7-4.辺境の騎士、昔話を語る

「ここからは我輩が語ろう。その前に、すこしばかり身の上話を聞いていただけようか? スーリ殿にもかかわりのあることなのだ」

 ダンスタンはいかにも彼らしく礼儀ただしく尋ね、ジェイデンも「ああ」とうなずいた。


 騎士は椅子をすすめ、ふたりは部屋の中央に相対あいたいして座った。悪魔の作りだした空間にしては、落ちついた品のいい書斎だ。


「サロワ王国の西の辺境、エトリという海沿いの領地に、わが荘園はあった」

 騎士はゆっくりと話しはじめた。「主君の名前はセルヴリス伯。よき領主、よき夫、よき父であった」


「豊かな土地ではなかったが、名君にめぐまれ、貴賤きせんの別なく助け合って暮らしていた。騎士であった父も私も、剣をふるうよりスキやクワを持つほうが多かった。『これが腰を強くするのだ』と、父はよく言っていたよ」


「よい騎士だっただろうね。あなたに似て」

「うむ」

 ダンスタンはとした。


「エトリの端には、ひときわ貧しい村があった……名前もない、地図にもしるされぬ小さな漁村が。よそ者を嫌い、徴税ちょうぜい人でさえうかつに近寄れない。わが主君の威光も届かぬ、暗く暴力的な場所でな。……だが、そこはひとなみはずれた強大な魔女を何人も産出していた」


 あの波の音さえ、聞こえてくるようだった。

「……」

 ジェイデンはすでに話のつながりがわかりかけていた。「そこが、スーリの生まれ故郷なんだな」


「うむ」

 ダンスタンの表情が硬くなる。


「魔女を産む村か……。だが、なぜそんな場所が?」


「わからぬ。秘密の多い村で、他との交流もなかったものでな」

 騎士は部屋のすみを見るでもなく見つめていた。「せめて、理由がわかっていればな……」


 明るい話でないのは予想できていたが、それでもジェイデンは不安をかきたてられた。


「アーンソールが、あの村でスーリ殿とルルー殿を保護したところを見ただろう? あの後から、彼は魔法に興味を持つようになった。双子の魔法が戦争に有効な兵器であることがわかると、興味はしだいに執着の度合いをましていった」

 ダンスタンは続けた。「遠くドーミアから魔導士を呼び、自分を魔女にするよう命じたこともあったという。だがそれはおそらく、やつの思う結果とはならなかった」


 その言葉は、彼が先ほど見たものを裏づけていた。

「悪魔とは対峙たいじしたんだ。だけど、彼は期待したような魔法を得られなかった」

 ジェイデンは王の変貌についてダンスタンに説明した。「成人の男が魔女になるのはむずかしいようだ」


「そうであったか。……おそらくはそういったできごとが重なって、アーンソールはスーリ殿たちの生まれ故郷に執着するようになったようだ。魔女を多く産む土地の秘密がわかれば、彼自身も求める魔力を得られるのではと思ったのだろう」


 ダンスタンはそこでひと息ついた。ここから先は、話すのに努力がいるという様子だった。

「わが主君は名君のほまれ高く、魔法にも精通せいつうしておられた。そのことがあだになった」

 彼は窓の外に目を向けながら続けた。

「アーンソールは魔女の村の秘密を欲した。わが主君にその秘密を研究させるため、療養りょうようの名目で奥方を自分の城に軟禁なんきんしたのだ。研究の進捗しんちょくを妻から報告させるという形で、暗に彼女を人質に取ってな」


「……なんてことだ」

 ジェイデンはそう言ったきり、押し黙った。悪魔と対話してからのアーンソールならば、そのような暴挙ぼうきょに出ても不思議ではなかった。庇護するはずの子どもが、自分をおびやかすほどの力を持っていると知ったとき。あの夜に見せた狭量きょうりょうさと残虐ざんぎゃくさこそが、あの男の本性だったのだ……。


「我輩は、奥方の護衛兼話し相手として、側づかえを許された。奥方は……レディ・グロリアは気丈であったが……、わがきみの悲痛を思うと、公を恨み、ふがいなさに歯噛みする思いであった」


 ダンスタンは続きを話そうとして、わずかにためらった。手を握ったりひらいたりしてからようやく続きを口にした。


「ある日のこと……。奥方は、唯一出入りを許されていた中庭のすみで、薄着でふるえている少女を見つけた」


 いたましそうなその表情で、話の内容は察しがついた。あの夜の、スーリの悲鳴が耳によみがえってくる。ジェイデンは目を閉じて、こみあげてくる激情をおさえつけるのに苦労した。いまからでも過去のすべての扉をあけて、彼女をそこから救いだしたい。それがかなわないのなら、アーンソールにだけでも報復したいと思った。そんなことではなんの解決にもならないことはわかっていても……。


「尋常ではない様子の少女は、なにも話そうとしなかった。だが、奥方には彼女の身の上に起こったことの想像がついていたのだそうだ」


――なんてこと。王にひどい目に遭わされたのね。こんなに若くて、どんなにかおそろしかったでしょう。


 そう奥方に抱きしめられて、スーリはようやく、固くちぢこまっていた身体を彼女にあずけた。


――心配しなくてよいのよ。わたくしがて、湯殿できれいにしてあげます。あなたは大丈夫よ。なにも悪いことはないのよ……。


 奥方は医学や薬学にも造詣ぞうけいが深かった。夫であるセルヴリス伯とも、学問上のつながりで気が合い、結婚したらしい。


「奥方は、自分も幽閉ゆうへいの身でありながら、スーリ殿をアーンソール公の魔手から守ろうと尽力じんりょくなさった。自分の部屋に彼女をかくまい、勉強や治療の名目をつけては公から引き離そうとした」


「勇敢な女性だったんだな」と、ジェイデンが言う。


「ああ。すばらしい方だった。どんな境遇であっても、自分が無力であることをよしとしない女性だった」

 ダンスタンは遠くに目を向けた。まるでそこに、奥方の面影があるかのように、壁の向こうへと思いをはせていた。


「だが、その態度が公の怒りをかった。しめつけが厳しくなり、生活の必要品もあれこれと言い訳をつけて遅れがちになった。療養という最低限の名目すら守られなくなり、囚人のようなあつかいだった」



「そして、我輩は……。貴殿に許しを請わねばならぬ。我輩は、スーリ殿を見捨てようとした」


 ダンスタンは悲しげな目を王子に向けた。

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