでもなれるなら、相手にとってもっとも効果的な姿を取るのが合理的だ。美女の姿で誘惑するか、まがまがしい姿で威圧するか、それとも……

――ルラシュクがもっともおそれている姿で、彼の意識をしばる。自分ならそうする。


「やつの見こみどおり、おまえはゲームをよく理解しているようだ」悪魔はうなずき、以前にも見たどこか人間的な笑みを見せた。

「鏡の悪魔の居場所を尋ねないのかね?」


「もうわかっている」

 ジェイデンはそう言って、ふり返らずに次の扉に向かった。続くいくつかの扉をひらき、目的の過去へ到達した。


 ♢♦♢


 アーンソールの領地の城が、目の前にあらわれた。まだ王でも魔女でもなかったころ、美しい青年騎士だったころのアーンソール。その、後ろ姿が見える。


「閣下を魔女とならせることはできませんが、悪魔をびだすことはできます」

 公に相対しているのは、紋章入りのローブを身にまとった小柄な老人だった。ルルーのものに似たローブで、彼が大魔導士であることがわかる。自身を魔女となさせるため、アーンソールがドーミア帝国から呼び寄せた人物だ。……ジェイデンはつかつかと近づいていって、正面から大魔導士を見すえた。


「おまえが鏡の悪魔だ」

 

「……」

 老人と目が合った。皺にうずもれた緑色の目だ。


「さよう。私が、おまえたちが探していた者だ。私自身は『鏡の竜』と名乗っているがね。ま、どちらも意味はおなじだ」


 にやりと笑うと、そこに悪魔の面影がある。スーリの過去のなかで一度、声だけは聞いたが、姿を見るのはこれがはじめてだ。


「それで? さといおまえなら、私が探しているものがわかったかもしれないな? どうだ?」


 悪魔の問いにジェイデンはひと呼吸の間をおいた。確信はない。が、推測はついた。彼女の過去のなかに見えるはずのもの。


「彼女の悪魔だな」ジェイデンは答えた。


 どうやら、正解だったらしい。悪魔は大きな傷口のように唇をゆがめた。

「そうだ。そうなのだよ」

 そして続けた。

「私ひとりではたどり着けなかった。おまえが過去に入りこんだことは僥倖ぎょうこうだった。……おまえのような人間はなかなかいないぞ、ジェイデン王子」


 ジェイデンは直立していた姿勢をくずし、扉にもたれかかって続きを待った。

「それで?」

「彼女と契約した、悪魔イェムドゥーシャ。その契約後、ほとんどだれも、その姿を見たことがない」

 姿の見えない悪魔。それは初耳だ。

「だが、なぜ悪魔が、悪魔を探しているんだ?」

「仲間が行方不明になったら、探すものではないかね? 理由は必要か?」

「ふむ」

「彼女はまだ若い……おさないといってもいい同胞でね。私は、彼女の教育係のようなものだ」


「だけど、昨日今日いなくなったというわけじゃないんだろう? なぜ今になって?」

「彼女の家には鏡がなかったからね。おそらくは弟が用心して置かせていなかったのだろうが。それに、おまえの城にも防護の魔術がかけてあったし。彼女が家を出るのを待ちかまえていたのだよ」

 

 それを聞いたジェイデンはため息をついた。

「せっかく外に出る気になってくれたのに。おまえのせいで、外出嫌いが治らなかったらどうしてくれるんだ?」


「それはすまなかったな」

 悪魔はおもしろそうに笑った。「しかし、理由は納得してくれたかね?」


「いちおうは」

 そう言う以外にはない。


「それで、協力してくれるだろうな?」


 ジェイデンはすばやく頭をめぐらせた。鏡の悪魔の目的がわかった。こちらから提供できるものもある。とすれば、あとは人間相手の交渉となんら変わりない。

「悪魔とおまえを会わせることで、スーリに危害がおよばないという保証は?」


「悪魔どうしは、めったに利害が衝突しょうとつしたりはしないものだが」

「そうとは思えない。おまえたちに意思があるかぎり、衝突は起こりうるはずだ。人間とおなじように……。その結果、契約者であるスーリが危なくなってはこまる」

「信用してもらう以外、方法はないな」

「では、先にスーリを解放してくれ」

 ジェイデンはすこし考えてから言った。「どのみち、おまえがいては見つけられないはずだ。おれの考えが正しければ」


「よかろう」

 悪魔はおおげさに手を振ってみせた。「めったにないことだぞ、悪魔と交渉する人間などというのは」


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